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第二部十八話

 廊下の奥から、吹奏楽部の楽器の音が聞こえる。何の曲かは知らないが、随分と重々しいメロディーだった。

 先生の説明を聞いた俺達は、呆然としたまま部室から私物を運び出し始めた。いや、正確に言うと、俺と紬だけが呆然とし、あとの五人は粛々と作業を進めていた。

 室井君が遅れて合流した。私物撤去の作業の様子を見て、何かを察したようだった。

 俺達は室井君との再会を喜ぶ暇もなく、部室を後にした。鍵は、先生に返した。

 先生から説明されたのは、六家に対するこれまでの全校生徒の態度と、それに起因する談話室を巡るいざこざだった。

 六家は山府において、それはそれは大きな権力を有する家らしい。その子息令嬢である六人は、これまで全校生徒から腫物扱いされてきた。

 そして、それに耐えきれなくなった雪白さんは、誰も来ない談話室に籠るようになる。すると今度は、談話室を不当に占拠していると騒ぎ立てる生徒が現れた。その一人が、五十嵐先輩だった。

 以前職員室で先輩と会ったときも、先生は先輩から部室の明け渡しを要求されていたところだったらしい。生徒会としては、学校側の横暴な措置が許せないといった言い分だった。

 なぜ学校側の措置を横暴だと決めつけるのか。それは、この学校の理事が六家だからだ。

 六家の子供たちが談話室を使い、それを六家が理事を務める学校が認めている。生徒会は、そこに身内への便宜を見ていた。

 しかし実際は、誰でも使えるように開放していた。雪白さんがいるのを見て、他の人が勝手に使うのを止めただけなのだという。今回のトポ部部室への転用も、そうした利用実績を考慮した判断であり、決して便宜を図ったわけではない。

 俺は先日のテスト勉強のときの部室の状態を思い出した。開放しているにも関わらず、中を覗くだけで誰も入ろうとしない。それどころか、誰も声すら掛けてこない。

 ……この学校の生徒は、うちの部員に対して、随分身勝手ではないか?

 沸々と湧き上がる感情を無理矢理抑え込む。

 そうだ、こういう時こそ、学校から生徒会へ、トポ部の談話室使用の正当性を働きかければ良い。生徒同士でトラブルになるよりも、ずっと良いだろう。

 そう思ったのだが、先生曰く、そんなに簡単な話ではないらしい。

 この学校は、学生自治を大切にしている。学生が自ら考え、自ら運営し、自ら成長する。そういう理想を掲げていると。

 そしてその学生自治の代表である生徒会から警告が出された以上、学校としてもその警告を放置することは出来ない。そのため一旦、部室の鍵は返却し、新たな活動場所を学校が検討するとのことだった。

「まあ、あの公約じゃ、トポ部自体を解散させようとしてるみたいだけどね」

 渡部君が皮肉めいた口調で吐き捨てる。

「でも、もう正直慣れっこです。私たちは、ずっとこうやってこの学校で過ごしてきました。今更居場所が無くなっても、元の学校生活に戻るだけです」

 湯田さんが寂しそうに呟く。

 雪白さんは、俯いたままだった。

 何もできない自分が、こんなに腹立たしいのは、生まれて初めてだった。


 作業が終了した後も、部室前に皆でたむろしていた。帰ろうと思えなかった。

 ふと紬を見ると、なぜか不敵に笑みを浮かべている。

 ……つ、紬さん? どうしたんですか?

「兄さん、私、番長になれるかもしれません……」

 俺にだけ聞こえる小声で、不穏なことを言い出した。何だか嫌な予感がする。

 俺が紬に確認しようとすると、渡部君が皆へ声を掛けた。

「さて、これで暫く部室が無いことになったけど、当面の活動はどうしようか」

 ここまで追い込まれても、渡部君は活動を続けるつもりのようだ。

「でしたら、私たちの家はどうでしょう」

 ここで紬が、あり得ない提案をした。……え、うちの家?

「おいおいおいおい! ちょっと待て! 家はまずいだろ」

 俺は慌てて止める。

「どうしてですか? 幸い家には、母さんが仕事部屋として使う予定の広い部屋があります。まだ新作の執筆すらしていないんですから、使っても良いでしょう?」

 何でもないことのように紬が答える。いや、まずは母さんに許可を取ろうよ……。

「ちょっと、母さんに確認するから待って。紬も、突然変なこと言い出さない」

 俺は紬に注意すると、母に電話を掛けた。

 プルルルル。

「はいはーい」

 ワンコールで出た。

「出るのが早いな」

「愛する息子からのラブコールだもの。これくらい当り前よ」

 気持ち悪い……。まあ良いや。機嫌もよさそうだし、頼みごとをするのにはちょうど良い。

「あの、ちょっと相談があるんだけど良いかな」

「珍しいわね。何かしら」

「母さんの仕事場、暫く部活の活動場所として貸してもらえないかな……」

「……何ですって?」

 やはり駄目か。新作は執筆していなくても、前作の資料などが山のようにある。当然、おいそれと他人を入れて良い場所ではない。

「いいわよ!」

「やっぱりだ……えっ良いの!?」

「ちょっと散らかってるけど、それで良いなら」

「いやいやいや、前作の見せちゃ駄目な物とかいろいろあるだろ」

「んなもん、先月の内に隣の倉庫に全部ぶち込んだわよ! それに今は山府の資料しか置いてないし、あんた達が何の部活してるのか知らないけど、夏休み前までくらいなら好きに使って良いわよ」

 ……ああお母様。あなたって人は、どうしてそう大らかなんですか?

「ありがとう。今日この後、部員の皆を連れていくね」

「部員ってあれでしょ? この前の写真の子たち! 会うのが楽しみだわー!」

「……あの、邪魔はしないでね?」

 そう言うと、電話を切った。

「……許可が取れました。皆さんよろしければ、家に来てください……」

 トポ部一同、少しだけ、顔に光が差した。


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