第二部十四話
気を取り直して、校外活動の再開である。
現在休んでいる広場は山府下側地区の入り口らしく、ここから五十嵐先輩が本格的に案内してくれる手はずになっていた。
しかし、先ほどの解説ぶりからするといささか不安である。また長々と呪文を唱えなければいいが……。
休憩を終えた俺達は、また五十嵐先輩を先頭に歩き始めた。
今度も紬は五十嵐先輩にベッタリである。よっぽど気に入ったらしい。お兄ちゃん嫉妬しちゃう!
俺が紬をじっと見ていると、気が付いた紬がジト目を向けて来た。
「なんですか兄さん」
「いや、……俺も隣歩いていい?」
「兄さんには六花さんがいるじゃないですか」
プイッと顔を背けると、先輩と連れ立って歩いて行ってしまった。……これは嫉妬か? 紬の奴、雪白さんに嫉妬してるのか?
俺は頑張ってポジティブに考えてみた。大竹さんと目が合った。
「紬さんはそんな都合よく嫉妬なんていたしませんわよ」
そう言うと大竹さんもスタスタ歩いていく。……こいつ、心を読んだ……怖い。
結局俺は、また雪白さんと連れ立って歩くことになった。
しばらく歩いたところで、先輩が急に立ち止まった。何だか妙に古い建物が多い所だった。
「この下側地区には、昔から寺社で使う伝統工芸品の工房が集まっているの。昔ながらの商家も多く残っていて、この一帯は商家町として国の重要伝統的建造物群保存地区に選定されているわ。さらに、その周辺も含めて、市が歴史文化保存活用区域を設定しているのよ」
じゅうようでんとうてきけんぞうぶつぐんほぞんちく
れきしぶんかほぞんかつようくいき
早口言葉を二つも教えてもらった。わーい!
「先輩、すみません。大事そうな名前が二つ出てきたんですけど」
「あ、ごめんね。じゃあ順番に説明するね」
お? 来るか? バンコクの正式名称ばりに長い解説が来るのか?
「この大通りを中心に、古い商家の町並みがまとまって残っているでしょう? ここが国の重要伝統的建造物群保存地区ね。略して重伝建。その周りには、寺社や宿坊、お祭りの山車が通る道なんかもあるの。そういう場所まで含めて、市が設定しているのが歴史文化保存活用区域。建物や町並みと、職人さんの技やお祭りを、地域のつながりごと守って活かしていこうということね」
「二つの区域の範囲を見たいです」
紬がすかさず申し出た。俺的には、もうちょっと飲み込む時間が欲しいなー。
「ちょうど説明板に地図があるわ。こっちに来て」
二人は仲良く説明板へ向かった。俺の質問だったはずなのに、俺を置いて話が進んでいく。
「この色の付いたところが重伝建地区ですか?」
「そう。それを囲んでいる線が歴史文化保存活用区域の境界ね」
「こちらの道だけ、区域が細く延びています」
「そこがお祭りの巡行路なの。実はこの道、昔は――」
また始まった。俺はそっと二人から離れ、大通りへ目を向けた。
近くの店には、金色の金具がいくつも並んでいた。何に使うのかは分からないが、やたらと立派である。開いた戸の奥からは、カン、カン、と何かを叩く音が聞こえていた。
「話に置いていかれちゃったわね」
「うん。ちゃったね」
置いて行かれたので、雪白さんと二人で、のんびり古い街並みを見て歩いた。
「へぇ、てっきり建物を保存してるだけなのかと思ったら、今もここで作ってるんだね」
「ええ。今も営業しているし、寺社から注文を受けたり、古い祭具を修理したりしているのよ。こういう商家建築は職住が一体になっているから、人が住んでる建物でもあるわね」
さすが地元民、詳しい。どうやらここは、現在でも現役で使われている歴史的建築物が多くある場所らしい。
「参拝客が泊まる宿坊もあるし、お土産屋さんも多いわ。山御杜本社の裏手に続く、裏参道でもあるから」
「裏参道ってことは、この道からも山御杜本社にいけるのか」
「ええ。ここからは見えないけど、すぐ向こうは山御杜本社よ」
「そうなんだ……。でも前に行った本社と、今いる場所が頭の中でうまく繋がらない」
俺は前回見た大鳥居と、その奥に続く森を思い浮かべる。俺の頭の中では、本社はいつまでもこちらに正面を向けていた。その裏側に、今歩いている町がある……。
「あ、今、分かったかも」
「何が?」
「前回歩いたところと、今歩いてるところの位置関係」
「そう。それは良かったわね」
雪白さんは普通に答えたが、俺にとっては結構な進歩だった。別々に浮かんでいた場所の間に、ようやく道が一本通ったのだ。脳内道路、開通である。おめでとうございます。
「位置関係を把握するなら、やはり実際に歩いて、この前の道とどう繋がるか見た方が良いわ」
ふむふむ。確かに、実際に見れば道の繋がりもはっきりする。後で一人で歩いてみるか。
「もし良かったら、この後一緒に歩かない……?」
ふむふ……む?
「んと……それって、皆でってこと?」
「鈍いわね。……二人でってことよ」
「わたくしは絶対に認めません」
いきなり大竹さんが割り込んできた。
「六花さん、目を覚ましてくださいまし! 男はケダモノです! 二人で歩いたら、また手を握られてしまいます! 淑女たるもの、貞操は守らなければ!」
一番淑女から遠い奴が、手を握っただけで貞操の危機を語る。……この女、失礼だな。
「男がケダモノなのは認めるが、清い男女交際において貞操の危機なんてあるはずがないではないか!」
「ケダモノって認めちゃだめでしょ」
今度は渡部君が入ってくる。
「相田君、男全体の沽券に関わるんだから、迂闊な発言は止めてほしいな」
「そんなこと言って、渡部君だって内なるケダモノと日夜闘っているだろ?」
「まあ! やはり六花さんはわたくしが守らなければ!」
「何だい? また司君の色恋沙汰で盛り上がってるのかい? 今度こそ俺も入れてよ」
「時彦、そういう野暮なことをするものではありません。司さん、気にしないでゆっくり育んでくださいね」
「え……湯田さんって司君のこと、名前で呼んでいたの?」
「ええ。でも六花さんも、これからは名前で呼ぶのでしょう?」
「私、結構勇気出して名前呼びにしたのに……」
「そんなことより六花さん! この後も行くならわたくしがお付き合いいたします!」
わちゃわちゃ、がやがや。いつの間にか道の真ん中で、大人数で言い争いをしている形になってしまった。
「お前らうるせー!」
突然、伊藤先生が怒鳴った。周囲の観光客が皆足を止めた。
「ここは山府を代表する観光地だ。そこでそんな風に騒いだら、他の人の邪魔だろうが。もっと周りを見ろ!」
「「「「「「ごめんなさい」」」」」」
俺達は六人で、揃って頭を下げた。
結局、下側のメインストリートを歩いた後は、帰宅した五十嵐先輩を除く全員で上側の表参道へ行き、そのまま学校に戻った。
部室に入り、夕方まで事後メンタルマップを描いた。充実していたが、どっと疲れる一日だった。
「あー、私の休日が終わっていくよー」
伊藤先生が夕日を見ながら嘆いている。なんだか気の毒になってきた。ご愁傷様です。
俺達は全員、先生の背中に向かって、手を合わせた。




