第二部二十七話
放課後は昨日同様、相田家に集まることにした。
皆で歩く帰り道。この時間もなかなか悪くない。
昼休みに雪白さんの願いを聞いてから、見える風景の全てが煌めいて見える。……目覚めた人、ブッダになった気分。
そんな素晴らしい気分でルンルン歩いていると、大竹さんが話しかけて来た。……気分が台無しになった。
「お兄様、昼休みに撮影した紬さんの写真です。いかがです?」
どれどれ……うん。あの小ヤンキーだ。
写真には、厳ついリーゼントに学ランを着て、こちらに向かってガンを飛ばす紬が写っていた。大竹さんのスマホには、全部で二十枚ほどの写真がある。……本当にこれをポスターにするの?
「俺の可愛い妹が台無しじゃん……」
「お兄様はいつも大袈裟ですわ。この格好の紬さんも可愛らしいではないですか」
「じゃあ大竹さんは、もし紬がこの格好で学校にいたら話しかけるのかよ」
「もちろんですわ! 不良だろうと善良だろうと、紬さんは紬さんですもの!」
「そうじゃなくて、初対面の時に紬がこの格好だったらどうするの?」
「それは……困りますわね」
……こんなんで大丈夫かこの選挙。
「兄さん、安心してください。この格好はポスターだけで、辻立ちや演説は普通の格好で行います」
「当たり前だ。真面目にやれって怒られるぞ」
「まあまあ、相田君の懸念はもっともだけど、僕はこの写真でポスターを作成する案を推すよ。選挙で最も懸念すべきことは、反感を買うことではなくて無関心でいられることだからね。良くも悪くも、有権者の目に留まらないと、投票に結びつかないのさ」
渡部君がフォローした。……なるほど。よく選挙などで現職が有利になるのはこういう仕組みなのかもな。よく知らない一般人より、顔を知っている現職の方が安心して投票できると……。
「じゃあその写真、俺に送って。家のパソコンでポスター用に編集するから」
「お兄様、写真の編集なんて出来ますの?」
舐めるな小娘。こちとらプロの漫画家の現場で数多の背景を作成してきたアシスタントのプロぞ。選挙用のポスターくらい朝飯前よ。
「兄さんの技術は凄いですよ。安心して任せられます!」
そうだろう紬ちゅわん。さすがよく分かってる。
「そうなのですか……。お兄様、ただお勉強ができるだけの人ではないのですね」
「……次回の定期テスト、勉強見てやんねーぞ」
「ご、ごめんなさいですわ……」
大竹さんは頭を垂れた。浅薄なほど、頭を垂れる大竹かな。
家に到着すると、母の仕事場にあるパソコンを起動し、画像編集ソフトを立ち上げた。
選挙ポスターなので真面目な雰囲気に仕上げるのがセオリーなのだろうが、写真が既に不真面目だ。ここはよくある選挙ポスターでなく、思いっ切り遊びを入れる方向で編集しよう。
俺がポスターを作成している間、紬と渡部君、雪白さんで公約と作戦を詰め、室井君と星君、湯田さんは明日の朝の打ち合わせをしていた。……大竹さんは家に到着した途端に母と台所へ行ってしまった。何をしているのかは知らない。
「今回は時間が無さ過ぎてまともな選挙戦がほぼ出来ないと言っても過言ではない。つまり、公約を真面目に出して先輩と比べてもらう作戦は不利にしか働かない。インパクトのある露出と、選挙当日の演説での一発逆転を狙うのが得策だと思う」
「それだと学校の皆を騙し討ちすることにならないかしら。時間が無いにしても、ある程度紬の考えを伝えないと、ちゃんと考えている生徒が付いて来ないわ」
「その通りではあるんだけど、正直、ちゃんと考えている生徒は少数だ。選挙で勝つには、雰囲気に流されやすい大衆の集団心理を掴むのが良いと思う」
「よく分かりませんが、お二人の言うことはどちらも正しいです。どちらも実行しましょう。兄さん、やっておしまいなさい」
……紬さん、阿吽の呼吸なのは分かるけど、少しは手伝いなさい。俺は議論する渡部君と雪白さんの案を取り入れたポスターを三人に見せた。
「ポスター、こんな感じにしてみた。渡部君の言うインパクトのある露出は写真とキャッチコピーで遊びまくって、雪白さんの言うところの紬の考えも載せる。ただ、先輩のポスターのように公約の羅列にすると、情報量が多すぎて印象がぼやけるから、一番伝えたいことだけを大きく入れる。こんな構成でどうだろう……」
部屋でそれぞれ話し合いをしていた面々は次々に集まって来てポスター案を眺める。……なんか鯉に餌をやってる気分だ。
「はは、随分思い切った構成にしたね。僕は好きだよ」
「この構成なら、私の言う真面目な公約は余計かもしれないわね。削っても良いと思う」
「でしたら、代わりに私達六家が支持していることを皆さんにお知らせしましょう」
「それイイネ! 俺達一人一人の熱いパッションを付け加えようぜ!」
「いや、そこは自分達六家を一まとめにして、真面目な文言にするのが良いと思います。不真面目の中に真面目があると、それだけで目立ちます」
「公約より六家の支持を前面に押し出すのね……」
「このキャッチコピーの文言、口調を不良っぽく出来ませんかね」
皆、口々に修正案を出してくる。こういうの楽しいな。将来、デザイナーかコピーライターにでもなろうかしら。
ポスターを修正し、家のプリンターを使って印刷していると、大竹さんが扉を勢いよく開けて仕事部屋に入って来た。後ろには母さんもいる。
「皆様! おやつの時間ですわ!」
おやつ! やったー!
俺達は作業を中断し、いそいそと大竹さんのもとへ集まった。
「何してるのかと思ったら、おやつ作ってたのか」
「わたくしの出来ることと言ったらこれしかありませんから」
大竹さんが申し訳なさそうに、美味しそうなチーズケーキを切り分けてくれる。
「そんなことないです。華恋さんのヤンキーポスター案のおかげで、こんなに素敵なポスターが出来ました」
紬はケーキを受け取りながら、大竹さんをフォローした。優しいね、紬ちゃん!
「まあ! これお兄様が作りましたの? やるではありませんか!」
「ふっ……。大竹さんのおやつも、なかなかだぜ」
「何かっこつけてんのよ司。あんた勝手に印刷してるけど、必要経費はちゃんと小遣いから引くからね」
母が衝撃発言をした。
「……そんな。俺ばっかり? 紬は?」
「百枚以上カラー印刷しておいて、何言ってんのよ。資源は有限なんだから、大切にしなさい」
年間何十冊ものスケッチブックを描き潰している人に言われたくない……。
何はともあれ、選挙戦の下準備は整った。明日から、怒涛の選挙戦が待っている。
俺達トポ部一同は、緊張した面持ちでチーズケーキを頬張った。




