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第六話

 翌朝、爽やかな土曜日。居間へ入ると、食卓の半分が本に埋まっていた。

 山府市史。山御杜縁起。山信仰の成立と変遷……。

 どこから持ってきたのか分からない資料の中心で、紬がノートへ何かを書き写している。

「何してるの?」

「山御杜の本社を調べています」

「本社だけで、全部読むの?」

「山御杜を知らなければ、本社を説明できません」

「案内は五分だぞ」

「調べる量と、話す量は別です」

 紬はもっともらしいことを言い、次の本を開いた。

 そこへ母さんが、新たに二冊抱えて現れる。

「紬、これも使えるんじゃない? 山御杜の祭礼史と、山府古代史」

「使います」

「母さん。増やさないで」

「資料は多い方がいいでしょ」

「発表は五分なんだよ」

「調べた後で削ればいいじゃない」

「削れると思う?」

 母さんが、紬を見る。紬は新しい本を開いていた。

「無理そうね」

「燃料を足してから言うな」

 作家が二人揃うと、調査を止める人間がいなくなるらしい。

 俺も古社について調べようと、『山御杜入門』と書かれた本を手に取った。

 ……四百三十二ページあった。

 どうやら山府の入り口は、遠くにあるらしい。


 週明け月曜日の放課後、俺達は五人で職員室を訪れた。

 伊藤先生は相変わらず忙しそうにしている。

「アキちゃん先生。野外活動の計画書をお持ちしましたわ!」

「また全員で来たのか」

「五人で行う活動ですもの!」

「提出する紙は一枚だろ」

 伊藤先生は口こそ悪かったが、嫌な顔をせず俺から計画書を受け取った。

 地図と見比べながら経路を確認し、集合時刻、帰着時刻、役割分担を順番に読んでいく。先生の指が一番下まで進んだ。俺達は黙って見守る。

「よし、これで教頭に出す」

「では、許可をいただけますのね!」

「今から教頭へ伺いを立てるんだ。私が決めるんじゃない」

「わたくしたちも参ります!」

「来るな」

「結果が気になりますわ!」

「邪魔だからやめろ」

 伊藤先生が計画書を持って立ち上がる。

 大竹さんも立ち上がった。つられて紬と室井君も立つ。

 雪白さんが立ったので、俺も立った。

「どうして全員ついてくるんだ」

「伺いを立てるのでは?」

「立てるのは私だ。お前たちは帰れ」

 教頭の所へ行く前に、俺達は追い返された。……とりあえず待ってるか。

 十数分後、俺達が職員室でだべっていると、「帰れって言っただろ」とぶつくさ言いながら、伊藤先生が戻ってきた。

 手には一枚の紙を持っている。

「許可は下りたぞ」

「やりましたわ!」

 大竹さんが紬の両手を取った。上下に振ると、紬も一緒に上下した。

「正式な部活動としてではなく、創部準備のための校外活動だ。私の引率に従うこと。申請した経路から外れないこと。正午までに学校へ戻ること」

「はい」

「あと、職員室で人を振り回すな。それから、用事がない時は職員室に居座るな」

「はい!」

 大竹さんが手を放した。

 紬の身体だけが、もう一度小さく揺れた。


 許可が下りたので、翌日から生徒談話室を案内の準備に使うことにした。

 毎日、同じテーブルに五人で集まる。そして毎日、雪白さんが最初に来ていた。

「雪白さん、今日も早いね」

「早く準備を終わらせたいだけよ」

 そう言いながら、五人分の資料を広げられるようにテーブルの上を片付けている。

「六花さん、この本を置いてもいいですか?」

「そっちは華恋が使うでしょう。紬はこっち」

「ありがとうございます」

 ご丁寧に追い出す相手の席まで用意している。

「六花さんは、もうこの部が好きなのですね」

「違うわ」

「そうでしょうか。素直な六花さんの方が可愛いですよ?」

「……紬、覚えておきなさい……」

 ……妹が無駄に煽ってごめんなさい。でも、素直な方が可愛いというのには同意する。

 準備といっても、各々が資料を調べて案内したいことをまとめるだけなので、完全に個人作業だ。

 紬がガリガリ書き進める隣で、大竹さんは優雅にお茶を嗜み、雪白さんは静かに本を読む。いつの間にかこのコントラストが常態化しつつあった。あれ? ちょっと待て。勝手にティーセット持ち込んでないか?

「遅れて申し訳ございません」

 室井君が慌てて入ってきた。ホームルームが長引いたらしい。

 そういえば、室井君って何組なんだろうか。天山流を得意とする真面目ガイ以外の情報を持ち合わせていない。

 聞くべきか……いや、ここまで一緒に活動してるのに今更そんなこと聞くのは失礼か……。

 当たり障りのない聞き方を考えていると、紬が口を開いた。

「そういえば武尊君って何組なんですか?」

 行った! だいぶストレートに聞きやがった。して、武尊君の反応は?

「自分は一年二十組です。教養クラスとなります」

 普通に答えてくれた。そうか、普通に聞けば良かったのか……。

 俺は少し反省した。クラスで会話ができないのも、もしかしたら俺が考えすぎるせいなのかもしれない。

「武尊さんのクラスは教養クラスの中でも特別で、部活動の全国大会に出場する猛者ばかりが集められたスポーツ特待クラスなのですわ」

 大竹さんが得意げに説明してくれた。そんなクラスがあったのか。この学校、マンモス校なだけあって知らないことが多すぎる。ということは、室井君も実は凄い人なのだろうか。

「ところで、お兄様は特別進学クラスですわよね?」

「そうだよー」とのんびり答える。まだ四月だというのに、既に山のように出ている課題を思い出した。

「パッと見、紬さんの方が成績良さそうなのに、不思議ですわ」

 こいつ、ハラスメントという言葉を知らないのか。セクハラ、パワハラ、モラハラ。今どき挙げればキリがないくらい何でもハラスメントにできるんだぞ。さて、こいつは何ハラになるか……。パッと見で判断したからパミハラだな。よし、市中引き廻しの刑だ。

「兄さんは、こう見えて要領が良いのです」

 紬が擁護してくれた。偉いねえ、ありが…………ん? 別に擁護になってないな。

 頭に来た俺は、二人まとめて言い返すことにした。江戸っ子は気が短けぇんでぇい!

「そういう紬は、頭は良いけど脱線が多いんだよな。つまり無駄だらけ」

 紬はムッとしている。しめしめ。

「そして大竹さんは中学時代から補習ばかりだって言ってたのに、一般とはいえよく『進学』クラスに入れたな」

 キマッた……この嫌味の切れ味。本場のイギリス人も真っ青だろう……。

「わたくしは六花さんに勉強を教えていただきました!」

 大竹さんはけろっとしている。嫌味が通じないバカなのか、それとも単なる事実なのか……いや、俺も大概失礼だな。反省。

 そんな俺の葛藤をよそに、大竹さんは雪白自慢を続ける。

「六花さんは凄いんです! 中学時代は三年間、一度も首席を譲らなかった猛者ですわ!」

「へえ、雪白さんってそんなに頭良いんだ……」

 当の本人を見てみると、おすまし顔で読書をしている。が、ページをめくる手が止まっていた。

「兄さんだって凄いんです。東京の中学では常に順位が一桁台の成績でした」

 紬が自慢してくれる。よせやい、照れるだろう、てやんでいべらぼうめちくしょう。

「学年の人数は何人でしたの?」

「うちの中学は三百人くらいでした」

「でしたら六花さんの方が上ですわね! こちらは八百人ですから!」

「でも学校によってレベルも違います。山府義塾中学のレベルはそんなに高いんですか?」

「他の学校を知らないのでレベルは分かりませんわ!」

「じゃあ兄さんだって負けてないです」

 なぜか言い争いになった。双方譲らない。ねえ君たち、不毛な争いしてるって気付いてる?

 その時、パァンッという鋭い音が響いた。音の方を振り向くと、室井君が思いっきり手を叩いていた。

「お二人とも、近しい人の凄さを自慢したいのは分かりますが、白熱しすぎです。特別進学クラスにいる時点で成績が良いのは分かるのですから、その辺にしましょう」

 室井君が場を収めた。凄い。

「そうね、そろそろ静かにした方がいいわ」

 雪白さんも冷静に窘める。二人とも大人だなー。

「それに、そんなに言い争わなくても、じきに中間テストよ。どっちが上かなんて、そこで白黒付ければいいじゃない」

 ……雪白さんは勝負する気満々だった。よかろう。その勝負、受けて立つ……!

 この学校での楽しみが、一つ増えた気がした。


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