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銀髪の猫はなにを願う  作者: 熊猫
第二部

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第三十八章:試される夜

挿絵(By みてみん)

小さな酒場を貸し切りにしての食事会は、思った以上ににぎやかだった。

 

昼間、ザルドにしごかれた模擬戦の疲れがまだ残っているはずなのに、全員が笑っていた。

木の大皿に並んだ肉料理や煮込み、冷えた麦酒の泡。

乾杯の声が響き、カップが触れ合う音が重なった。

 

「お前ら、口先だけじゃないのは分かった。」

ラゼルがぶっきらぼうに言うと、バルクが短く頷いた。

「……成長、した。」

 

リクトが口を尖らせて返す。

「……あんたらに言われたくねぇけどな。」

セナは苦笑しながらカップを軽く掲げた。

「でも、言葉にしてくれるのはありがたいよ。」

 

メルが両手を広げて場を仕切るように笑う。

「そうそう、今日ぐらいはさ、仲良く飲もうじゃないか。」

 

ファナは笑った。

でも、その笑いは少しだけ硬かった。

視線の先では、みんなが楽しそうに語り合っている。

その光景が、なんだか遠いものに感じた。

 

(こんな風に笑い合えるなんて、思わなかった。)

(でも、明日からもこうだとは限らない。)

(私が、リーダーだから。)

 

ふと、メルが席を立った。

グラスをテーブルに置く手が、いつになく静かだった。

誰にも気づかれないように、そっと店を出ていく。

ファナはそれを目で追った。

胸がざわめいた。

気づくと、自分も椅子を引いていた。

 

「ファナ?」

リクトが怪訝そうに声をかける。

セナも視線を向けたが、呼び止めはしなかった。

ファナは小さく「ちょっと」とだけ言って、店を出た。

 

 

夜の冷たい風が頬を撫でた。

街灯が途切れる路地裏。

そこにメルの背中があった。

銀の月明かりが金の髪を淡く照らしている。

肩が落ち、少し寂しそうだった。

 

「……メルさん。」

ファナは少し震える声で呼んだ。

メルはゆっくりと振り返った。

いたずらっぽく目を細め、いつもの調子で口を開く。

「おや、心配して来てくれたのかな。」

 

ファナは真顔で首を振った。

「心配……っていうか、気になったから。」

 

メルはふっと笑った。

でも、その笑いはほんの一瞬で消えた。

「そんなに俺のことが気になるのかな?」

 

ファナの顔が熱くなる。

目を逸らし、声が裏返った。

 

「ち、違います。」

 

メルは軽く肩を揺らして笑ったあと、視線を夜空へ戻す。

その横顔は、笑っているのにどこか影が差していた。

「……でも、ありがとう。」

「君は、ちゃんと気づいてくれるから救われる。」

 

ファナは息を呑む。

その声が、本当に遠くで誰かを呼ぶように弱かった。

 

「今はそれでいい。本気を見せるのは、もう少し先にするよ。」

 

ファナは言葉が出なかった。

ただ、胸が痛かった。

 

(冗談みたいなのに、真剣な目。)

(笑ってるのに、寂しそうで。)

 

(どうして……胸が痛いの。)

 

二人は無言のまま、食堂へと歩き出した。

微妙な距離を保ちながら。

 

 

食堂へ戻ると、場が一瞬で静まった。

リクトがムスッとした顔で睨む。

「……どこ行ってたんだよ。」

 

ファナは視線を落とした。

「……ちょっと外に。」

 

セナは優しげな声を出しながらも、目が鋭かった。

「寒くなかった?」

 

ファナは小さく首を振った。

「う、うん。」

 

メルが場を仕切り直すように手を叩いた。

「さて、続きと行こうか。」

 

暁鋼の牙の面々も空気を察し、何事もなかったように話題を変える。

でもファナの頬は赤いままだった。

(さっきの言葉が、頭から離れない。)

(みんなの目も、少しだけ痛い。)

(私、何してるんだろう……。)

 

 

食事会のあとの帰り道。

夜道を三人で歩く。

重苦しい沈黙がまとわりつく。

 

リクトが何度かファナを睨んだが、何も言わなかった。

セナも時折ちらりと横目で見るが、口を閉ざした。

ファナは下を向き、歩幅を小さくする。

 

(私のせいだ。)

(さっき、メルさんと話して……。)

(あの顔、あの声、思い出してしまう。)

(でも、リクトも、セナも……。)

(どうしたらいいの……。)

 

リクトが足を止めた。

荒い声が闇を裂く。

「なあ、ファナ。」

 

ファナがびくりと肩を揺らす。

「さっき、メルと何話してたんだよ。」

「……あんな顔して。あいつのこと好きなのか?」

 

声が震えていた。

歯を食いしばって絞り出した言葉。

 

「俺は、お前が好きだって言っただろ。」

「ちゃんと答えろよ。」

 

ファナの喉が詰まる。

視界が滲む。

 

「……リクト、私、わからない……。」

 

(ごめん。ごめんなさい。)

(答えが、出せない……。)

 

沈黙が刺すように痛い。

その中で、セナが静かに口を開いた。

「……それでいい。」

 

二人の視線を受け止め、ゆっくりと言葉を継ぐ。

 

「君がちゃんと考えようとしてくれるなら、それだけで意味がある。」

「でも……お願いだ。」

 

声が少しだけ震えた。

 

「本気で選んだ相手なら、たとえ僕じゃなくても祝福するつもりだ。」

「だから……わからないまま選んで後悔するなんてことだけは、してほしくない。」

「……それだけは、約束してほしい。」

 

ファナは涙をこらえながら頷く。

(優しいのに、真剣で、少しだけ寂しそうで。)

(泣きそうになる。どうして、こんなに大事にしてくれるの……。)

 

ファナが声を震わせた。

 

「……こわいの。」

「みんなが傷つくのも、私が間違えるのも。」

「でも、逃げたくない。」

「だから、考えたい。ちゃんと……。」

 

(怖い。でも逃げたくない。)

(私がリーダーだから。)

(一緒にいたいから。ちゃんと考える。私の“好き”を。)

 

リクトがそっぽを向きながら呟く。

「……そんなの、お前らしいな。」

 

セナが優しく微笑む。

「……それでいい。」

「言ってくれてありがとう、ファナ。」

 

 

三人は無言で歩き出す。

肩が触れそうな距離感。

星が滲む夜空が広がっていた。

 

(夜風が冷たい。でも胸が熱い。)

(怖くても、苦しくても、逃げない。)

(私がリーダーだから。)

(ちゃんと考える。私の“好き”を。私の声を。)

 

夜はまだ終わらない。

答えを探す旅は、ここからだ。

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