3話
謹慎二日目の夜。ミモザは女子寮の自室で、机の上に広げた『星導の涙』の設計図と睨めっこを続けていた。
爆発時の破片の散らばり方、残存していた魔力の波長、そして事故直前に鳴った奇妙な摩擦音。ミモザの卓越した解析能力は、微小な不整合を逃さなかった。
(あの爆発は回路の計算ミスによるものではないわ。回路の第三節に、本来なら入り込むはずのない外来魔力が割り込んだことによる『強制共振爆発』……つまり、あらかじめ魔導具の内部へ特定の魔法触媒が仕込まれていた痕跡よ)
しかし、謹慎中の身では証拠を学園長に提示しに行くことも叶わない。監視の目を前にして焦りが募る。
その時、コンコン、と部屋の窓が静かに叩かれた。
驚いて窓に駆け寄り、カーテンを開けると――そこには夜風に銀髪をなびかせたレオノールドが立っていた。
「レオ……!? どうしてここに……ここは女子寮の二階ですよ!?」
「風系統の浮遊魔法だ。騒ぐな、ミモザ」
レオノールドは身軽に部屋の中へと滑り込むと、素早く窓を閉めた。
彼は少し息を荒らしながらも、懐から一つの記録水晶を取り出し、ミモザに見せた。
「お前の無実を証明する証拠を掴んだ」
「えっ……証拠?」
「ああ。実験室の防犯・魔力記録陣を独自に解析した。事故前日、お前が帰宅した後の実験室に侵入した人物の魔力残滓が残っていた」
レオノールドが記録水晶に微弱な魔力を流すと、室内の中空に光の映像が映し出された。
そこには、夜の実験室でこっそりとミモザの作製した試作魔導具を取り出し、不気味な紫色の液体を注ぎ込むジュリアンの姿が克明に記録されていた。そしてその背後には、笑みを浮かべて見守るクロエの姿も鮮明に映っていた。
「これは……ジュリアン様とクロエ……!」
「ジュリアンは俺に対する執着から、お前を取り除こうとした。ダンバース嬢は自分の立場と権力を盾に、ジュリアンを利用してお前を排除しようとしたのだ。二人とも、許される行為ではない」
レオノールドの群青の瞳に、静かだが苛烈な怒りの炎が宿っていた。
「レオ……私のために、ここまで……」
「当たり前だ。俺はお前を信じていると言ったろう。……それに」
レオノールドはふっと視線を和らげ、ミモザの手を包み込むように握りしめた。
「俺は、お前と一緒にあの試験を突破したいんだ。他の誰でもない、お前とならなければ意味がない」
「レオ……」
ミモザの目から溢れ出た涙が、頬を伝って零れ落ちた。自分を信じて命がけで動いてくれた人がいる。その事実が、傷ついた心に何よりの救いとなった。
「明日の昇格試験本番、学園長や全校生徒の前で、あいつらの罪を暴く。ミモザ、俺に力を貸してくれるか?」
「はい……! もちろんです!」
ミモザは強く頷いた。二人の絆は、張り巡らされた悪意によって切れるどころか、より一層強く結びついたのだった。
◇
翌日。学園の大講堂にて、年に一度の『魔導昇格試験・最終発表会』が開催されていた。
ステージ上には学園長をはじめ、多くの貴族や学園関係者が居並んでいる。
観客席の最前列には、優越感に満ちた表情のクロエと、どこか落ち着かない様子のジュリアンが座っていた。
「これで終わりですわね。ミモザ・ヴァルハイドは謹慎処分を破れるはずもありませんし、この場で退学が正式に告げられるわ」
「あ、ああ……そうだな。レオもあんな女のことは忘れて、また俺と一緒に研究をしてくれるさ……」
ジュリアンは自分に言い聞かせるように呟いた。
その時、講堂の重厚な扉が大きく開いた。
「静粛に!!」
威厳ある声とともに姿を現したのは、謹慎中のはずのミモザ・ヴァルハイド、そして彼女の隣に立つレオノールド・フォン・グランヴェルグだった。
「な……!? なぜあの女がここにいるのですか!?」
クロエが立ち上がり、悲鳴のような声を上げた。
学園長も眉をひそめ、ステージの上から問いかける。
「ミモザ・ヴァルハイド。お前は謹慎処分中の身のはず。なぜこの場に立ち入った?」
ミモザは毅然とした足取りでステージ前へと進み出ると、深々と一礼した。
「学園長先生。並びに教官の皆様。謹慎の命を破った非礼はお詫び申し上げます。ですが、私の無実と、先日発生した爆破事故の『本当の犯人』を証明するため、この場に参りました」
「なに……? 真犯人だと?」
ざわめく場内の中、ジュリアンが青ざめた顔で叫んだ。
「ふ、ふざけるな! お前が危険物を使ったのは紛れもない事実じゃないか! 苦し紛れの嘘をつくな!」
「嘘ではありませんわ、ジュリアン様」
ミモザは懐から、修復され、さらに細かな改修が施された魔導具『星導の涙・改』を取り出した。
「あの日爆発したのは、私が組み上げた回路の不備ではなく、外部から『腐触の触媒』が混入されたためです。そして……その触媒を仕込んだ真犯人は、あなたです」
「なっ……証拠もないのに言いがかりをつけるな!!」
「証拠なら、ここにあります」
レオノールドが一歩前に出ると、高く掲げた記録水晶から光を放たせた。
大講堂の天井近くに、大写しになった立体映像が展開される。
そこに映し出されたのは、真夜中の実験室でミモザの魔導具に怪しい薬液を注ぎ込むジュリアンと、それを唆すクロエの鮮明な姿だった。
触媒の瓶の刻印、二人の会話の音声までもが完璧に再生される。
『……あの女さえいなくなれば、レオはまた俺の元に戻ってくる』
『いい考えね。これで彼女は追放よ』
決定的な音声が講堂全体に響き渡った瞬間、場内は静まり返り、次の瞬間には怒号のような騒然とした声に包まれた。
「な、なんだあの映像は……!?」
「ダンバース公爵家の令嬢と、伯爵家の嫡男が……!?」
「同級生を陥れるために爆破事故を起こしたというのか!?」
「ち、違う! これは捏造だ! レオ、騙されるな! 俺はお前のために――」
「静かにしろ、ジュリアン」
レオノールドの氷のように冷たい声が、ジュリアンの言葉を遮った。
「俺はお前を幼馴染として、友人として尊重してきた。だが、お前の行いは友情などではない。ただの醜い独占欲と自己満足だ。俺の信頼を裏切り、ミモザの努力を泥足で踏みにじった罪は重い」
「レオ……っ!?」
「そして、ダンバース嬢」
レオノールドはクロエに向き直り、軽蔑の眼差しを向けた。
「あなたがミモザに対して行っていた脅迫や嫌がらせについても、すべて記録してある。公爵家の権力を振りかざし、学園の正当な秩序を乱したこと……我がグランヴェルグ家としても、正式にダンバース公爵家へ抗議と不審の申し立てを行う」
「あ……あ……そんな……っ!」
クロエは顔面を蒼白にし、膝から崩れ落ちた。
公爵家の名誉を傷つけ、グランヴェルグ家を敵に回したとなれば、彼女の未来はもはや破滅しか残されていない。
ジュリアンもまた、全身の力を失ってその場にへたり込んだ。信じていた自尊心も、レオノールドとの関係も、すべて自分の手で粉々に打ち砕いてしまったのだ。
「……学園長先生。説明は以上です。そして、私とミモザの正当性を証明するため、今ここで昇格試験の最終課題を実演いたします」
レオノールドがミモザに視線を送ると、ミモザは深く頷き、『星導の涙・改』を手に取った。
二人が同時に魔力を注ぎ込む。
今度は赤黒い濁りなど一切ない、眩いばかりの青銀の光が講堂全体を優しく包み込んだ。
回路は完璧に収束し、従来の魔導具の3倍以上の安定性を保持したまま、美しい結晶体が中空に生成される。
それは、ミモザの天才的な理論と、レオノールドの絶大な魔力が完璧に調和した、歴史に残る出来栄えの魔導具だった。
教官たちから自然と大きな拍手が湧き上がり、やがてそれは講堂全体を揺らすほどの万雷の拍手へと変わっていった。
学園長は深く頷き、厳格な面持ちで宣言した。
「……実演、見事である。ミモザ・ヴァルハイドの謹慎を即刻解除し、完全な無実を認める。また、両名の昇格試験合格を正式に承認する」
「ありがとうございます!」
ミモザが感謝の礼を捧げると、学園長は視線を崩れ落ちた二人へ向けた。
「ジュリアン・フォン・ハーヴェイ、およびクロエ・フォン・ダンバース。退学者への危険行為、冤罪の捏造、ならびに学園秩序の不当な乱れにより――両名を即刻停学とし、追って退学処分および憲兵隊による捜査を進めることとする。連れて行きなさい!」
警備の魔法騎士たちが踏み込み、崩れ落ちた二人を拘束した。
「嫌……嫌よ! 離しなさい! 私は公爵家の……!」
「レオ! レオ助けてくれ! 俺たちは友達だろ!? レオーーッ!!」
醜く叫びながら連行されていくクロエとジュリアン。
レオノールドは二人に一切の視線を送ることなく、ただ隣に立つミモザの手を、固く握りしめていた。




