第7話 マリア様からの呼び出し
たとえば、ある日の食事について。
【私の場合】
朝:安井が作ったおにぎりと味噌汁、焦げた卵焼き
昼:購買で買ったパン
夜:家政婦さんの作り置き
【聖マリアの場合】
朝:アサイーヨーグルトボウルとカフェオレ
昼:手作りのお弁当
夜:家族で行った、フレンチレストランのフルコース
あるいは、休日の過ごし方について。
【私の場合】
一日中ベッドの上でスマホ
【聖マリアの場合】
カフェで読書、またはジムで汗を流す
この話を安井に伝えたところ、彼は頭を抱えて叫んだ。
「大変ですお嬢様、女子力でもお嬢様力でも負けています!!」
「別に競争していないんだけど!?」
というか、お嬢様力ってなんだ。
ちなみに、マリア様の情報は彼女のSNS及びクラスメイトたちの噂話から入手した。
……それにしても、マリア様について知れば知るほど、私とは天と地ほどの差があることを実感する。
そんな彼女が私と話をしたいだなんて、いったいどのような用件だろうか。
――もしかして、これ以上市之瀬君に近づくな、とか?
その可能性は大いにある。
市之瀬君は私のような、地味で何の取り柄もない人間にも優しい。彼女としては嫌だろう。
でも、あのマリア様がこんな回りくどい真似をするかなあ。
それに、市之瀬君は隣の席だから完全に接触を断つのは難しい。
だけど、学校一の人気者に嫌われてしまったら、私の高校生活はおしまいである。それだけは絶対に避けたい。
悶々とした気分のまま、約束の日を迎えるのだった。
◇◇◇
当日。私はマリア様行きつけのカフェに連れていかれた。
「……」
静かで落ち着いた雰囲気の店内。
しかし私は、どことなく居心地の悪さを感じていた。
アンティーク調の、高級感のある内装。座り心地のよいソファ。ゆったりとしたクラシック音楽。薄暗い照明。
たぶんだけど、高校生には分不相応な気がする。
実際、お客さんは大人がほとんどだった。
「……」
おまけにマリア様は全然しゃべらない。
顎に手を当て、どうやって話を切り出すべきか悩んでいるようだった。
……やはり、私に物申しに来たのでは?
い、今すぐ帰りたい。
永遠にも思えるほどの長い沈黙の後、ようやく注文した飲み物が運ばれてきた。
マリア様がウインナーコーヒーで、私は紅茶。
「実は私もその銘柄が好きなのよ」
彼女はそう言うが、正直私には違いがよくわからない。
『お嬢様。旦那様からなんか高そうな茶葉が送られてきましたよぉ』
といって安井が出してくれるから、そのまま飲んでいるだけだ。でも、紅茶が好きなのは本当である。
「今日は来てくれてありがとう。いきなり声をかけてしまったから、驚いたでしょう?」
「い、いえ……」
マリア様はカップを口元に運ぶ。
彼女は手足が長いが、指もすらりとしていて美しい。白魚のような手、ってやつだ。
爪先には透明のマニキュアが塗られており、つやつやと輝いている。
私は思わず自分の爪を見た。栄養状態は悪くないはずだが、白い線がいくつも入っている。
こういうの、普段は気にならないんだけど…。
「それで、ここからが本題なのだけれど」
私は思わず背筋を伸ばした。ゴクリ、と唾を呑む。
「神崎さん。あなたはこの前、私の後輩を助けてくれたそうね」
「後輩……」
思い浮かぶのは一人しかいない。双葉さんだ。
「マリア様、じゃない聖さんは陸上部よね。もしかして双葉さんも?」
「ええ、桃はマネージャーなの。あの子は入学した時から孤立しがちで、私も心配していたのよね――だから私からもお礼を言わせて。ありがとう、神崎さん」
「そ、そんな……恐縮です」
マリア様に頭を下げさせちゃった!
自分がとてつもなく罪深いことをしてしまった気になる。
一方で、私は彼女の行動に違和感を抱いていた。
後輩を助けてもらったお礼を言う――本当に、それだけの理由で私を呼び出したのだろうか。
私はすでに双葉さん本人から、お礼の言葉とともにクッキーを受け取っている。これ以上の感謝は過剰だ。
それに、いくら仲が良かったとしても、保護者でもない人が代わりにお礼を言いに来るのはおかしいと思う。
私が無意識に疑いのまなざしを向けていたせいか、マリア様は覚悟を決めたように表情を引き締めた。
「それで、ここからが本題なのだけれど」
やはり、そうきたか。
突然場の空気が緊迫したものとなり、私は身構える。
――まさか本当に、市之瀬君に近づくな、とか言われるのでは?
しかし、マリア様の口から飛び出したのは、予想外の一言だった。
「神崎さん。あなたさえよければ、私と友達になってほしいの」




