第二部十九話
家に向かう途中、しばらく誰も口を開かなかった。あの大竹さんも、あの星君も、静かに真顔で歩いている。
「皆、良かったら今日、家で夕飯食べていきませんか?」
皆を元気付けようとしたのか、紬がまた、確認もせずに提案する。
「まてまて、母さんに電話してからにしろ」
俺は紬に電話させた。
「いきなりお邪魔するのによろしいのですか?」
湯田さんが申し訳なさそうに聞いてくる。
「たぶん大丈夫だよ。ていうより、たぶんさっきの電話が終わった時点で既に夕飯の準備してると思う」
「六人もいるけど、買い物とか必要じゃないの?」
渡部君も心配してくれた。
「あー、家の近所にスーパーあるし、大丈夫だと思う。それより、皆こそ帰りが遅くなるけど、大丈夫?」
「今から家に連絡しますわ」
ようやく大竹さんが声を出した。
部員全員の許可が下りるのと、母への確認が終了するのは、ほぼ同時だった。やはりさっきの電話が終わったあと、六人をもてなすため、すぐ夕飯の買い物に出かけたらしい。今は家を空けているから、仕事部屋は勝手に案内しても良いとのことだった。
俺は雪白さんを見る。もうずっと俯いたままだ。
さすがに心配で、声を掛けてみた。
「雪白さん、うちの母さんの部屋、本物の漫画家の部屋だから、実は結構貴重なんだけど、興味ない?」
雪白さんはゆっくり顔を上げた。いつもより青白く見える。
「ジロジロ見ても良いの?」
か細い声が返ってきた。顔は青白いが、発言内容は漫画家の部屋に対する期待だった。そのギャップが面白くて、思わず吹き出してしまった。
「何よ……。そんなに笑って」
今にも泣きそうな声で抗議してくる。ここまで弱った雪白さんを見るのは初めてだった。儚げで、今にも消えそうだ。
俺はどうしたら彼女が元気になるか考えた。
「もしかしたらお宝があるかもしれないよ?」
努めて明るく言ってみた。
「……何それ。私たちが入れるなら、そんなもの片付けておくでしょ……」
やはり小さい声で反応が返って来る。……元気出して。これから行くのは、あなたが「人生のバイブル」とまで言った漫画を生み出した作家の家ですよ。
「まあ、楽しみにしててよ」
俺はそれだけ言うと、雪白さんから離れた。
雪白さんが母の漫画のファンだということは、この前の日曜日に話してある。母の性格だ。恐らく、いや、絶対なにか置いてある。漫画家は芸術家であると同時に、エンターテイナーでもあるのだ。
雪白さんの驚く顔を想像しながら、俺は少し移動した。
今度は星君に話しかけた。彼もさっきから一言も発していない。室井君が隣で気を遣っているが、明らかに様子がおかしかった。
「星君、いつもうるさいくらい元気なのにどうした?」
俺は無遠慮に聞いた。男ならこれくらいで丁度良い。
「……」
星君は無言だった。
「せっかく家に招待したのに。友情を深めるチャンスなのに、星君が元気ないと意味ないよ」
俺はわざと、星君の琴線に触れる話題を振ってみた。
星君がこちらを向く。
「司君、さっき六家の話を聞いて、何も思わなかったのかい?」
「んー。うちの学校が変な学校だとは思った。いくら名家の出身とはいえ、皆普通の高校生にしか見えないし」
そうなのだ。俺からすると、皆普通の高校生なのだ。成績を気にし、友人との人間関係に一喜一憂し、そして皆で集まれば騒ぎ出す。どこからどう見ても、普通の高校生だ。
「司君は俺達を、怖いって思わないのかい?」
星君が弱々しく聞いてくる。
「逆に怖いと思う理由って何? 俺も紬も、山府に来るまで六家なんて言葉、知らなかった。そもそもこの言葉を知ったきっかけも、渡部君が自分で言ってたのを偶然聞いただけだし。そんな知りもしない概念を、なぜ怖がらないといけないんだ?」
チラリと渡部君を見ると、ニマニマ笑っている。……あのニヤケ顔の方がよっぽど怖いけどなぁ。
「私は六家という言葉、今日初めて知りました」
紬が後ろから会話に加わった。
「時彦君が何を気にしているかも分かりません。家に着いたら、皆さんから洗いざらい聞き出す予定です」
相変わらず不穏なことを言う。
「まあそんなわけで、せっかく友達の家に行くんだから、もっとテンション上げようよ」
俺は皆にも聞こえるように、少しだけ声を張った。まったく、世話の焼ける名家たちだぜ……。
「お兄様は、私たちの家のことを詳しく知らないから、そんなこと言えるのですわ……」
大竹さんがポツリと呟く。
「なら教えてよ、六家の正体」
俺は立ち止まり、六家全員の顔を見る。
「今日は時間もたっぷりあるし、これからの対策を立てるためにも、俺達兄妹は六家を知らないといけない。だから教えて」
皆、真剣な顔をしていた。これから何を聞かされるのかは分からない。でも、俺はこの六人を、もう友達だと思っている。一緒に背負う覚悟もある。
「何も知らないままなんて、寂しいじゃないか」
俺は紬を見た。紬も、覚悟を決めた顔をしている。
六月の空は、俺達八人を、ゆっくり赤色に染めていった。




