第二部十三話
デートゥ。それは古今東西、津々浦々、世界中の男子高校生が憧れてやまない、魅惑のイベント……。
気になる女の子と二人きりで一緒に出かけ、あれしたりこれしたりする、なんかすんごいやつ。
しかし、漫画、アニメ、小説と、あらゆる物語で予習した猛者達の八割が敗北を喫するという、悪夢のイベント……。
神様仏様ご先祖様。俺はどうやってこの局面を乗り切ればいいのでしょうか。
天を仰いでいると、雪白さんは何を勘違いしたのか、一緒に空を見上げた。
「良いお天気ね」
「そ、そだねー」
……会話が終了した。
さて、ふざけるのはこのくらいにして、真面目に部活動に励むとしよう。そうとも、我々は部活動に来たのだ。デートゥに浮かれている場合ではない。
俺は雪白さんに向き直った。雪白さんもこちらを見る。
……見つめ合ってしまった。
「どうしたの?」
雪白さんは小首をかしげている。……これはずるいだろう。普段は人を睨んでばかりのくせに、今日はやたらと仕草が可愛い。あなたこそどうしたの?
「そ、そうだ、さっきの続き聞かせてよ。この街のこと、もっと紹介してほしいな」
俺は話題を部活動に戻して、どうにか落ち着こうとした。
「……それも良いけど、一緒に新しいこと、見つけたい……」
いつもより頼りなげな声音で、いつもより甘えるような仕草で、そしていつもより近い距離で、雪白さんが申し出る。
「じ、じゃあとりあえず、そこのベンチで少し休憩しようか。休みながら、この後のことを考えよう」
もう無理。これ以上は取り繕えない。落ち着くためにも、休憩にしよう。
ちょうどいい広場を見つけた俺は、雪白さんを連れてベンチへ腰を下ろした。
「何か飲み物を買ってくるよ。何が良い?」
逃げ場を探すように辺りを見渡し、近くに自動販売機がないか探していると、雪白さんが控えめに袖を掴んできた。
「一緒に行こ?」
………………もう良いのではないか。俺は何をこんなに必死に取り繕っているのか。もう認めてしまえ。今日の雪白六花は、可愛い。そんな彼女が、二度も一緒に何かしたいと言っているのだ。受け入れるのが、漢ってもんだろう。
漢司、一人覚悟を決めていると、雪白さんがため息をついた。……えっ何? 俺やらかした?
「やっぱり駄目ね。仕草とか、湯田さんを見習ってみたんだけど上手くいかないわ」
「いや、普通に可愛かったですよ?」
思わず反射的に言ってしまった。
雪白さんは驚いた顔をして固まっている。
「なんだぁ、そういうことか! どうりでいつもより可愛いと思った! ハハー」
俺は安心してつい、いらないことまで言ってしまった。
「そう……。つまりいつもは、可愛くないということなのね」
雪白さんの声が低くなった。
「違う違う、そうじゃない。いつもは可愛いというより美人って感じで……」
「そうよね。私、性格きついものね。所詮、美人なだけだものね」
「……雪白さんは、可愛くなりたいの?」
言うに事欠いて、ストレートに聞いてしまった。雪白さんの顔が、みるみる赤くなっていく……。
「忘れて」
雪白さんはそれだけ言って立ち上がると、スタスタ歩いて行ってしまった。
「ちょ、ちょっと待った!」
俺は慌てて追いかけ、手を掴む。
「確かに今日の雪白さんはいつもより可愛かった。だけどそれは、いつもが可愛くないってことじゃなくて、いつもの雪白さんも知的でクールで凄く素敵で、だからこそ今日は意外な一面が見れて嬉しかったというか……」
必死に言葉を探した。雪白さんに傷ついてほしくないし、目の前にいてほしかった。
「だからその、いつもの雪白さんも良いし、今日みたいな雪白さんも、その……す、す……素敵だよっ」
……肝心なところで日和ってしまった。だがしかし、これが今の精一杯なのである。
少しの沈黙が流れる。二人ともその場を動けなかった。
雪白さんの鼓動が手から伝わってくる。……雪白さんの手ってこんなに小さいんだな。白くて華奢で……可愛らしい。
雪白さんは真っ赤な顔を伏せ気味に、ゆっくりこちらへ振り返った。
「……つか」
雪白さんが何かを言いかけたとき、俺達の視界の隅に、紬と大竹さんが映った。
二人は真顔でこちらを凝視している。その後ろには、五十嵐先輩と湯田さんがいた。なんかキャーキャーいってる。
俺と雪白さんは、手を繋いだまま固まった。
他の連中を探すと、少し離れたところで渡部君と星君が腕を組み、ニヤニヤしている。その隣では先生がベンチに腰を下ろしていた。あちゃーという顔をしていた。
皆さん、お早い合流でしたね……。俺と雪白さんは、ゆっくり手を離した……。
「すまんな……。休憩してたらお前らが来てな。声かけようと思ったんだが、お取込み中でタイミングを逃してな……」
先生が一生懸命弁明している。もういいですから。つまり俺のあの熱弁も全部聞いてたんですよね。もう恥ずか死ぬので、このまま帰らせてください……。
俺は泣きそうになった。そんな俺を見て、部員が次々に揶揄いに来る。
「いやー相田君! 君ならやってくれると思ってたよ! 最高!」
「なんだいなんだい司君! 言ってくれれば協力するのに!」
「お兄様、わたくしは認めませんわ。わたくしの六花さんは、わたくしだけのものです。絶対に認めません」
「兄さん、今日帰ったら報告会を開きますので」
……こいつら、デリカシーという言葉を知らないのか。なんでこっちばかり揶揄いに来るんだよ……。
雪白さんを見ると、湯田さんと五十嵐先輩によしよしされていた。いいなー。俺もあっちが良かった……。
ひとしきり揶揄われたあと、本当に落ち着くために一人でベンチに腰掛けた。今日は厄日だ……。俺は今日という日を、さらし記念日と名付けよう。
文学的に浸っていると、雪白さんがツツツと寄ってきた。
「あの、さっきの続きなのだけれど……」
何やら恥じらう乙女の如く、耳を赤くして俯いている。
さっきの続きだと……。あれの続きなんてもう告白くらいしか残っていないのでは……。えっ告白されるの? 今!?
ドッキドキで続きを待っていると、雪白さんはパッと顔を上げた。
来る――!
「あなたのこと、司君って呼んでいいかしら」
「…………え、あ、はい」
気の抜けた返事になってしまった。なんだ、名前かー。そんなんいくらでも呼びなよ。なんなら呼び捨てでもいいよ。
雪白さんを見ると、物凄く満足げな顔をしている。そんなに大事なことだった?
まあ、名前呼びになって悪い気はしない。俺もこれを機に、名前呼びにしようかな。
「じゃあ俺も、六花さんって呼んでいい?」
「え、それは嫌」
……なんでだよ。
乙女心は複雑なのであった。




