第二部プロローグ
プロローグ
「私、この学校の番長になります。兄さんは裏の番長、『裏番』をやってください」
おやつのチョコレートをボリボリ食べながら、俺の双子の妹、紬が宣言した。
「妹よ。さすがの妹大好きタフガイなお兄ちゃんでも、できることとできないことがあるぞ」
学校の支配宣言。俺は妹のぶっ飛んだ思考を処理しきれるのか。……胃が痛くなってきた。
どうして俺の可愛い妹が、こんなことを言うのか。事の始まりは少し前に遡る。
山府の遅い春は、始まるまではこれでもかと焦らしていたくせに、終わるのはあっという間だった。山肌を覆っていた雪はすっかり消え、桜もすっかり散ってしまった連休明けの五月七日、木曜日。
今日からトポフィリア研究部、通称「トポ部」が、正式に活動を始める。
俺達の血と汗と涙、そして友情が作り上げた設立申請書が学校から無事に認可され、部室と予算を与えられて正式にスタートしたのだ。え?話を盛るなって?……君に俺達の何が分かるんだい?
とはいえ年度途中での設立。予算はほぼ無いに等しく、部室は今まで使用していた生徒談話室をそのまま転用させたに過ぎなかった。やけにあっさり談話室が廃止になったと思っていたら、なんと利用者はここ数年、雪白さん一人だけだったらしい。何たる贅沢。俺達が乗っ取って正解だったようだ。
その旧談話室の主、雪白さんは仏頂面をしながら俺の隣を歩いていた。
「なんで私が談話室を明け渡さないといけないのよ」
「なんで雪白さんの談話室になってるんだよ。そもそも皆の談話室だろ」
軽く突っ込んだら思いっ切り足を踏まれた。……暴力反対。怖いよー。
「そもそも、活動初日の集合場所がなんで一年三組の教室なのよ」
「仕方ないだろ。顧問の伊藤先生からの伝言なんだから。既に二つも部活顧問をやってるところ、無理言って俺達の顧問を引き受けてもらったんだから、文句言わない」
そう。活動初日の今日、何故か俺達トポ部メンバーは全員、伊藤先生が担任を務める一年三組の教室に招集が掛けられていた。ちなみに妹、紬のクラスでもある。
紬のクラスに行くのは初めてなので緊張する。ここは兄として、しっかり三組の皆さんに挨拶しなければ。皆さん、相田紬の兄の、司です。妹がお世話になってます。
妹にちょっかいをかける輩をチェックせんと意気込んでいると、いきなり後ろから声をかけられた。
「相田君と雪白さん、相変わらず仲良いね。噂になるだけのことはある」
話しかけてきたのは同じクラスの男子生徒、渡部弘人君だ。眼鏡をかけた飄々とした人で、教室では誰にでも気さくに話しかけている。……俺以外には。
余計なことを言った渡部君は、早速雪白さんから盛大に睨まれた。……ドンマイ。
「そんなに睨まないでよ。君たちが授業をサボって密室に二人きりでいたのは事実じゃないか」
「事実だとしてもそれを面白可笑しく噂にして良いことにはならないわ。消えて」
辛辣ぅー。雪白さん辛辣だよ。嫌悪感出すにしても、もっとオブラートに包もうよ。
俺が必死にフォローしていると、渡部君がケタケタと笑い始めた。
「いやー相田君がこんなに面白い人だったなんて。もっと早く声を掛ければ良かったよ」
本当にね。俺の孤独な一か月を返してほしい。孤独のホームルーム、シーズン2が放送されなくて良かった。
「ところで、なんで渡部君は俺達に付いてくるんだ? こっちに用事でもあるの?」
「ああ、伊藤先生から一年三組に来るように言われてるんだ」
雪白さんが露骨に嫌そうな顔をした。活動初回から部外者と同じ場所へ呼び出される……。嫌な予感しかしない。
「僕も何の用事か分からないけど、せっかくだし一緒に行こうぜ!」
渡部君は俺の肩を掴むと、意気揚々と一年三組へ入っていった。
「たのもー! 一年一組、雪白一家のお通りだー!」
渡部君は大袈裟に雪白さんへ向き、傅いている。よし、俺も続こう。
「お控えなすって!軒下三寸借り受けまして、一面お見知り置き、よろしくお頼み申します。手前、生国は武蔵にござんす。武蔵の国と申しましても広うござんすが、多摩川の清き水で産湯を使い、育ちましたる、雪白一家の若い者にござんす」
気持ち良く口上を述べていたところで、雪白さんに思い切り蹴られた。……痛いよー。
「馬鹿やってないで早く行きなさい!」
雪白さんは本気でキレていた。
「お言葉、ご丁寧にござんす」
教室の奥から声がした。紬が席を立ち、片手を差し出している。
「手前、この一年三組を預かる相田紬と発します。雪白一家の親分さん、上座はこちらでござんす」
紬が教卓を指したところで、雪白さんに叩かれていた。兄妹揃ってこのザマである。
教室を見てみると、大竹さんや室井君も既におり、何やら上品な女子と、その隣にいる爽やかイケメン男子と話し込んでいる。知り合いなのだろうか。
「お兄様! ちょうど良かったですわ! こちらにいらっしゃるわたくしのお友達を紹介しようと思ってましたの」
大竹さんが元気に声を掛けて来た。先程の挨拶はスルーだった。
しょうがない。お呼ばれしてやるか……。俺が席へ近づくと、大竹さんは上品な女子を示した。
「こちら、湯田小夜さんですわ! とてもお淑やかで、わたくしの目標ですの!」
紹介された湯田さんは、確かに大竹さんに見習ってほしいくらい上品でお淑やかそうな印象の女性だった。身長は紬と同じくらいしかないのに、とても大人びて見える。
「華恋さん。まずは名前だけで十分です」
彼女は大竹さんをやんわり制し、俺に会釈した。
「湯田小夜です。よろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくお願いします。相田司です」
「そして、こちらが星時彦さんですわ!」
「星時彦だよ。この出会いに運命を感じてしまう。嬉しいなぁ。せっかくの出会いを記念して、ぜひ時彦って呼んでくれないかい。俺も司君って呼ぶね。ヨロシク!」
「初対面から距離が近いな」
よろしくね、星君。
「えっ、嫌だった?」
あ、やべ。心の声とセリフが逆だった。
「いや、ついうっかり心の声が出てしまって……。よろしくね、星君」
「ふふ、司君は照れ屋さんなんだね。俺のことは、時彦って名前で呼んで欲しいな」
「うん。よろしくね、星君」
「……あ、うん」
星君は少しだけしょんぼりしている。そんなに名前で呼んで欲しいのか。この陽キャめ。
「二人共、わたくしや紬さんと同じクラスですわ」
「そうなのか。いつも妹の紬がお世話になっています」
「まあ、司さんは紬さんのお兄様でしたのね。どおりで……」
「ん? 何か?」
湯田さんは俺の背後を見て言葉を濁した。……なんだ?
「いえ、なんでもございません」
「そうか……。ところで二人は、伊藤先生に呼ばれてここにいるの?」
「はい。大事な話があるから放課後に教室に残るよう仰せつかりました」
「俺も。華恋に誘われて来たわけじゃないよ」
「別に誘おうと思いませんわ!」
あの大竹さんに思い切り否定されてる。ドンマイ星君! イケメンの落ち込んだ顔、大好物です。
そんな他愛もない話をしていると、教室の扉が勢いよく開いた。
「おーし! 呼び出しを受けた奴は全員いるかー! 一、二、三、……八人。うん。全員いるなー!」
いきなり人数を数えだした声の主は、この一年三組担任であり、俺達トポ部の顧問である伊藤明穂先生だ。部活動統括顧問という肩書も持っている。
「おら座れ! 貴様らは全員、五月になったというのに部活動に参加していない不良どもだ! この学校は全員が部活動強制参加だ! 例外はない! 私の仕事を増やすな!」
軍隊教官みたいなことを言っている。伊藤先生は相当ご立腹だ。だがしかし言わせてもらおう。我々トポ部は今や立派な部活動だ。抗議してやる!
「先生! 我々トポ部は立派な部活動です!」
「うるせー! お前らトポ部は壇上に上がれ!」
相変わらず口の悪い先生だ。
なぜか教壇に立たされるトポ部五人。雪白さんが心底面倒そうな顔をしている。……我慢しなさい。
「私は私の仕事が増えることが大嫌いだ!部活設立も部活未所属も、私の仕事が増えた事実に違いはない! よって新年度早々、私の仕事を増やしたお前ら八人は一蓮畜生だ! 連帯責任を課す」
伊藤先生の演説は続く。……ん?今、畜生って言った?いや、それよりも連帯責任?
「部活未所属の三人は全員、ここにいる新設のトポフィリア研究部に強制加入とする。異論がある奴はさっさと他の部活に加入して来い!」
教壇の俺達五人も、席に座る三人も、誰一人として声を出せなかった。先生だけが、満足そうに息を吐く。
「じゃ、相田兄。これ名簿と部室の鍵な。活動が終わったらその都度返しに来い。失くしたら私の仕事が増えるから失くすなよ」
それだけ言うと先生は教室から出ていった。えっ……ちょっと! あと丸投げですか?
教室を見渡すと全員が固まっていた。そりゃそうだ。誰も彼もが状況を飲み込めないでいる。そこへ紬がポツリ発言する。
「とりあえず、三人が部活に入らない理由を知りたいです。ちょうどお菓子がありますので、食べながらお話ししましょう」
「部室には行かないのか?」
「部室まで移動するのが面倒です。鍵を貰っただけで特に部室に行けとも言われてないので、今日はここで活動しましょう」
紬はチョコレートの袋をバリッと破ると、全員へ配りだした。やさすぃね。
紬の様子を見た皆は、ようやく動き始めた。その様子を眺めていた紬が、俺にだけ聞こえる声で呟いてくる。
「さっき、先生は私達を不良と言いましたよね?」
……紬さん? どうしました?
「不良……。心惹かれる響きです。……私、興味があります!」
あ、やばい。紬が「興味があります」と言ったときは要注意である。
あれは小学6年生の夏休みのことである。ショッピングモールのテナント構成に興味を持った紬は、貯めていたお年玉を握りしめて首都圏中にある大型ショッピングモールへ赴き、館内パンフレットを集めだした。
この話が、「電車でいろいろな街へ出かけた一夏の大冒険」だったり、「小学生が謎にこだわりを見せるコレクション自慢」とかなら可愛いエピソードで済む話である。
しかし紬は違う。ショッピングモールでの実地調査と観察により客層を予想し、パンフレットに記載されているショップをリスト化し、ショッピングモールの商圏人口と商圏内の平均年収を調べ上げ、ショップリストと平均年収に相関関係があるかを分析し、私ならここにこういうショッピングモールを建設するという架空モールまで作り上げた。
それらをまとめた自由研究は都から表彰され、話を聞きつけた大手ショッピングモール運営会社の人から記念品を貰い、その記念品をいらないからと俺の机に置きっぱなしにした。そして放った一言が、「こんな小学生の下らない妄想に記念品まで渡すなんて、ショッピングモールって暇なんでしょうか」だ。世の中舐めすぎている。その後、母にこっ酷く叱られたのは言うまでもない。軽く俺のトラウマだ。
そんな前科があるのだ。妹大好きエシカルガイの俺だが、さすがに警戒せずにはいられなかった。
「兄さん、不良って普段は何をしているのでしょうか」
「知らん。喧嘩して学校の頂点を目指すんじゃないか?」
「なるほど……。学校の頂点。つまり番長ですね!」
しまった。余計なことを言ってしまった……。
そして、冒頭のセリフである。
俺は今日から始まった部活の平穏な活動を、願わずにはいられなかった……。




