第二部二話
その日の昼休み。俺は部室の鍵を借りるために職員室へ向かっていた。最近の昼休みは部室で過ごすことが多い。創部メンバーの五人は、特に約束しているわけではないが、誰からともなく一緒にお昼ご飯を食べるようになっていた。
ご飯を食べる以外は各々自由に過ごしている。読書をする人もいれば、お茶を嗜んだり、空気椅子をして微動だにしなかったり、本当に色々である。俺は基本、勉強する。スキマ時間は活用するに限る。
伊藤先生の机へ行くと、既に渡部君が先生と喋っていた。
「入部するのは構わないが、ちゃんと内容を理解したのか?」
「はい。雪白さんが簡潔に教えてくれました」
「そうか。まあ私の仕事が減るのは喜ばしいことだ。これからも励みたまえ」
「そんなこと言って、本当は六家の僕たちの居場所を作ろうとしてるんじゃないですか?」
ロッケ?新しい菓子メーカーだろうか。なにやら聞きなれない単語が出てきた。
「あのー、お取込み中すみません」
俺が声を掛けると、二人とも驚いた顔をしてこちらを見た。え、何かまずかった?
「どうした相田兄。部室の鍵か?」
「はい、そうです。今日も部室で食べようと思って……」
伊藤先生は引き出しから部室の鍵を出し、大変面倒そうにチャラリと渡してきた。
「毎日昼休みの度に鍵を渡すの面倒だな」
「俺も正直、毎回来るの面倒です」
「だがなー、お前は前科があるから鍵を預けたくないんだよなー」
はい。俺は旧談話室に籠って授業をサボった前科者です。
「あの一件で反省しました。授業中は部室に近付かないと誓います」
俺は必死に反省してるアピールをした。いや、本当に反省しているから、アピールなんて必要ないか。しかしパフォーマンスはせねばなるまい。…………アピールとパフォーマンスって何がどう違うんだ?
自分の無知を恥じていると、渡部君が横から口を挟んできた。
「相田君も雪白さんも、教室で相当からかわれて反省してるみたいなんで、大丈夫だと思いますよ」
一番からかっている張本人が何か言っている。しかしそれにしても上手い。俺の現在の状態を伝えただけでなく、教室全体で監視してるから変なことはできないと暗に伝えている。……考えすぎか?
伊藤先生は少し考えた後、俺達の顔を交互に見た。
「……よし、じゃあ鍵は相田兄に預ける。週末の部活終わりに返却して、週頭の昼休みに取りに来る。そして渡部は、相田と雪白がまた談話室に籠らないよう監視する。このサイクルでどうだ」
お目付け役が付くことが唯一の不満だが、面倒は減った。ここは全力で乗るしかない。
「それで大丈夫です。鍵をお預けください」
「本当に反省してるのかぁ? まあいい。来週はテスト準備期間で職員室に入れないから、テスト期間が終了する再来週の金曜までお前が持ってろ。この前も言ったが、くれぐれも失くすなよ。それから、準備期間とテスト期間中は部活動も禁止だ。昼休みにお昼を食べるくらいなら構わないが、来週からテストが終わるまで活動は行わないこと」
「かしこまりました」
「本当に分かってるんだろうな。放課後に部室は使うなという意味だぞ」
「えっ……勉強会でも使用しては駄目ですか?」
「駄目だ。他の部も、大会がある部活以外は全部活で使用禁止にしている」
大竹さんに勉強を教える約束をしていたが、無理そうだ。まあ高校最初のテストだし、さすがの大竹さんと言えども赤点は取らないだろう。
「元々生徒談話室だったので、テスト期間中のみ全生徒に開放すれば使用しても良いのではないでしょうか。昨日話を聞いた感じ、まだ部室として備品があるわけではないようですし」
俺が勉強会での部室使用を諦めかけていると、渡部君が交渉し始めた。た、頼りになるー。
「今から告知するのか? 全生徒に知らせるには少し遅いような気もするが」
「そんなに人数が入る部屋でもないので、職員室前の掲示板にお知らせとして貼っておくだけでいいと思います。気付く人は気付きますし、気付かない人はそもそも場所を必要としていません」
「……分かった。今日の放課後までに部員全員の同意を得られたら、来週からテスト期間終了まで臨時で生徒談話室として開放しよう」
「ありがとうございます」
どうやら渡部君は交渉上手らしい。勉強になるなー。ところで俺は、大変面倒なことに気付いてしまった。
「あ、あの、鍵は……」
「お前達で使用するんだから、毎日欠かさず昼と放課後にお前が開けろ。終了時の施錠も忘れるなよ」
……ですよねー。
面倒な実務ばかりが増えていく。部長とは、面倒なものと覚えたり。
用件が済んだので職員室を出た俺達は、部室に向かって歩いていた。渡部君はどこか教室の外で食べるつもりだったのか、ちゃんと弁当を持ち歩いていた。
「もしよかったら、渡部君も部室で食べようよ。正式に入部したって皆に伝えたいし」
「そうだね。僕も早めに挨拶したいし、部室に行こうかな」
渡部君は、貼り付けたような笑顔で返答してきた。なんだか警戒されている……?
「ところで相田君は、さっき職員室に入るとき、僕と先生の会話をどこまで聞いていた?」
「どこまでって、そんなに聞いてないぞ? ロッケっていうお菓子メーカーの話をしてたくらいしか分からなかった」
「……お菓子メーカー?」
「あれ? 違った?」
「いや、違わない。そう。売店に新しいお菓子メーカーの商品が入ったって世間話をしてたんだ」
「へー。渡部君って伊藤先生と仲が良いんだね」
渡部君はなぜかクツクツと堪えるように笑っていた。……なんだよ。
「伊藤先生とは中学の時からの顔見知りだからね。この学校も去年までは完全中高一貫だったから、高校の先生が中学校の授業を受け持つこともあるんだ」
「伊藤先生って高校の地理の他に、日本史や世界史も教えてるんだろ? それに加えて中学校の社会科まで授業ができるって、相当凄いんじゃないか?」
「凄いんだろうね。筑波山大学の大学院まで出てるらしいし」
筑波山大学。茨城県にある名門国立大学だ。そこの大学院を出ているとなると、本当に優秀な人なのだろう。気軽にアキちゃん先生とか呼んでいる大竹さんを叱りたくなってきた。
「そういえば相田君は東京のどこ出身なんだい? 東京から来たとしか聞いてなかった」
「ああ、俺達は世田谷区出身なんだ」
「世田谷区って何があるの?」
「あー、有名な街だと、サンチャとかシモキタとかニコタマとかかな」
「ふーん。そこには何があるの?」
「えっ……下北沢とか知らない?」
「知らない……有名な所なの?」
なんと。地方民からすると世田谷はマイナーな場所なのか……。山府へ越してきて何度目かのカルチャーショックを受けていると、いつの間にか本館三階に着いていた。
部室へ続く廊下へ出ると、奥に見える部室の前が何やら騒がしい。鍵を貰うのが遅くなってしまったから、部員の皆が待っているのかと思い近付く。
…………ヤンキーがいた。
頭から突き出るリーゼントヘア。黒い学ランを着ているが妙に丈が短く、腰に巻いた白いベルトが丸見えだ。ズボンは太腿の辺りが異様に膨らみ、足首へ向かうにつれてきゅっと細くなっていた。どこからどう見ても、まごうことなき昭和のヤンキーである。しかし、身長がやけに低い。
周りを見ると、大竹さんや雪白さん、室井君に湯田さんや星君もいる。メンバー勢揃いかと思いきや、紬がいなかった。……まさか、この小ヤンキーは……。
小ヤンキーは俺に気が付くと、威勢よくガンを飛ばしてきた。
「おう兄公! 遅ぇじゃねーか! 俺っち待ちくたびれちまったぜい!」
嘘だろ……。紬さぁん……。
俺は膝から崩れ落ちた。嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ! 俺の可愛い妹がこんなクソダサい昭和のヤンキーになんかなるはずがない。やめてくれよー、お兄ちゃん悲しいよー。嘘だろー。
項垂れているところへ、大竹さんが元気に声を掛けてくる。
「お兄様見てください! 演劇部から衣装を借りてきましたの! 小さいヤンキーになった紬さん、可愛らしいですわ!」
こいつが元凶か。お、俺の可愛い紬を変えやがって! 返せ! 俺の紬を返せ!
「何しょぼくれてんだコルァ! 俺っちの格好が気に食わねぇってのか? ああん?」
微妙にキャラもブレブレだし。いったい何がしたいんだ……?
「今日から俺は番長だ! この山府義塾は俺の傘下に入った。誰にも文句は言わせねぇ! ヒャハハハハ!」
俺はもう、力が入らなかった……。




