第二部十七話
事件は放課後に起こった。
今日は校外活動の事前に描いたメンタルマップと、事後に描いたメンタルマップを見比べて、違いを検証して、トポフィリアとどう関係するか考えて……
部室へ移動しながら今日の活動で出来ることをつらつら考えていると、何やら部室前が騒がしい。
よく見ると、星君と湯田さんが大騒ぎしている。……どうした?
喧嘩でもしてるのかと思い慌てて近付くと、星君が俺に気が付いた。
「あ! 司君! 大変だよ!」
「どうしたどうした」
「これ見て! これ!」
物凄く慌てた様子で部室の扉を指差す。そこには、一枚の紙が貼ってあった。
警告
トポフィリア研究部各位
生徒談話室の不当な占拠を直ちに中止し、私物を撤去のうえ、同室を明け渡すこと。
生徒談話室は全生徒の共用施設であり、特定の部活動による専有は認めない。
山府義塾高等学校生徒会
なんじゃこりゃ。
「昼休みには無かったのですが、さっき来たら貼ってあったのです」
湯田さんが珍しく困惑した様子で話してくる。
「今、雪白さんと紬さんが伊藤先生に事実確認に行っているのですが……」
なるほど。しかし、この警告文は学校ではなく生徒会名義だ。生徒会だけの判断で貼ったのなら、先生にとっても寝耳に水だろう。
俺は昼休みの会話を思い出した。
室井君に退部を迫った五十嵐先輩。その五十嵐先輩は、生徒会の副会長。そして、この生徒会名義の警告文……。
憶測の域を出ないが、五十嵐先輩が何か手を回していることは容易に想像できた。
「大変ですわ! お兄様! 大変ですわぁー!」
俺が考えを巡らせていると、今度は大竹さんが慌てた様子で廊下を走ってくる。こら! 危ないから廊下は走ってはいけません!
「お兄様大変ですわ! これ見てください!」
息切れする大竹さんが渡してきたのは、生徒会長選挙の立候補者ポスターだった。
会津に負けない山府義塾へ!
六家を中心に、強い学校をつくっていこう!
■ 才能を生かし、勝てる部活動へ!
優れた才能と技術を持つ生徒が、その力を十分に発揮できる活動環境を整えます。大会・コンクールでの実績を伸ばし、山府義塾の名を広めます。
■ 山府の伝統を、学校の誇りに!
六家が受け継いできた文化や技術を学校活動に生かします。地域とのつながりを深め、山府義塾ならではの魅力を発信します。
■ 予算と施設を、もっと有効に!
部費や活動場所の配分を見直し、学校全体の発展につながる活動を重点的に支援します。
六家の力を、全校生徒の力へ。
山府義塾の誇りを、ともにつくろう!
生徒会長候補 五十嵐 葵
なんじゃこりゃ。
「わ、わたくしたち、これから何をさせられますの!? 部活動は続けても良いのですよね?」
大竹さんが悲痛な表情で訴えてくる。
「ははーん。どうやら五十嵐先輩は、攻勢に転じたようだね」
皆が困惑する中、いきなり現れた渡部君が、面白いものを見るようにポスターを眺めた。
「攻勢に転じたって、どういうことですの? 五十嵐先輩は、わたくしたちをどうしようとしていますの?」
「まあまあ大竹さん、とりあえず落ち着こう。相田君、その張り紙があるってことは、今日は部室は使えないのかい?」
渡部君は部室の入り口に貼られた警告文を差した。
「わかんない。今、紬と雪白さんが先生に確認に行ってる……」
「そうか。まあ別に無視しても良いんだけど、念のためしばらく部室として使わない方が良いかもな」
「部屋の鍵は俺が持ってるから、一応出入りはできるよ?」
「んー、警告文を出されたのに勝手に使うと、後々揚げ足を取られる可能性があるからね。今日は私物の回収だけして、あとは施錠しておいた方が良い」
なるほど。念には念を、ということか。
そんな話をしているうちに、紬と雪白さんが戻って来た。伊藤先生付きだ。
「お前ら、生徒会と何かトラブルでも起こしたのか?」
先生は面倒そうに、俺達に尋ねてくる。
「全く身に覚えがありません。そういう先生こそ、何か心当たりはないんですか?」
俺は逆に先生に尋ねてみた。これまで渡部君と一緒に防波堤になっていた人だ。何か把握していてもおかしくない。
「あー、うん。……あるっちゃあるが……」
何だよ歯切れが悪いな。
「……その紙は何だ?」
先生は俺が手に持っている生徒会長選挙のポスターに気が付いた。
「五十嵐先輩の生徒会長選挙ポスターです」
「あー、やっぱりあいつか」
「先生は何かご存じですの?」
大竹さんが食い気味に尋ねる。
「……いや、五十嵐は前々から、談話室を部室に転用することに反対していたんだ」
初耳の情報である。
「なんで反対していたんですか?」
紬が、信じられないといった表情で尋ねた。……やっぱりショックだよね。あんなに仲が良かったし。
「んー、お前らの手前、あまり言いたくない内容なんだが……」
「構いません。ある程度の覚悟はできています」
雪白さんが低い声で続きを促す。
「生徒談話室を、六家が不当に占拠しているというのを、二年前からずっと言っていたんだ」
……二年前?
「ちょうど雪白が談話室を使い始めた頃だな」
「……やっぱり、私のせいなんですね」
雪白さんが、静かに言葉を置いた。
「あの、ちょっと話が見えないんですけど、順番に説明していただけないでしょうか……」
俺は先生へ説明を要求した。




