表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
47/54

第46話 市之瀬君への想い

 放課後。

 巴君と桃ちゃんに誘われて、駅前のコーヒーショップへ来た。登校拒否中はあまり外出しなかったので、ここに来るのは久しぶりだ。


「冬の新作、気になっていたんですよねー」

 

 私の隣に座る桃ちゃんは、角度を変えながら何枚もドリンクの写真を撮っている。新商品のストロベリーフラペチーノだ。


「いつまで撮ってんだよ。溶けるだろ」


 私の向かい側の席では、巴君が理解できない、といった表情で撮影風景を眺めていた。

 彼の手元にあるのはブラックコーヒー。おそらくSNSなんて絶対にやらないタイプだ。


 ちなみに、私が注文したのは紅茶。コーヒーが売りの店なのに、どうしても紅茶を選んでしまう。


「これでよし、と。後はSNSにアップして」


「芸能人でもあるまいし、いちいち公開する意味なんてあるのか?」


「は? うるせぇな、文句あんのかよ」


「はいはい。周囲に迷惑がかかるからやめようね」


 うーん、いつもの光景。懐かしい。

 しかし、私には一つ気になったことがある。


「二人とも、部活行かなくていいの?」


 巴君は肩をすくめた。


「この前、足を痛めたんです」

 

 おいおい。絶対喧嘩のせいだろう。


「桃ちゃんは?」


「他のマネージャーから嫌がらせを受けまして」


「えっ、また?」


 そうなんですよぉ、と桃ちゃんは頬を膨らませる。


「ちょっとマリア様とお話しただけなのに、抜け駆けだなんて言われて。重要な連絡が私にだけ回ってこなかったんですよ。ひどくないですか?」


「それはひどいね」


「まあ、すぐにマリア様にチクってやりましたけどね。ざまあみろ、って感じです」


「……おぅ」


 転んでもただでは起きない子だなあ。


「それで、今日の本題なんすけど」


「うん?」


 なぜだろう。場の空気が一瞬にして変わったような。


「学校を休む前、センパイに何があったんですか? 不審者の件だけじゃないですよね、たぶん」


 ――それを尋ねるために私を連れ出したの?


 二人は射るような視線を私に向ける。心を見透かされたくなくて、私は顔をそらした。


「な、何のことかな」


「とぼけないでくださいよ。あの時のセンパイ、明らかに様子がおかしかったじゃないですか。何か悩んでいたんでしょう?」


「それは……そのぅ」


「もしかして、市之瀬が怪我したことと関係あります?」


 巴君が目を細める。

 図星を突かれ、私は視線を泳がせた。

 

 市之瀬君のことは私個人の問題である。それに、いい年して仲直りができないことを後輩に知られるのは、なんだか恥ずかしかった。


 しかし、私のつたない演技力では二人をごまかすことはできないようだ。


 桃ちゃんが私の手をぎゅっと握りしめる。


「何があったのか聞かせてくれませんか? 散々皆を心配させておいて、黙ったままというのはないでしょう?」


「ぐっ」


 うるうるとした瞳で見つめられると、反論できなくなる。

 テーブルの向こう側では巴君もうんうん、と頷いていた。この二人の意見が合うなんて珍しい。


「うぅ……」

 

 確かに、二人を心配させたのは事実だ。一方的に距離を取ったことへの罪悪感もある。それで放っておいてくれ、というのはあまりにも身勝手だろう。


 観念した私は、市之瀬君との間に起きた出来事を二人にも話すことにした。


「実は――」


   ◇◇◇


「あやまらなくていいんじゃないですか」


 開口一番、巴君は冷めた目で告げてくる。どことなく不機嫌そうだ。


 ……うん、知ってた。


「ったく、情けない男っすね。センパイを怖い目に遭わせた挙句、罪悪感まで抱かせるなんて」


「情けないって……市之瀬君は私を守ってくれたんだよ」


 数カ月前の壁ドン事件といい、彼は市之瀬君のことをやけに敵視している。


「というか、なんで最初からおれを頼ってくれなかったんですか。おれならそんなヘマ、絶対にしないです。センパイを襲ったやつもボッコボコにしてやったのに」


「穏便に済ませたかったからかな」


 彼に任せていたらタカポンは今頃、病院送りどころか墓送りになっていただろう。

 

 巴君が私に向けて微笑む。その瞳には、ほの暗い歓喜の色が隠されている。


「安心してください。あの男がいなくなってもおれがいます。これからはおれが守りますから」


「いや、遠慮しようかな」


 こういうのはきっぱりと拒絶するに限る。

 しかし、意外なところから援護射撃がきた。


「わたしも、あやまらなくていいと思います」


「桃ちゃん」


「だって、相手は男じゃないですか」


「桃ちゃん!?」


 さらに過激派が現れた。


「男って馬鹿でうるさいし、乱暴だし、ヤることしか頭にない生き物ですよ? そんなのに先輩が気を遣う必要なんてないですよ」


「おい」


 巴君が、一緒にするな、と言わんばかりの視線を桃ちゃんに向ける。彼女はそれを無視して続けた。


「わたしの話を聞いてください――小さい頃、わたしは同級生の男子から頻繁に嫌がらせを受けていました。髪の毛を引っ張られたり、靴の中に虫を入れられたり、スカートをめくられたり。よく泣かされたものです」


「うわぁ……ひどいね、それ」


 聞いているだけでも気分が悪くなってくる。


「でもその子はわたしのことが好きで、気を引きたくて意地悪していた、って言うんです。それを知った周りの大人たちも、許してやれって。好意があれば何をしても許されるんですかね」


 桃ちゃんは愛らしい顔に嫌悪感を露にする。


「まあ、最近は女もクソだなあって思い始めてますけど」


「同じ部活の子?」


 これまでに受けてきた仕打ちを思い出したのか、桃ちゃんは憎々しげな表情で頷く。


「それだけじゃないんですよぉ。男に色目を使っているとか、人の彼氏奪っただとか、身に覚えのない言いがかりをつけられるんです。ったく、ばっかみたい。あんなゴミどもにモテてもうれしくないっつーの」


「桃ちゃん……」


 彼女は相当ストレスを溜めているようだ。


 確かに、桃ちゃんはかわいい。小柄で色白、くりっとした大きな目はお人形さんのようだ。


 でも、好かれたくない人にまでモテてしまう。

 そのせいで幼稚な男子から意地悪をされたり、嫉妬した女子からいじめられる。その積み重ねで男嫌いになったとしても、仕方のないことかもしれない。


「だけどいろは先輩。わたし、マリア様だけじゃなくて、あなたにも憧れているんです」


「え!?」


 予想外の言葉に、私は目を丸くする。

 桃ちゃんが私に向けるまなざしには、尊敬と信頼の感情が込められていた。


「わたしを助けてくれた時の先輩は、まるでヒーローのようでした。勇敢でかっこよくて、思わず見とれてしまったんです」

 

 ヒーロー? 私が?


「しかもいろは先輩は、かっこいいだけじゃなくて優しいです。周囲から浮きがちなわたしと仲良くしてくれるのが、本当にうれしくて」


 桃ちゃんの瞳はキラキラと輝いている。

 彼女が抱くイメージはあまりにも私の自己認識と乖離かいりしていて、なんだかむずがゆい。


「だから先輩には、男のせいで苦労してほしくないんです――その男は本当に先輩を幸せにできるんですか? あなたにそんな思いつめた顔をさせるなんて、ろくでもない男じゃないですか?」


「桃ちゃん」


 握られたままだった桃ちゃんの手を、私は優しく握り返した。


「心配してくれてありがとう。でも、市之瀬君はそんな人じゃないよ」


 桃ちゃんの大きな目が、こぼれそうなほどに開かれる。ゴクリと唾を呑む音が聞こえてきた。


「市之瀬君はちょっと変わっているけれど、明るくて、何事にも全力で取り組む素敵な人だよ。自分が怪我をしても、私が無事でよかったと笑ってくれる、優しい男の子なの」


「……」


「それにね、私と桃ちゃんが出会えたのは、ある意味では市之瀬君のおかげなんだ」


 これまでの私なら、面倒事には首を突っ込もうとしなかっただろう。

 

 しかし、市之瀬君と隣の席になって、彼が私をよく見ていることに気がついた。だから私は、彼に褒められたくて人助けをしたのだ。

 

 つまり、市之瀬君が私を変えた、ということになる。

 

 桃ちゃんが男嫌いなのはわかるが、すべての男性が等しくダメなやつだとは思ってほしくない。


「……そう、ですか」


 悔しそうに唇を噛むと、桃ちゃんはうつむく。そのまま黙り込んでしまった。

 

 すぐに受け入れるのは難しいかもしれない。でも市之瀬君と接してみれば、桃ちゃんだって彼の良さをわかってくれると思う。


「……」


「……」


 ――あれ、なんか空気重くない?


 桃ちゃんだけでなく、巴君の様子もおかしい。彼は何かに耐えるように、膝の上で拳を握りしめている。


「あ、あの。私、ゴミ捨ててくるね」


 いたたまれなくなった私は、皆の分のゴミも集めて席を立つ。

 容器を選別していると、背中越しに二人の会話が聞こえてきた。


「へっ、ざまあ。振られてんじゃねえか」


「あぁ? そっちこそ、この負け犬め」


「んだと!」

 

 ……なんだ。二人とも元気なくなったから心配していたけど、揉める気力があるなら大丈夫か。


 さて、これ以上二人の口論がヒートアップする前に戻らないと。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ