第二部一話
紬の番長宣言から一夜明けた金曜日。朝のホームルーム前に、俺は既にぐったりしていた。
昨日のことを思い出していたのだ。
部活動未所属の三人の話を聞くはずが、いつの間にか紬の番長談議に変わっていた。分かった情報は、山府義塾には不良が存在しないこと、近隣高校にも番長は存在しないこと、そもそも不良って何なのか誰も知らないこと、とりあえず番長は任命されるものではないので、勝手に名乗れば番長になれることだ。……実に下らない。
とりあえず先生が勝手に加えた三人は仮入部ということにして、部室の場所を教えておいた。今日の放課後に三人が来るのかは分からない。
来週からは中間テストの準備期間に入るため、職員室への立ち入りが禁止になる。今日中に伊藤先生から事の真意と今後の方針について聞き出さなければ。
紬に放課後の部活に遅れることを連絡し、顔を上げると渡部君が立っていた。
「結局昨日は変な話で終わったけど、トポ部って何をする部活なの?」
ごもっともな疑問だ。俺はトポフィリアとトポ部の活動目的について話した。渡部君は最後まで説明を聞いた後、疑問点を質問してきた。
「よく分からないんだけど、そのトポなんちゃらを研究すると何になるの?」
「特に何かになるわけじゃない。まあ言ってしまえば、人と場所の関係について、興味のあることを何でも調べる自由な部活だよ。観察が必要なら何日でも張り込むし、体験が必要なら潜入する。そして成果を冊子としてまとめる」
「ますます訳が分からないんだけど、何をもって成果とするの? そしてその研究成果は何の役に立つの?」
「分からん。でもいつか何かの役に立つかもしれないと信じている」
俺は実に堂々と宣言した。
「そんなんでよく部活動として認められたよね」
「うん。それは俺もそう思う」
きっと伊藤先生が上手くやってくれたのだろう。さすが仕事のできる先生だ。
「予算が出ている以上、活動の目的や成果がはっきりしていないと生徒会から指摘されるかもよ?」
「それは困る。どうしよう……」
「どうしようって、普通は創部するときに話すんだよ」
「話し合いはしたんだけどなー」
渡部君はやれやれと首を竦めた。
「雪白さんもよくこんな部活を認めたよね」
渡部君は後ろの席で本を読んでいる雪白さんに話しかけた。
雪白さんはこちらを一瞥すると、本を閉じてこちらへ近付いてくる。
「さっきから聞いてるけど、あなた説明下手すぎ」
……怒られてしまった。だって難しいんだもん。
「まずトポフィリアとは、人と場所との情緒的な結び付きや、場所への愛を意味する概念のこと。それは場所への単なる好き嫌いではなくて、その場所で過ごした記憶、経験、五感、そして文化的背景が複雑に絡み合って生まれる、深い愛着や精神的な絆を指す」
ふむふむ。勉強になるなぁ。俺も似たようなこと言ってたけど。
「それを研究すると何になるかということだけれど、都市計画や観光、防災や復興支援、環境保全、福祉など役に立つことを挙げたらきりがないわ。人が場所の何に愛着があるかが分かれば、それを利用して人が大切にしているものを守りながら、暮らしをより良くすることができる」
……雪白さん詳し過ぎません?
「トポ部が行う研究はその基礎研究よ」
渡部君は雪白さんの説明を聞きながら、何やら難しい顔をして考え込んでいた。
「具体的な手法や成果の示し方は決まっているのかい?」
「まだ決まっていないわ。それをこれから作っていくのが、私達、創部メンバーの役目だと思っている」
「……なるほどねー。よく分かったよ」
どうやら渡部君は納得したようだ。めでたしめでたし。
俺は満足してうんうん頷いていると、雪白さんに背中を叩かれた。……痛い。
「しっかりしなさいよ部長」
……ごめんなさい。でも雪白さんの説明で、この部活が何の役に立つのかがよーく分かった。湯田さんと星君にも同じ説明をしよう。
俺は紬に、雪白さんの説明した内容を二人に伝えてくれとメッセージを送った。すると間髪入れずに返信が来る。
『もう説明済みです』
……頼りになるなぁ。俺は自分が情けなくなった。
無駄に落ち込む俺に、渡部君はまた話しかけてきた。慰めてくれるのかな? ……優しいね。
「じゃあ僕も正式な部員になるよ」
……慰めじゃなかった。いや、そんなことより、部員になるだと?
「いいのか? 他にやりたいこととか無いの?」
「やりたいことが無いわけではないけど、こっちの方が僕の役に立ちそうだ」
……渡部君の役に立つ? どういうことだ?
質問しようとしたとき、ホームルーム開始のチャイムが鳴り担任が教室に入ってきた。
「じゃあこの話はまた後で。今日の放課後にでも入部届を出すよ」
それだけ言うと、渡部君は自分の席へ戻っていった。雪白さんもいつの間にかいなくなっている。
いろいろ謎が多い渡部君だが、さっきのやり取りを思えば、きっと頼りになる部員になってくれるはずだ。
俺は今後のことを安堵しながらも、皆に置いて行かれないためにもっと勉強しなければと思った。とりあえずイーフー・トゥアンを読むか。




