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第40話 実害

「あの、先生」

 

 ホームルームの後。

 教室を出て行こうとした原先生に、私は勇気を振り絞って声をかけた。


「どうした、神崎」


 うぅ、緊張する。

 思えば、授業や提出物のこと以外で教師に話しかけるなんて、生まれて初めてかもしれない。


「実はその、少し相談したいことがありまして……」


「……なるほどな」


 てっきり面倒くさそうな態度を取られるとばかり思っていたが、そこはさすが教師だ。原先生は表情を引き締めると、心得た、とばかりに頷いた。


 そのまま二人で職員室まで移動する。

 掲示板の書き込みを見せると、先生は困ったなあ、とぼやきつつ眉を下げた。


「これは他の先生にも共有した方がいいな。今日の職員会議で報告するよ」


「すみません、ご迷惑をおかけして」


「お前のせいじゃないだろ。それよりも、気をつけろよ? やつらの目当てはお前なんだからな」


「は、はい」


 まさか原先生を頼もしく思える日が来るとは。

 私は内心感動していた。


「とはいえ、須合あやめは熱狂的なファンが多いからなあ。何事もなければいいんだが……」


 その後、各クラスの担任を通じて全校生徒に注意喚起が行われた。

 

 しかし翌日、早速トラブルが発生してしまう。


   ◇◇◇


「マリア、顔色が悪いけど大丈夫?」


 朝。

 昇降口の前で遭遇したマリアは、どこか様子がおかしかった。手で口元を押さえており、顔色も悪い。


「実は、登校中に変な男につきまとわれて……」


「えっ!?」


 背筋がゾッと寒くなる。


「大丈夫なの!? どんなやつだった? 何もされていない?」


 私はマリアの顔をのぞき込む。動揺のあまり、矢継ぎ早に質問を浴びせてしまった。


「落ち着いて、いろは。私は大丈夫だから」


「で、でも!」


「変な男に絡まれて手を握られただけよ。むしろ相手の方が心配だわ。咄嗟に急所へ蹴りを入れちゃったから」


 さすがマリア、強い。……いや、関心している場合じゃない。


「その男の顔は見た?」


「いいえ。フードをかぶっていたせいで顔がよく見えなかったの」


「そうなんだ……」


 ――まさか、本当に掲示板のやつらが私を探しているの?

 

 マリアは、実の娘である私以上にお母さんと雰囲気が似ている。長身で、かわいいよりも綺麗という表現が似合う美貌。隣に立ったら本物の親子と勘違いされるかもしれない。


 でも、まだ掲示板の連中の仕業だと決めつけるのは早いだろう。

 マリアは普段から、街を歩くたびに男たちに声をかけられていた。ただナンパされただけの可能性もある。……通勤・通学の時間帯にナンパ、というのは無理があるか。


 悩んでいると、背後から声をかけられた。


「どうした、こんなところで――あれ、マリアじゃないか。……なんだか具合悪そうだな?」


 市之瀬君だ。


 私が事情を説明すると、彼は眉根にしわを寄せた。珍しく険しい表情だ。


「――そうか。それならマリア、しばらくは俺と登下校しよう」


「清隆じゃ不審者に対抗できないと思うけれど――でも、ありがとう。誰かと一緒なら心強いわ」


「……」


 マリアはいつも通りの笑みを浮かべるが、よく見ると足が震えている。気丈に振る舞ってはいるものの、相当な恐怖を感じたようだ。

 

 私は、彼女にそんな思いをさせた犯人が許せなかった。


   ◇◇◇


 残念なことに、不審者に声をかけられたのはマリアだけじゃなかった。

 被害者は今日だけで五人。皆、かわいい子ばかりだ。ただし一年生や三年生もいる。


 やはり原因は、お母さんがSNSに載せたあの写真だろう。

 昼休みにスマホで確認したところ、例の写真はあの掲示板以外に転載されていた。その過程であやまった情報も拡散され、他学年の生徒にまで被害が及ぶこととなった。


 一緒に昼食をとった際に確認したら、桃ちゃんも不審な男に遭遇したらしい。


「あんなの全然大したことないですよー。睨んだら悲鳴を上げて逃げていきましたし」

 

 なんてことのない風に語っているけど、本心はわからない。ただでさえ桃ちゃんは男嫌いなのに、トラウマになっていなければいいけど。


「双葉の顔はおっかないからなあ」


 教室の入口から、ひょっこりと巴君が顔を出す。


「げっ。なんでてめえがわたしの教室にいるんだよ」


「そりゃあセンパイがいるからに決まってんだろうが」


 巴君は空いている席からイスを拝借すると、私の隣に座った。桃ちゃんが明らかに嫌そうな顔をしているが、全く気にしていない。


「センパイは大丈夫ですか? よければおれ、登下校に付き添いますけど」


「大丈夫、私はいつも車だから」


 口にした瞬間、自己嫌悪に陥る。


 今回の件は、学校中に迷惑をかけている。それなのに、原因を作った私は安全な場所にいるのだ。それがひどく申し訳ない。


 その後、一週間たっても生徒たちへのつきまといは絶えることがなかった。


 どうやら不審者は一人だけじゃないらしい。基本的には声をかけてくるだけだが、中にはマリアが遭遇した男みたいに触れてきたり、写真を撮ろうとする輩もいたそうだ。


 しまいには、門を乗り越えて校内へ侵入しようとする者まで現れた。


 学校は保護者への注意を呼びかけている他、警察へも相談しているようだが、騒ぎが治まる気配はない。


 そして――


『ほら、あの子でしょ? 須合あやめの娘』


『え、ほんとに? うっわ、地味ぃ。須合あやめのファンは、アレをわざわざ探し回っているわけ?』


『ねぇ。うちらまで巻き込まれるなんて、マジ最悪。勘弁してほしいんだけど』


「……」


 ここ最近の私は、見ず知らずの生徒たちからも冷ややかな視線を向けられている。学校でこんなにも居心地の悪さを感じたのは、初めてのことだった。


 ……早く解決してほしいなあ。

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