第十四話
室井君と別れてから、俺は正門へ向かった。まだ、いつもなら談話室を使っている時間だ。
校舎へ戻ればいい。戻って、さっき室井君に言われたことを、そのまま四人へ話せばいい。
……そう考えながら、俺は正門を出た。
今日は談話室へ行かないと言ったのだ。だから、帰る。
誰にともなく言い訳をして、そのままなぜか家とは違う方へ曲がった。
ふと、土曜日に歩いた道を、もう一度歩いてみようと思ったからだ。
ただの思い付きだ。全部回るつもりはない。そんな体力はないし、室井君もいない。大竹さんや紬もいない。道に迷ったところで助けてくれる雪白さんもいない。
ただどうしても、もう一度歩いてみたくなった。
最初に寄ったのは、古社だった。
境内には誰もいなかった。社殿も石畳も、土曜日と同じ場所にある。当たり前だ。
俺は、みんなの前で説明した場所に立つ。
他の社と比べ、町との境が曖昧なこと。祭礼を通して、今も人と関わっていること。今更ながら、自分でも、よくあんな話ができたと思う。
伊藤先生に背中を叩かれ、大竹さんに褒められ、室井君にも感心された。雪白さんは見直したと言っていた。思い出した途端、叩かれたところが少し痛くなった気がした。
褒めるなら、もう少し穏やかな方法にしてほしい。
古社を出て、内社の休憩所へ向かった。
長椅子とテーブルには、誰もいなかった。
土曜日には、その上に大竹さんの重箱が置かれていた。
室井君は俺達が余らせた分も含めて、数十個のおにぎりを、十五分以内で食べようとしていた。今になって考えると、あれは軽食ではなくほとんど早食い競争だった。
俺は鞄からカメラを取り出す。
土曜日に撮ったときと同じ位置に立ち、レンズを休憩所へ向け、シャッターを押す。
画面には、長椅子とテーブルだけが写っていた。
撮った写真を確認してから、以前撮影した写真を見返す。
土曜日の休憩所が表示された。
大竹さんが重箱を広げている。紬はどれを食べるか迷い、雪白さんはカメラを避けようと顔を背け、室井君は頬張りながら次のおにぎりへ手を伸ばしていた。
さっき撮った一枚と同じ場所を、同じ位置から撮った写真だ。
違うのは、四人がいることだけだ。
カメラから視線を上げる。
誰もいない休憩所は静かだった。
土曜日より静かになったわけではない。あの日が、うるさすぎたのだ。
それでも、空いた長椅子を見ると、四人がいないことの方がおかしく思えた。
休憩所を出て、行き先も決めずに歩く。いつの間にか、式社に来ていた。
石段を見上げる。
雪白さんが昔ここで転んだと大竹さんにばらされ、紬がノートへ記録しようとしていた。大竹さんは、雪白さんが迷子になって大泣きした話までしていた。
本人は忘れろと言っていたが、たぶん無理だ。
俺はもう覚えてしまった。
土曜日に来たとき、この石段は雪白さんの思い出がある場所だった。
今はそれだけではない。
紬がペンを出し、雪白さんが止め、大竹さんが楽しそうに笑っていた場所でもある。
……俺にとっても、いつの間にか思い出のある場所になっていた。
一度目に皆で歩いたとき、山府のどこを見ても、そこにあったのは他人の過去だった。
二度目の今日は違う。
たった一日分だけだが、俺の、俺自身の、正真正銘の思い出になっていた。
山府を好きなのかは、分からない。
東京へ帰りたい気持ちは、消えていない。
でも、山府で戻りたい場所なら、もうあった。
あの四人がいる、生徒談話室。




