第4話 市之瀬君観察記録その1
教室に入ると、市之瀬君が机とにらめっこをしているところだった。
私の観察データによると、彼はいつも遅刻ギリギリの時間に登校して来る。珍しいこともあるものだ。
市之瀬君は私の存在に気がつくと、白い歯を見せて爽やかに笑う。
「おはよう、神崎」
「あ……うん」
落ち着きなく視線をさまよわせた末、私は軽く会釈するにとどめた。
しかし、市之瀬君はまだ何かを訴えかけるように私の顔を凝視している。このままでは顔に穴が空いてしまいそうだ。
「ええっと、その……おはよう?」
仕方がないのでちゃんと挨拶を返す。市之瀬君は腕を組み、うんうん、と満足げに頷いた。彼は礼儀に厳しいようだ。
それにしても、市之瀬君が私の隣の席とはねえ。
新しいクラスになってから二週間ほど経過したが、いまだに慣れない。
私にとって市之瀬君は憧れの存在で、気軽に声なんてかけられない。
それなのに、こんなにも距離が近くて、彼は私のような地味な子にも笑いかけてくれる。
この調子では、一年間心臓が持たないかもしれない。
「ところで、何を書いているの?」
市之瀬君のまぶしい笑顔から自分を守るため、私は話題を変える。
彼の机の上には、400字詰めの原稿用紙が散乱していた。
「ああ、これか」
彼はそのうちの一枚をつまみ上げる。
「反省文。今日が締め切りなのに、全く終わっていないんだよなあ、これが」
原稿用紙は一枚目の半分くらいしか埋まっていない。シャーペンをくるくると回しながら、五枚って多すぎるだろ、市之瀬はぼやく。
どうやら、また何かやらかしたようだ。
「今度はいったい何をしたの?」
市之瀬君はなんてことのないように答えた。
「おいおい、俺はいつもやらかしているわけではないぞ――ちょっとド派手な炎が見たくなって、グラウンドで爆破実験を行ったんだ」
「何してるの!?」
そりゃあ怒られるに決まっている。
市之瀬君は反省しているどころか、やってやったぜ、と言わんばかりのドヤ顔だった。
「ほら、芸術は爆発だって言うだろう?」
「リアルに爆発させるのは違うんじゃないかな!?」
私はため息をついた。
そういえば、去年はグラウンドにナスカの地上絵ばりの大作を(無許可で)描いて怒られていたっけ。
人並外れた天才であるがゆえに、常人には想像もつかないようなことをやってのける市之瀬君。
近くにいたらはた迷惑な存在かもしれないけれど、こういう欠点も含めて私は彼に憧れていた。
だからいつもは、彼のとんでもエピソードだって微笑ましく聞いていたのだけれど――
「そういう危ないことをするのはよくないと思う」
「えっ」
自慢げな表情から一転、市之瀬君は困惑の声を上げる。
もっとも、私自身も自分の発言に驚いていた。
普段の私であれば、誰かに注意するなんて恐れ多いこと、絶対にしない。しかも相手は市之瀬君だ。
市之瀬君は取り繕うような笑みを浮かべた。けれどもその口元は引きつっている。
……今の私はそんなに怖い顔をしているだろうか。
「だ、大丈夫だよ。科学部のプロフェッショナルにも協力してもらったんだ」
「そういう問題じゃないでしょ。怪我したらどうするの」
「うぅ…」
反論の言葉が思い浮かばなかったのか、市之瀬君は肩を落としてうなだれてしまった。
「……ごめんなさい」
おや、案外素直だ。
「わかればよろしい。市之瀬君には怪我してほしくないからね」
「……うん」
市之瀬君の顔をのぞき込む。今の彼は眉を下げ、どこかしょぼくれた顔をしていた。
だけどそんな表情もかわいらしい、なんて思ったら失礼かな。




