第43話 ミジンコ①
「お嬢様。今日も学校、お休みしますか」
「うん」
布団に潜ったまま私は頷く。
私の登校拒否は二週目に突入した。
……いや、この言い方では誤解を招くかな。
学校に行きたい気持ちはあるのだ。でも、朝になると体調が悪くなる。体が重くて頭も痛い。休みの連絡を入れると、途端に元気が出てくる。
おそらく精神的なものだと思うが、いつまでもこの状態を続けるわけにはいかない。留年は嫌だし、お父さんに心配をかけたくない。
何よりも――
「無理に学校へ行けとは言いません。ですがこのままだと、市之瀬君と仲直りできませんよ?」
「ぐはっ」
安井の正論が胸に突き刺さる。
登校拒否初日に学校で起きたことを安井に話したところ、「え、市之瀬君かわいそう!」と笑顔で返された。
『市之瀬君はお嬢様のために頑張っていたのに、そんなひどいことを言われるなんて! あまりにも報われません! 安井なら泣いちゃいますよぉ』
安井に指摘されるのは癪だが、本当にその通りな。
あの時の私はどうかしていた。市之瀬君に感謝こそすれ、怒鳴る要素など何一つない。
自分の勝手な劣等感で八つ当たりするなんて、私は人間失格だ。
罪悪感に苛まれる一方で、私はまだ、彼と向き合う勇気が持てなかった。
休みが長引くにつれ、普段あまり親しくない人からも安否確認のLIMEが送られて来る。
当然市之瀬君からもメッセージが来ていたが、開くことができなかった。なんて書いてあるのか、確認するのが怖いから――あんなにひどいことを言ったくせに、私は市之瀬君から嫌われることを恐れている。
……なんて浅ましいのだろう。私はミジンコ以下の存在だ。
重苦しい雰囲気を吹き飛ばすかのように、安井が手を叩く。
「ほら、そろそろ起きてください。学校を休んでも死にませんが、食事をしないと死んじゃいますよ。気分転換に、たまには外食でもしましょう」
「食材買い忘れたんでしょ」
「バレましたか」
てへぺろ、と舌を出す安井。全然かわいくない。
「朝ラーメン行きましょう、朝ラーメン!」
「えー、モスドがいいんだけど」
「何を言うんですか。寒くなってきたんだから朝ラー一択ですよ!」
相変わらず執事のくせに強引だ。でも、その明るさにずいぶんと助けられている気もする。
安井がいなかったらきっと、私は一人、暗い室内でうじうじと悩み続けていただろう。外に出ることもなく、引きこもり一直線だったかもしれない。
「安井、ありがとうね」
「おや、いつになくお嬢様が素直ですね。もっとお給料上げてくれてもいいんですよ?」
私がまだ社会とつながりを持っていられるのは、安井のおかげかもしれなかった。
◇◇◇
「ふぅ。やっぱり朝ラーは最高ですね!」
「朝からよくいけるよねえ」
安井は塩ラーメンと醤油ラーメンで迷った結果、両方平らげてしまった。それなのに、「帰りにコンビニでスイーツでも買っていきましょう」なんて言っている。
私は少しお腹が苦しい。お昼は軽いものにしたい。
会計を済ませて店を出る。いつもなら車で移動するところだが、今日は徒歩で来ていた。
街中を安井と二人、ぶらぶらと歩く。通勤通学ラッシュも過ぎ、人通りはまばらだ。もう少ししたら店も開くだろうか。
よそ見をしていると、脇道から飛び出してきた人とぶつかりそうになった。
「うわっ」
相手はこちらを気にすることなく、そのまま走り去っていく。奇抜な髪の色の、不良っぽい人物だった。
「大丈夫ですか、お嬢様」
「う、うん」
安井は両手の人差し指を立てて、頭の上に鬼の角を作る。
「まったく、危ないですねえ。ぷんぷん!」
「かわいくないから、それ」
「そんな、自信作だったのに!」
それにしても今の人、どこかで見たことがあるような――まさか巴君?
いやいやいや!
私はかぶりを振る。
巴君は不良を卒業したのだ。今ではちゃんと学校に行っているし、部活にも入って頑張っている。あれは他人の空似だ。
何度も自分に言い聞かせるが、どうしても不安が拭えない。
悩みながら歩いていたせいか、いつの間にか自宅に到着していた。
帰宅後、安井が食後の紅茶を淹れてくれる。
表面にフーフーと息を吹きかけながら、彼はのんびりとした口調で話しかけてきた。
「そういえば、さっきお嬢様とぶつかりそうになった彼、巴君ですよね? ほら、もりもりとごはんを食べる元気な子」
「やっぱり!?」
私は勢いよく立ち上がる。ガタン、と大きな音を立てて椅子が転がった。
巴君……私が言えた話ではないけれど、あなたはいったい、学校にも行かないで何をしているの?




