第42話 取り消せない言葉
とうとう怪我人が出てしまったことで、今回の騒動は新聞やニュースでも大きく取り上げられた。
学校はホームページに警告文を掲載し、警察によるパトロールも強化された。
その結果、生徒たちが不審者につきまとわれることはなくなった。
ちなみに、案の定タカポンの生配信は炎上したそうだ。アーカイブもすぐに削除されてしまったたらしい。
――生徒たちは平穏な日常を取り戻すことができた、と言えるだろう。
だけど、変わってしまったこともある。
「おはよう、神崎!」
市之瀬君は今日も元気に教室へ入ってくる。
いつもと違うのは、右腕がギブスで固定されているという点だ。それを見るたびに、私は自分の罪を突きつけられているような気分になる。
私はもう、彼を直視することができない。
「神崎?」
「……おはよう、市之瀬君」
目を合わせないまま、最低限の挨拶だけ返す。
市之瀬君は何か言いたげな様子だったが、私はこれ以上の会話を拒絶するように、鞄から本を取り出した。
◇
「センパイ。今度の週末、どこか遊びに行きませんか?」
「悪いけど用事がある」
「いろは先輩、お弁当一緒に食べませんか?」
「ごめん、食欲ないんだ」
市之瀬君だけじゃない。私はマリアや桃ちゃん、巴君のことも避けるようになった。
今回の件では、マリアと桃ちゃんにも迷惑をかけている。たとえ本人たちが気にしていないとしても、申し訳なくて合わせる顔がないのだ。
巴君は、せっかく陸上部で頑張っているんだから、私に構わず集中してほしい。
「いろは。最近元気ないけど、大丈夫?」
「え? 私はずっと元気だよ」
「清隆のことなら、いろはは気にしなくていいからね。自分がうっかりしていただけ、って本人も言っているから」
「違うよ。本当に、何でもないから」
「……そう」
何を言われても、のらりくらりとかわしてく。
最初のうちは心配そうに声をかけてきた人たちも、私が拒絶の姿勢を続けると、そっと距離を取ってくれた。とはいえ、すれ違うたびに心配そうな視線を向けられるが。
彼らのいない学校生活はとても静かだ。
一年生の時はぼっちだったというのに、いつの間にか周囲に人がいることが当たり前になっていた。自分で決めたことなのに少し寂しいと感じてしまう。
でも、私が彼らと仲良くしていること自体がおかしかったのだ。
いつも周囲から向けられていた、なんでこいつがあの人たちと一緒にいるんだ、という視線。その感覚は正しかった。
だから私は皆と距離を置く。才能がある彼らには、凡人に足を引っ張られずに活躍してほしいから。
◇◇◇
とはいえ、隣の席である以上、市之瀬君とは完全に接触を断つことができない。
「神崎、ノートを貸してくれないか」
放課後、市之瀬君に声をかけられる。
彼は利き手が使えないのでノートも取れない。普通に授業を受けることすら困難な状態のため、隣の席である私のサポートが必要だった。
「私がコピーしてくるよ。市之瀬君は座っていて」
職員室に行き、コピー機を借りる。一日分となるとかなりの枚数だ。
教室に戻って印刷した紙を渡すと、市之瀬君は屈託のない笑みを浮かべた。
「ありがとう、助かった」
……どうして私なんかにお礼が言えるのだろう。市之瀬君が不便な思いをしているのは私のせいなのに。
マリアの言う通り、本当に気にしていないのだろうか。お前のせいだ、って罵倒される方がよほど楽だったのに。
「なあ神崎。お前、最近様子がおかしいぞ。何か悩みでもあるのか?」
――おかしいのは市之瀬君の方だ。
「そんなことないよ。市之瀬君の気のせいだと思う」
私は普段通りの声色で答える。これ以上触れてほしくない、というメッセージを込めて。
だが他の人たちと違い、市之瀬君は引き下がってくれない。
私との距離を詰め、強引に目を合わせようとする。
「いいや、絶対気のせいなんかじゃない。今の神崎は思いつめた顔をしている。まさか、まだ変なやつらに狙われているんじゃ――」
「だから何でもないってば!!」
自分でも驚くほど大きな声が出た。教室に残っていた生徒たちが一斉に私の方を向く。しかし、そんなことを気にする余裕はなかった。
「神、崎……?」
市之瀬君の、私に向けて差し出そうとしていた左手が、行き場を失ったように下ろされる。
それでもまだ、彼は痛ましげな表情で私を見ていた。何か伝えようとして口を開く。
――どうしてこの人は、ここまで私のことを気にかけるのだろう。
私は奥歯をギリギリと噛みしめる。
誰にでも分け隔てなく接するところが市之瀬君の美点だったのに、それが今ではひどく憎たらしい。
「神崎」
「ああ、もう! なんでわからないの!? 聞かれたくないから黙っているの――私はもう、市之瀬君とは話したくない。これ以上私に関わってこないで!」
「なっ……!?」
市之瀬君の目が大きく開かれる。
乱暴に鞄を掴むと、私は勢いのままに教室を飛び出した。
◇
「……」
昇降口を出て外の冷たい空気を吸う。カッとなっていた頭も徐々に冷静さを取り戻していった。
……いくらなんでも、あれは言い過ぎだ。
教室を出る直前、視界の端に捉えた市之瀬君の姿。
彼はショックを受けたように呆然としていた。
私は市之瀬君の体だけでなく、心まで傷つけてしまったのだ。
じわじわと罪悪感が胸に込み上げてくる。
――私はなんて罪深い人間だろう。
◇◇◇
目覚めた瞬間、自分の体に違和感を覚えた。
『お嬢様、朝ですよー』
遠くからノックの音が聞こえる。
枕元ではスマホのアラームが鳴り続けていた。とてもうるさいのに、手が届かない。
『早く起きないと遅刻しちゃいますよぉ』
再びドアがノックされる。
首だけを動かしてスマホの画面を確認すると、すでに七時半を過ぎていた。いつもなら朝ごはんを食べている時間帯だ。
起きなければ、そう思うのに体が動かない。
私の反応がないからか、安井はしびれを切らしたかのように部屋へ乱入してきた。
「ほらほら、朝ですよぉ。陽の光を浴びてリフレーッシュ!」
安井は勢いよくカーテンを開け放つと、私の掛布団をはいだ。
「……」
寒い。それなのに、起き上がれない。
ようやく安井は私の異変に気づいたようだ。
「お嬢様? どこか具合でも悪いんですか?」
私は視線だけを安井に向ける。
「……どうしよう、安井。体が重い。起きれない」
その日以降、私は学校に行けなくなってしまった。




