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第47話 果たし状

 朝。

 下駄箱を開けると、中に封筒が入っていた。


「……」


 見間違いだろうか。

 私は目をこする。しかし、封筒は相変わらずそこに存在していた。


「…………」


 きっと入れ間違いだろう。

 手に取って宛先を確認すると、やけに達筆な字で『神崎いろは様へ』と書かれていた。


「………………」


 きょろきょろと周囲を見渡す。誰にも見られていないことを確認し、封筒をサッと鞄の中にしまった。


 そのまますぐ近くのトイレに向かい、個室に飛び込む。

 耳を澄ませるが、周囲に人の気配はない。ようやく一息つくことができた。


 鞄から封筒を取り出す。

 シンプルな、白い無地の封筒。差出人の名前はない。


 宛名をもう一度確認する。『神崎いろは様』、つまりは私宛。


 ……………………もしかしてこれは、ラブレターというやつでは?


「そんな馬鹿な!」


 一瞬、夢かと疑ってしまう。

 だが、うるさいくらいに高鳴る鼓動と、興奮して荒くなった呼吸。その二つがこれは現実だと主張している。


 ……落ち着け私、よく考えてみよう。

 

 自慢じゃないが、私はモテない。顔は平凡だし、何の取り柄もないからだ。


 唯一の例外は巴君だが、彼は手紙を書くようなタイプじゃない。あと、彼の字は結構下手。


 ――ということは、いたずら?

 

 ふわふわと舞い上がっていた心が、急激に冷めていくのを感じる。


 封筒をよく見ると、宛名の下にかっこ書きで「これはラブレターです」とあった。うん、胡散臭い。


 これ以上嫌がらせやドッキリに付き合いたくはないけれど、念のため中も確認してみた。


 入っていたのは、封筒と同じようなデザインの便箋が一枚。

 書かれていたのはたったの一文だけ。


『今日の放課後、屋上にてお前を待つ』


 ……果たし状かな?

 

 とてもじゃないが、これから愛をささやこうとしている人間の書く文章とは思えない。

 それとも、私が知らないだけで、男子ってこういうものなのか?

 

 とりあえず、差出人の正体について考えてみよう。

 

 果たし状を送り付けてくるということは、私に何か不満を持っているのだろう。最近恨みを買った覚えは――うわ、心当たりしかない。

 

 真っ先に思い浮かんだのは市之瀬君の顔だった。

 

 マリアに諭されたにもかかわらず、私はまだ、彼にあやまっていなかった。


 ……ほんと、何しているんだろうね。今日こそは必ず、と思っても、いざ彼を前にすると決意が揺らいでしまうのだ。自分が情けない。


 気がつけば明日から十二月だ。

 市之瀬君の右腕のギプスは取れたが、あの時壊れた関係はいまだに修復できていない。このままでは、あっという間に一年が終わってしまう。


 市之瀬君、私のこと恨んでいるんだろうな……。


 先程とは別の意味で胸が苦しい。自分でいた種だというのに、胃がキリキリと痛んだ。


     ◇


 手紙の内容が気になって授業も頭に入らない。


 こっそり市之瀬君の様子を窺うと、彼は真剣な表情でノートを睨みつけていた。

 一見すると熱心に授業を聞いているように思えるが、手は全く動いていない。


 今日は何だろう、罫線のドットでも眺めているのだろうか。


 ――あの手紙って、本当に市之瀬君が書いたものなのかな。


 どうしても手紙の内容と市之瀬君のイメージが結びつかない。

 彼はどちらかというと、言いたいことがあれば直接伝えるタイプだと思う。

 だけどあの達筆は市之瀬君っぽいしなあ。


「あ」


 市之瀬君の驚いた声が聞こえ、私は我に返る。


 いけない、見ているのがバレた。

 

 慌てて前を向くが、しばらくの間、右側からの物言いたげな視線を感じていた。


   ◇◇◇

 

 結局、呼び出しには応じないことにした。

 

 手紙の差出人が市之瀬君であるという確証はないし、人気のない場所で二人きりなんて少し怖い。


 帰りのホームルームが終わると、私はすぐに教室を飛び出した。


 上履きを下駄箱へ乱雑に突っ込むと、靴のかかとを踏んづけて昇降口へ向かう。

 だが外に一歩踏み出す直前、何者かが私の進路をふさいだ。


「……な、んで」


「やっぱり帰ろうとしたな」


 市之瀬君が、ドアの前で仁王立ちしていた。


 慌てて私を追いかけてきたのだろう。ぜえぜえと息を切らしている。汗で湿った前髪が、額に貼りついていた。


 どうやらあの手紙は、本当に市之瀬君が書いたものらしい。


「なあ、神崎。俺、何かお前の気にさわるようなことしたか?」


「いや、そんなことは……ないけど」


「嘘だ。だってお前、ずっと俺のことを避けているじゃないか。俺馬鹿だから、はっきり言ってくれないとわからないよ」


 市之瀬君の顔は苦しそうに歪んでいる。

 私は耐えきれずに視線をそらした。


 つい先日、私は桃ちゃんに、市之瀬君が素敵な男の子であることを話した。

 でも、その笑顔を曇らせたのは他ならぬ私自身だ。

 

「市之瀬君のせいじゃないよ。これは私の問題。私が自分を許せなくて、市之瀬君に向き合う勇気が出ないの」


 私の言葉は震えていた。消え入りそうな、みっともない声。


「……」


 市之瀬君が目を細める。刃のように鋭いまなざしが私を突き刺した。


「俺に非がないというのなら、こんな態度を取られるのは傷つくな」


「うぐぅ」


 ……はい、本当にその通りです。

 正論のパンチを食らい、私はうなだれる。


 そんな私を見て、市之瀬君は大きなため息をついた。


「お前の事情に巻き込まれたというのなら、少しくらいこっちのわがままも聞いてくれないか」


「……なんでしょう」


「そう警戒するな――俺、どうしてもお前に伝えたいことがあるんだ。ほんのちょっと、五分でいいから付き合ってくれ」


 断ろうにも、市之瀬君は逃がさない、とばかりに私の手を握っている。おとなしく頷くしかなかった。


「……うん。わかった」


 とうとう市之瀬君に向き合う時が来たのだ。

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