第二部十五話
週明けの六月一日、月曜日
俺は朝から室井君の教室へ向かった。今日は来ているかもしれないと思ったからだ。
こういう時の俺の直感は、だいたい当たる。室井君は、教室の窓際の席で静かに座って目を瞑り、精神統一していた。……いや、寝ているのかも。
一週間以上も連絡が取れなかったのだ。室井君の姿が見えたときは、さすがに安心した。
「今日は武尊、来てるね」
いつの間に現れたのか、渡部君が俺の隣に並んで声をかけてきた。
「ビックリしたー。渡部君も心配になって来たの?」
「まあね。武尊に会って、確かめたいこともあったし」
「確かめたいこと?」
「とりあえず本人に声をかけよう」
渡部君は室井君のいる教室に入っていった。俺も慌てて続く。
「武尊、おはよう!」
渡部君は元気よく挨拶をした。
「と、殿! お、お久しぶりでございます」
室井君の身体が、椅子の上でびくんと跳ねた。なまじ体格が大きいので、その驚き様も人一倍だ。
「室井君、俺もいるよー。おはよう」
「つ、司殿まで! おはようございます」
相変わらず丁寧な所作で、挨拶してくれる。
「武尊、時間がないから単刀直入に聞く。家の用事で学校を休んでたのって、噓でしょ」
渡部君は躊躇うことなく、質問をぶつける。室井君はもう一度、椅子の上でびくんと跳ねた。
「殿、その話は今ここでは……」
周りを見ると、室井君のクラスメイトが皆、こちらに注目していた。
「柄にもなく恥じらってんじゃない。正直に答えろ」
渡部君は気にすることなく、追及を続ける。……ちょっと怒ってる?
「はい。自分は、嘘をついて学校を休みました」
「うん。なんでこんな嘘をついたか、話してもらえるか?」
「すみません。その理由は、ここでは話せません。昼休みに、殿と司殿のお時間を頂けないでしょうか」
「なんでここだと駄目なの?」
「ちょっ……渡部君、ちょっと強引だよ。一旦落ち着こう」
俺は渡部君を制止した。彼は明らかに怒っていた。
「……ごめん。じゃあ昼休みに出直す。武尊、教室で待ってて」
「はい。……お手数おかけします」
室井君は目に見えてしょんぼりしている。
その様子を見ると、渡部君は教室を出ていった。
「じゃあ室井君、昼休みにまた。そんなに落ち込まなくても大丈夫だよ。渡部君は、室井君を本気で心配してただけだから」
「はい……。司殿にも、お手数おかけします」
「そんなに畏まらないで。また昼にね」
俺も教室を出て、渡部君を追いかけた。
教室を出ると、数歩先で渡部君が待っていた。中の様子をこっそり窺っていたらしい。
「どうした? あんなに怒って」
明らかにいつもの渡部君とはかけ離れた対応だった。
「……相田君。武尊が真面目なのは分かるよね」
「ああ、どこからどう見ても、真面目一辺倒だろ」
「その真面目な武尊が、嘘をついてまで学校を休むなんて、あり得ない」
……ん? どういうことだ?
「そもそも、なんで家の用事が嘘だって分かったんだ?」
「この時期の室井家は、例年ならそんなに忙しくない。それに武尊の家は、親御さんも真面目な人たちだからね。よっぽどの理由が無ければ、学校を休むなんて許可、出さない」
なるほど。家庭の事情を知る渡部君から見ると、明らかに不自然だったわけか。
「そうなると、武尊が休んだ理由は、学校で何かトラブルに巻き込まれた可能性が高い。それも、僕たちトポ部と連絡を絶つようなトラブルだ」
……なるほど。俺達は一週間連絡が取れなかったが、家の用事でないとすると、忙しさで連絡が取れないのではなく、敢えて連絡を絶っていたと推理できるのか。
俺が日曜日に家族の前で、雪白六花との関係を弁明してた頃、渡部君は本気で室井君を心配し、第三者が絡むトラブルまで予測していた。……なんだか自分が恥ずかしくなってきた。
「あの真面目な武尊が休むほどの理由……。この一週間、誰にも連絡もできず、武尊はよっぽど苦しかったに違いない。僕はそれが許せない」
渡部君は普段の貼り付けたような笑顔も、冷静さも、全部かなぐり捨てて怒っていた。飄々とした掴みどころのない人だと思っていたが、友達のことになると、ここまで冷静でいられなくなるらしい。
「じゃ、昼休みに、一緒に話を聞こう。きっと皆の前では言いにくいことなんだろうし、俺と渡部君と室井君の三人で集まろう」
「ごめん相田君。僕は正直、君のことも疑っている」
渡部君が衝撃発言をした。……え、マジか。
人は驚くと、全くリアクション出来なくなるらしい。何も言えずに口をポカンと開けていると、渡部君がいつもの貼り付けた笑顔になった。
「冗談だよ。君はいつも、真っ先に武尊を心配していた。さっきの態度を見て、君はトラブルの原因じゃないってわかったよ」
……本当に心臓に悪い。なるほど。俺を疑っていたからこそ、さっきはあんなに執拗に俺の前で理由を言わせようとしていたのか。
「ちなみに、なんで俺を疑ってたの?」
「校外活動中に、僕の先祖を確かめて来たから」
その答えを聞いたとき、あの怒気を孕んだ声を思い出した。
「……なんでそれが疑われる理由になるの?」
俺は恐る恐る尋ねる。
「僕たちの家は、家柄上、いろいろと利用されることが多くてね。相田君は元々武尊の家のことを知っているようだったし、先生から六家の話も聞いていたし、無遠慮な質問をしてくるしで、疑う要素が多かったんだ」
ふむふむ。こうやって聞くと、確かに怪しい。でも六家のことも、渡部君や室井君の先祖の話を知ったのも、不可抗力だ。俺は特に悪くない。
「俺、特に悪いことしてない。六家のことも、先祖のことも、全部不可抗力」
感情的になるのを抑えるあまり、力が入って片言になってしまった。
「そうだね。相田君が僕たちの家のことを知ったのは、全部不可抗力だ。疑って悪かったよ。ごめん」
渡部君は素直に頭を下げた。……まあ、俺も鬼じゃないし? 許してやっても、良いんだからね!
「ゆ、許しても、いいよ」
……また片言になった。疑われていたことが、よっぽどショックだったらしい。
「本当にごめんね……」
渡部君は、物凄く優しい目で俺を見た。悪い気はしなかった。




