第十二話
昼休みを知らせるチャイムが鳴った。
俺は弁当を取り出さず、教室の後ろを見る。雪白さんは自分の席に座ったまま、本を開いていた。
まず、ごめんと言う。
言い訳はしない。
頭の中でもう一度確認し、席を立つ。
そのとき、教室の前の扉が勢いよく開いた。
「お兄様! お昼をご一緒しましょう!」
大竹さんの声が教室中に響いた。
扉の前には、大竹さんと紬、それに室井君が立っている。それぞれ弁当を持っていた。
朝とは違う理由で、クラス全員の視線が俺へ集まった。
「何しに来たんだ?」
「昼食です」
紬は当然のことのように答えた。
「それは見れば分かる。どうして俺の教室に?」
「兄さんと食べるためです」
答えになっているようで、何も説明していない。
「お兄様。机をお借りしますわ!」
大竹さんが俺の返事を待たず、机の上へ大きな手提げを置いた。
その向こうで、雪白さんが席を立つ。
本を持ち、三人が入ってきた前の扉とは反対側の扉から、教室を出ていった。
「あっ……」
声をかけようとしたときには、姿が見えなくなっていた。
「お兄様?」
「いや、何でもない」
追いかけようか迷っている間に、大竹さんが手提げから弁当箱を取り出していく。
一つ、二つ、三つ……まだ出てくる。
「何人分あるんだ?」
「五人分ですわ!」
「八人分くらいありますよ?」
紬が訂正する。
「足りないよりはよろしいでしょう!」
「いや、限度があるだろ」
俺の机と隣の机をくっつけても、弁当箱をすべて置くことはできなかった。仕方なく、さらにもう一つ机を借りる。
紬と大竹さんが椅子に座り、俺も自分の席へ戻った。
室井君だけが立っている。
「室井君、座らないの?」
「自分は、このままで結構です」
「立ったまま食べるの?」
「はい」
「……何かの稽古?」
「他のクラスの座席を、無断で使用するわけにはまいりません」
「今、他のクラスの机で弁当を広げてる時点で手遅れだと思うけど……」
室井君は机の上を見る。真剣に考えた末、隣の席の椅子を借りた。
「失礼いたします」
椅子に向かって丁寧に頭を下げてから座る。持ち主は食堂へ行っていて不在だが、戻ってきたら驚くだろう。
「お兄様は、卵焼きと唐揚げ、どちらがお好きですの?」
「どっちも好きだけど」
「では、両方どうぞ!」
大竹さんが俺の取り皿へ、卵焼きと唐揚げを二個ずつ載せた。
「いまの選択肢の意味は?」
「好きなものを確認しただけですわ」
「量を決める質問じゃなかったのか」
「野菜も食べてください」
紬が横から煮物を追加する。
「兄さんは大根が苦手なので、ニンジンを多めにあげます」
「俺の皿を完成させようとするな」
室井君は自分の弁当を膝の上に置いたまま、大竹さんの料理を見ていた。
「武尊さんも、遠慮なさらず召し上がってくださいませ」
「しかし、自分は弁当を持参しております」
「両方食べればいいじゃないですか」
「なるほど」
室井君は自分の弁当を食べ終えたあと、大竹さんの弁当にも手を伸ばした。食べ始めるまでの迷いは長かったが、食べ始めてからは速い。
「室井君、午後も何か稽古があるの?」
「放課後、自宅で二時間ほど」
「それまでに消化できる?」
「努力します」
大竹さんが持ってきた弁当は、室井君の参加によって順調に減っていった。
紬は気に入ったらしい大根の煮物だけを三つ食べ、大竹さんに野菜の種類を増やすよう注意されている。
大竹さんは、朝の小テストで漢字を一つ間違えたことを大事件のように語った。
室井君は、間違えた漢字を正しい書き順から説明し始めた。
紬は、それを聞きながら黙々と煮物を食べている。
三人とも、部の話をしなかった。
俺はいつ言われるのかと待っていた。
戻ってきてほしい。
五人いなければ申請できない。
部長を引き受けてほしい。
しかし、昼休みが半分を過ぎても、誰も何も言わなかった。
「部の話はしないのか?」
とうとう俺から尋ねる。
「今は昼食中ですわ」
大竹さんが呑気に答える。
「話し合いは放課後です」
紬も当然とばかりに続けた。
「司殿は現在、設立部員ではありません。無理に参加していただくことではないと考えます」
室井君は真面目な顔で言った。
「じゃあ、どうして来たんだよ」
三人が俺を見る。
「昼食です」
紬が、さっきと同じ答えを返した。それだけで十分らしい。
俺が部員でなくても、一緒に昼飯を食べることはできる。三人にとって、その二つは最初から別のことだった。
昼休みの終わりを知らせる予鈴が鳴る。
大竹さんは残った料理を弁当箱へ戻し、手際よく片付けていく。
「明日は量を減らしてまいりますわ!」
「明日も来るの?」
「ご迷惑ですの?」
「そういうわけじゃないけど……」
「では決まりですわね!」
元気に宣言すると、大竹さんは紬と室井君を連れて教室を出ていった。
その直後、雪白さんが戻ってくる。
俺は席を立ちかけた。
しかし、五時限目の教師が雪白さんに続いて教室へ入ってきた。
結局、また声をかけられなかった。




