第二部三十六話
教室へ戻ると、盛大な拍手で迎えられた。
「相田君、凄かったねー!」
「相田、お前、実は凄い奴だったんだな」
「妹さんも凄かった! 可愛いのに勇気ある!」
「紬ちゃんね! 本当に凄かった! まさに番長だよ!」
「俺は……感動した。今日から日本一目指すよ!」
「相田! 妹さんを俺にくれ!」
いやいや皆さん、凄いのは紬であってですねー……。おい最後の奴なんて言った?
教室の後ろを見ると、雪白さんと渡部君が満面の笑みでこちらを見ていた。
俺は自然と、二人の所へ向かった。
「司君、頑張ったね。期待していた以上よ」
「相田君はやっぱり面白いね! 二人で創った演説、とても良かった。この学校の未来が楽しみになる演説だったよ!」
「雪白さんや渡部君にそう言ってもらえると、凄く嬉しいな……。本当に大変だった。原稿忘れたときはどうしようかと思ったし、罵声が飛んできたときは気が狂いそうだった」
「本当に頑張ったわ。よしよし」
雪白さんが頭を撫でてくれた。
教室中が固まった。
……今日は良い日だなー。
俺は撫でられるがまま、後ろを見る。
クラス中が目を見開いてこちらを見ていた。
渡部君は必死に笑いを堪えている。……雪白さん、気付いて!
「雪白さん……。凄く嬉しいけど、その……」
俺は凄く控えめに状況を伝えた。……みんな見てますよー。
雪白さんは視線に気が付くと、みるみるうちに顔が赤くなっていく。
頭に乗せている手に気が付くと、一瞬で手を引っ込めた。
ワァ!!!!!
その瞬間、教室中がどよめく。
「相田! お前は許せねぇ!」
「紬さんという可愛い妹がいながらなんて奴だ!」
「相田くーん! 雪白さーん! お幸せにー!」
「私たちは応援してるからー!」
みんな好き勝手叫んでくる。雪白さんは、恥ずかしさで小さく震えていた。もうやめたげて!
そこへ担任が投票用紙と投票箱を持って教室に入って来た。
「ほらお前ら、うるさい。静かにしなさい」
担任の鶴の一声で、それまで囃し立てていた生徒は蜘蛛の子を散らすように自分の席へ向かった。……た、助かったー。
雪白さんもゆっくりと席へ戻る。
担任は全員が席へ座ったことを確認すると、投票用紙を配り始めた。五十嵐先輩と紬の二人の名前が印字された、シンプルな紙だ。
「生徒会長にふさわしいと思った方の名前に丸を付けてください。終わったら私が投票箱を持って席へ回りますので、誰にも見せないように入れること」
簡潔な説明の後、みんな真剣な眼差しで丸を付けていた。俺はもちろん、紬へ大きく丸を付ける。三分後、担任が各席を回り始めた。
紬が生徒会長になれば、俺達の居場所は守られる。でも紬は部活に来れなくなるかもしれない……。先程の紬の顔が思い浮かぶ。
会長になってほしいが、皆と一緒にいたい。
俺は複雑な気持ちで投票した。
全員の投票が終わると、担任は廊下で待機していた選挙管理委員へ投票箱を預けた。
「これから集計が行われます。結果はこのモニターで発表されます。不正防止のため、トイレや体調不良以外の理由で教室から外に出ないでください。では、それまでは自習」
そう言うと担任は教室から出ていった。どうやら教師も開票に加わるらしい。四千八百人もいると大変だな……。
スマホを見ると、紬からメッセージが来ていた。
『皆さんに褒めて頂きました。凄く嬉しいです』
『俺も褒められた。凄いのは紬なのに、なんか得した気分』
返信をすると、直ぐに返事が来た。
『五十嵐先輩から、今日の放課後に生徒会室に来るよう呼び出しを受けました。兄さんにも来て欲しいそうです』
あいついつの間に先輩と連絡先を交換していたんだ?
『わかった。じゃあ選挙が終わったら落ち合おう』
先輩からの呼び出し……。まだ結果が分からない内からというのが引っかかる。まあ今気にしてもしょうがないか。
俺はスマホを鞄にしまった。
自習と言われ、本当に自習するのが特進クラスの凄いところだ。みんな大量の課題や塾のテキストと睨めっこしている。
こうして見ていると、みんな本当に真面目だ。きっと叶えたい目標や、高い志があるのだろう。さっきは愚かな学校だと本気で思ってしまったが、マンモス校なだけあって、色々な側面があるのかもしれない。
一時間ほど問題集と格闘していたら、いきなりモニターが点いた。山府義塾の校章が出たあと、選挙管理委員会による音声が流れる。
「みなさま、大変お待たせいたしました。これより、第百三十六回生徒会長選挙の結果発表を行います。」
ひゃくさんじゅうろくかい……。途方もない歴史だ。紬はこれに喧嘩を売ったのか……。
「投票総数四千七百九十三票、有効票数四千七百八十二票、無効票数十一」
数字が並ぶ画面が出た後、結果を示す棒グラフが映し出された。
「五十嵐葵候補、得票数千二百二十二票。相田紬候補、得票数三千五百六十票。よって、第百三十六代生徒会長は、高等部一年三組、相田紬さんに決定いたしました」
結果が出た。ワァ! という歓声が廊下から聞こえてくる。きっと紬のクラスだろう。うちのクラスからも拍手が湧き起こった。
「相田君おめでとう!」
「この学校を頼むな!」
「相田君も役員になるんでしょ?」
みんな口々に祝福してくれる。
「いや、役員はまだ決まってないんだ。紬のことだから、役員オーディションとかやりそうだな……」
「何それ面白そう! そうなったら、私立候補しようかな」
「紬さんの傍に行けるなら……俺も立候補しよう!」
「いや、今のは俺の妄想で、やるとは決まってない……おい今の男子、俺は認めんぞ」
教室中で笑いが起こる。さあこれからが大変だ! 気持ちを新たに、紬へ祝福のメッセージを送った。
『生徒会長おめでとう! これから忙しくなるけど、俺はいつでも紬の傍にいるからね!』
『兄さん、ありがとうございます。では早速、兄さんを副会長に任命しましょうかね』
『おう! 任せれ!』
『冗談です。兄さんは部活を守ってください。役員は……公開オーディションでも開きましょうかね』
ふふふっ、紬の奴、相当浮かれてるなぁ。
浮かれポンチな紬を妄想していると、廊下から万歳三唱が聞こえる。三組の連中がやっているのだろう。
「俺達もやろうぜ!」
「よっしゃきた! 相田紬の勝利に、バンザーイ!!」
「バンザーイ!!」
「バンザーイ!!」
俺達も相当浮かれていた。渡部君も雪白さんもニッコニコで万歳に参加している。
紬さん! 聞こえましたか? こっちでもあなたの勝利を祝っていますよ――。
もう一度紬にメッセージを送ろうとしたその時、モニターの画面が切り替わった。
「現在、審議事項が発生しましたのでそのままお待ちください」
……審議事項?
教室はもちろん、廊下からも騒めき声がしてくる。学校中が困惑していた。
すると十数分後、再び画面が切り替わる。
「先程の選挙結果は、相田紬さんの選挙規則違反が確認されましたので、無効といたします」
……一瞬、意味が分からなかった。
無効? 選挙規則違反? 何した?
またも廊下から騒がしい声が聞こえて来た。
「納得いきませんわ! 何がいけなかったのか具体的に出しなさい!」
大竹さんの声だ。三組の教室からここまで届いているらしい。
俺はその声で我に返り、渡部君を見た。
「何これ? 何が起きてるの?」
「分からない。……とにかく一度、選挙管理委員会に問い合わせるか」
そう言うと渡部君は教室を出ようとした。しかし、そのタイミングでモニター画面が切り替わり、選挙管理委員会の音声が流れた。
「先程の当選無効の理由について説明します」
来た。いったい何が原因で取り消されたんだ?
「選挙結果確定後、教職員より相田紬さんの選挙ポスターについて疑義が示されたため、選挙管理委員会で審議を行いました。その結果、ポスターの品位保持義務違反が複数確認されたため、当選無効と致しました」
……教職員より? ポスターの品位保持義務?
「品位保持義務違反の内容は次に読み上げる三点です。一、選挙掲示板を単独候補で独占使用した行為。二、本人か分からない格好でのポスター作製。三、学校の名誉を傷付ける挑発的な内容。以上です」
……全て番長ポスターに関する事柄だった。……掲示板ジャックを思いついたのは俺だ。なんてことだ……俺のせいで紬の名誉が傷ついた。全て俺の責任だ。
「こんなの学校側の横暴だ!」
暫く放心していると、突然男子生徒が叫び出した。
「そうよ! 仮装が駄目なんてつまらない選挙にしかならないじゃない!」
「教職員からの疑義だって、学生自治を馬鹿にしている!」
みんな、次々と声を上げている。
「これって、異議申し立てとかできないのかな……」
「分からない。選挙規則には当選の無効は規定されているけど、異議申し立てができるかは書かれていない」
渡部君に聞いてみると、何やら冊子をパラパラ見ていた。選挙規則を持ち歩いているなんて、さすが元生徒会長。
「そもそも品位保持について、具体的なことが何も書かれていない。こんなんで違反とか言われても、言いがかりに等しいじゃないか」
そうなのか。そんなスカスカな規則で、違反と言われても悔しさしか残らない。
するとまた、モニター画面が切り替わる。
「規定により、後日再選挙を実施することとします。また、今回規則違反が確認された相田紬さんは、再選挙への立候補を認めません。新たな立候補者が出なかった場合は、今回立候補した残りの候補者から生徒会長を選出することとなります」
再び教室が騒めく。……もしかして先輩が何かしたのか?
「やはり一度、選挙管理委員会に抗議しに行こう。何もしないよりはましだよ」
そう言うと渡部君は立ち上がり、教室を出ていこうとする。
俺と雪白さんも続いた。
廊下へ出ると、同じく三組から紬と大竹さん、湯田さん、星君が出てくる。
「当選無効って何ですの? わたくし達、何も悪いことしてませんわ!」
大竹さんが叫ぶ。
「それをこれから選挙管理委員会へ確認しに行くんだ」
渡部君が先頭に立ち、その後ろを他の六人が続いた。途中で室井君も合流する。
すると、その後ろから五十嵐先輩と馬場先輩まで現れた。
「先輩方、どうしたんですか?」
「私達は選管に抗議しに行くところよ。あなた達こそどうしたのよ」
……先輩が何かしたわけではないのか?
「僕達も抗議に行くところです。さすがにあの後出しは許容できない」
俺達十人は、選挙管理委員会が設置されている第一会議室の扉を開いた――。




