第48話 告白①
私の手を掴んだまま、市之瀬君は校内をずかずかと進んでいく。
彼は全くこちらを見ようとしない。ただならぬ雰囲気に、少しずつ恐怖の感情が湧き上がってくる。
「ねえ、そもそも屋上って立ち入り禁止じゃないの?」
「文化部内に出回っている合鍵がある」
返答もどこかそっけない。
それにしても、うちの学校のセキュリティはどうなっているんだ。
ひたすらに階段を上っていく。屋上に近づくにつれ、胃がきゅっとなって息が詰まりそうになる。
覚悟を決めたはずなのに、どうにも私は往生際が悪い。
そして、とうとう目的地にたどり着いてしまった。
私を先に屋上へ出すと、市之瀬君は後ろ手でドアを閉める。
当然のことながら屋上には人気がない。
完全に退路を断たれてしまった。
「さて、おとなしく俺の話を聞いてもらおうか」
ひえっ!
思わず悲鳴を上げそうになった。市之瀬君は微笑んでいるつもりらしいが、目が笑っていないのだ。
私は遠慮がちに手をあげる。
「あのう、どういった用件でしょうか」
「……ここまで来てまだわからないのか。鈍いな」
市之瀬君は呆れたように苦笑した。
今日ここに呼び出された理由。
私は彼に怪我をさせた上、八つ当たりでひどいことを言った。挙句、一カ月近くたった今でも謝罪していない。
ここから導き出される答えといえば――もしかして私、しばかれる!? やっぱりあれ、ラブレターじゃなくて果たし状じゃん!!
くっ、殺られる前に殺るしかないのか……?
私はその場から勢いよく飛びのくと、ファイティングポーズをとった。
「おい、どうした神崎」
「すみませんすべて私が悪かったです! 申し訳ありませんでした!」
「お前はいったい何を言っているんだ」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!」
「神崎いろは! 俺の話を聞け!」
「……はい」
市之瀬君に一喝され、私は口をつぐんだ。どうやら武力行使したいわけではないらしい。
落ち着かせようとしてか、市之瀬君が私の肩に手を置く。彼は私の顔をのぞき込むと、予想外の質問をしてきた。
「なあ、神崎。俺の絵は好きか?」
「へ?」
突然なんだろう。今更改まって聞くことだろうか。
疑問には思ったが、市之瀬君の表情は真剣そのものだ。
――答えは当然、イエスだ。
初めて見た時に心奪われて以来、彼の絵を見ることは私の密かな楽しみとなっていた。
だからこそ、彼の手に怪我をさせてしまった自分のことが許せないのだ。
私の返答を聞いた市之瀬君は、だろうな、と得意げに頷く。
「じゃあ神崎。俺のことはどう思っている?」
「市之瀬君のこと?」
これもよくわからない質問だ。
……うーん、本人に面と向かって伝えるのはちょっと恥ずかしい。
「こんな私にも優しくしてくれて、いい人だなあって」
「そういうことじゃなくて! ……ああ、もう。はっきり言わないと伝わらないか」
市之瀬君は自分の髪をぐしゃぐしゃと撫でまわすと、私に向き直る。
「聞いてくれ、神崎」
「う、うん」
今まで見たことがないほどに固い表情。緊張した彼の様子に、私も思わず背筋を伸ばす。
「お前が好きだ。俺と付き合ってくれ」
一瞬、何を言われたのか理解できなかった。
きっと、私にとってあまりにも衝撃的な言葉だったのだろう。頭が真っ白になって処理が置いつかない。
とりあえず、いったん深呼吸して落ち着こう。
脳内で先程の言葉を復唱する。
お前が好きだ。俺と付き合ってくれ。
――つまり、市之瀬君は私のことが好きで、私と恋人になりたい。
…………………………告白!?
「な……ななな、な……」
私は自分の頬をつねる。普通に痛かった。
全身の震えが止まらない。
「やっぱり気づいていなかったんだな」
唖然とする私の姿を見て、市之瀬君はやれやれ、といった様子で嘆息した。
だが私はまだ、これが現実とは信じられなかった。
なぜなら、
「ちょ、ちょっと待って。市之瀬君はマリアと付き合っているんじゃないの?」
「え、俺が? マリアと?」
市之瀬君の目が点になる。彼は眉根を寄せ、怪訝そうな表情で私を見た。
……あれ、何か変なことを言っただろうか。
「えっ、違うの? だって二人は仲がいいし、休日もしょっちゅう一緒に出かけたりしているじゃない。何よりも、市之瀬君はマリアといる時が一番自然体で楽しそうに見えたから」
「……なるほどな。時々神崎から妙に距離を感じていたが、そういうわけか」
市之瀬君は大げさな仕草で天を仰いだ。
「確かに、俺とマリアは幼馴染だ。お互いのことはよく知っているし、変に気を遣う必要がないから一緒にいて楽だ。でも、付き合ってはいない」
「そうなの!?」
「物心つく前からそばにいるんだ。異性として意識しろ、なんて言われても難しいな」
「そういうもの?」
「そういうものなんだ」
言われてみれば、二人はいつも楽しそうに会話をしていたが、甘い雰囲気になった場面は見たことがない。
「じゃ、じゃあ! あのダブルデートは何だったの? 水族館の」
「『俺が』『お前と』遊びに行きたかったんだよ。でも、いきなり二人きりは緊張するだろう? だからマリアにも来てもらったんだ」
「えぇ……?」
なんかいつもよりグイグイ来るなあとは思っていたけど、そういうことだったのか。
――そんな、私が今まで信じていたことって何だったの?
全身から力が抜けていくのを感じる。その場に崩れ落ちそうになるのを懸命にこらえた。
「それで、返事は?」
市之瀬君の顔が眼前に迫る。私は咄嗟に、胸の前に両手を突き出した。
「待って。返事をする前に、私のどこを好きになったのか聞かせてもらってもいい?」
正直、まだ少し疑っていた。
自慢じゃないが、私は自他ともに認める平凡な人間だ。
顔は地味だし、何の取り柄もない。
性格なんて最悪だ。
後ろ向きで意気地なし。いつまでたっても謝罪一つできない卑怯者。
ただでさえ市之瀬君の周りには、マリアという完璧超人がいるのだ。私のようなダメ人間を好きになるなんて、にわかには信じがたい。
「そうだな……なあ神崎。俺たち、小学校が一緒だったよな」
「うん」
もしかして、その頃から?
市之瀬君は、静かな語り口で過去の思い出を話してくれた。




