第二部三十七話
それからは酷い時間だった。俺達と選挙管理委員会の間で、互いの主張を押し付け合うばかりの大混乱だった。伊藤先生が仲裁に入り、なんとか場が収まった。
結果を言おう。
俺達の抗議は認められなかった。渡部君の言う通り、抗議は規定で定められておらず、受け入れ態勢も無いとのことで、そもそも受け付けてもらえなかった。何とも頭の固い学校である。五十嵐先輩は「ここも変えなくちゃね」と言っていた。
疑義を示した教職員は、山府義塾出身の、それはそれは愛校心が強い御仁だそうな。俺はそいつの授業を受ける際、何らかの形で復讐してやると誓った。紬を傷つけた報いだ。
再選挙の結果、五十嵐先輩が生徒会長になった。演説では紬の意思を継ぐと力強く訴えていた。この学校は紬の思惑通り、少しずつ変わっていっている。
あの日、放課後に呼び出してきた五十嵐先輩の用件は何だったのか。再選挙のゴタゴタで有耶無耶になってしまい、今となっては分からないが、生徒会長になった先輩は俺達に、プレゼントをくれた。
「この学校の新しい道を示してくれた紬さんに敬意を表して、あなた達にプレゼントを贈ったわ。詳細は伊藤先生から聞いて」
生徒会長就任のお祝いに訪ねたところ、五十嵐先輩はそう言ってウインクした。ちょっとだけ素敵だと思ってしまった。……秘密だよ?
何はともあれ、こうして俺達の闘いは幕を閉じた。正味四日間の短期決戦だった。
「番長になり損ねました」
選挙が終わって数日経ったある日の放課後、紬と二人で廊下を歩いていると、紬は思い出したようにポツリと呟いた。
「番長じゃなくて生徒会長な」
きっと物凄く悔しかったに違いない。でも俺は、当たり障りのない返ししかできなかった。あの紬が気落ちしている。どう励ましたものか……。
元気になる言葉百選を頭の中で作っていると、紬は気を取り直したように上を見上げた。
「今回のことで、はっきり分かりました。私の居場所は生徒会室ではなく、あの部室なんだって。それに気付けたので、むしろ無効になって良かったのかもしれません。みんなとの絆が深まった気がします」
紬さぁん……。なんて健気なんだ。そしてなんて可愛いんだ。俺は一生、紬を守ると誓うよ。
君の人生に幸あれ。
俺は紬の頭をワシワシ撫でてやる。髪が滅茶苦茶になるからやめろと怒られてしまった。
「そういえば一つ、報告があります」
突然の報告宣言。何だろう。……彼氏ができたとかは止めてくれよ。
ドッキドキで紬に向き直ると、ニコッとキュートな笑顔を向けてくる。……いと死ぬ。
「もしかしたら私、トポったかもしれません!」
「へ?」
「生徒会長になって、皆が集まる部室に行けなくなるって思った瞬間、凄く凄く寂しかったんです。あの部室ではもうみんな集まらないんだって。これって、部室が恋しかったってことですよね?」
「んー? それはトポったって言えるのか?」
「だって部室が恋しかったんですよ! つまり、部室に愛着が湧いていた。トポフィリアの完成です!」
紬は嬉しそうにスキップしている。可愛い。まあ、何はともあれ元気になったなら良かったよ……。
この春からずっと目標にしてきたものを手に入れた紬さんは、キラキラ輝いていた。
いつのまにか俺達は、本館の階段まで来ていた。上ろうとすると、上の階から男女の話し声が聞こえてくる。カップルか?リア充爆発四散しろ。
俺が呪いの言葉を心の中で叫んでいると、カップルの会話から聞きなれた名前が出てきた。
「この前の生徒会長選挙さ、あの外部入学の紬ちゃんて子、凄かったよね。あれって記録とかに残らないの?」
「んー、生徒会長として実働してないなら、記録には残らないんじゃないか?」
「じゃあ幻の生徒会長じゃん! カッコいい!」
紬を見ると、口がニマニマしている。うんうん。嬉しいんだね。
「俺はそっちより、その兄の方がヤバいと思う」
……ん?
「六家全員集めた部活作って、その上、幻の生徒会長まで擁する組織を束ねてるんだぜ。実質もう裏番じゃん」
……おい、やめろ。
「あの感じだと生徒会長も今後、頭が上がらないんだろうな……。俺達も相田司には気を付けた方が良いかもな」
なんでそうなる! 俺は普通のごく一般のどこにでもいるただの生徒だ!
早く階段を上がって抗議しようと踏み出したその時、紬が俺の袖を引っ張った。
「兄さん」
「なんだい?」
「一人だけで裏番にならないでください」
……ごめんなさい。




