第36話 文化祭編④ お母さん登場!
「お母さん……」
私は呆然としながら呟く。
突如現れた謎の美女。その正体は私のお母さん、国民的大女優の須合あやめだった。
「どうしてお母さんがここに?」
緊張のあまり、喉がカラカラに乾いてしまっている。滅多に家へ帰ってこないこともあり、私との遺伝子のつながりを全く感じさせない美貌は、いつまでたっても見慣れない。
実の娘ですらこれなのだから、一般人の受けた衝撃はそれ以上だろう。彼らは皆、魂が抜かれたような表情で立ち尽くしている。
これが、本物の芸能人のオーラか……。
「だって、ママもいろはちゃんの学校の文化祭を見たかったんだもの。お仕事忙しかったけど、無理を言ってここまで来ちゃった」
「それなら事前に連絡してよ。いきなり登場したらびっくりするでしょ」
「いろはちゃんの驚く顔が見たかったのよ。いろはちゃんもママに会えてうれしいでしょ?」
正直あんまりうれしくない。危うく心臓が止まりかけたし。
とはいえ、角を立てないよう、頷いておく。
『おい。今、ママって言ったか?』
『言ったな』
女優・須合あやめの口から「ママ」という俗っぽい単語が飛び出したことで、周囲の人々が再びどよめき始めた。お母さんはどちらかというとクールな役どころが多いため、彼らの動揺もよくわかる。
皆が芸能人という存在に恐れをなしている中、空気を読まない巴君が、一歩前に進み出た。
「初めましてお義母さん。僕はいろはセンパイの彼氏です。センパイにはいつもお世話になっています」
「こらー!!」
なんてこと言うの!?
全く、油断も隙も無い。
焦る私とは対照的に、お母さんは口元を押さえ、あらあらうふふ、とのんきに微笑んでいる。
嘘だとわかっているのか心配だったので、巴君を小突いて訂正させた。
「すみません、今のは冗談です。僕はセンパイの後輩で、友人の巴です」
うわあ、巴君目が笑っていない! 怖い!
しかし、キレた元不良を容赦なく押しのける猛者がいた。桃ちゃんである。
「こんにちは。いろは先輩の親友の双葉でーす」
今日の彼女は余所行きモードだ。はにかむような笑顔と舌足らずな声。上目遣いでお母さんを見上げる姿は、小動物のように愛らしい。
女の人に対しては愛想いいんだよなあ、この子。
「……」
「……」
巴君と桃ちゃんは、そのままバチバチと火花を散らす。私を挟んで睨み合うのはやめてくれないかな……。
「ちょっと待ったー!」
『!?』
なんと、第三の勢力が現れた。
振り返ると、太陽の光で目がくらむ。逆光の中に浮かび上がったシルエットは、一人の女装メイド――そう、市之瀬君だ。この時間は呼び込みの最中だったと思うが……。
市之瀬君は看板を脇に抱え、堂々たる歩みでこちらに近づいてくる。コスプレ男子高校生が歩いているだけなのに、なぜか映画のワンシーンのような迫力があった。
お母さんの目の前にたどり着いた市之瀬君は、右手を差し出しながら自己紹介をした。
「初めまして。神崎さんの『大』親友の市之瀬です」
……。
もしかしてあの二人と張り合っている!?
私はぎょっとして市之瀬君の顔を見る。
しかし、彼が浮かべていたのは満面の笑み。本気なのかふざけているのか、私には判別がつかない。
一方、女装メイドという不審者が娘の友人を名乗っているというのに、お母さんは全く動じていなかった。市之瀬君の手を取ると、クスリと笑みをこぼす。
「いろはちゃんったら、この一年でお友達がたくさんできたのねえ」
「友達……」
それは、これまで私の人生に全く縁のなかった言葉。
マリアのことは、胸を張って友達だと言える。向こうから友達になって、と申し込んできたからだ。
だけど、市之瀬君、巴君、桃ちゃん。この三人を友達と呼んでいいのか、いまだに不安になる。
彼らは皆、私のことを友達だと言ってくれた。
けれども、それは本心から出た言葉だろうか。お母さんの前だから、気を遣ってくれたのでは?
私はまだ、自分に自信が持てない。
◇◇◇
その後、少しだけお母さんに学校の中を案内した。
五歳から芸能活動をしていたお母さんは、学校行事にはほとんど縁がなかったらしい。青春を取り戻すかのように、無邪気にはしゃいでいた。
校内はだいたい回ったので、次は外の屋台へ向かう。
すると、昇降口にて、お母さんのマネージャーである沢田さんが待ち構えていた。
「須合さん、そろそろ時間です。あと十分で出発しますよ」
スーツをピシッと着こなした、いかにも仕事のできる男、といった雰囲気の沢田さん。安井とは大違いだ。
「え~。もうちょっと見たかったのにぃ。ダメ?」
「ダメです」
お母さんはまるで子どもみたいに頬を膨らませた。少し恥ずかしい。
「そうだ、いろはちゃん。最後にママと写真を撮らない?」
「えぇ? いきなり何を言い出すの」
露骨に嫌そうな声を出してしまった。
なぜ私は写真を撮られるのが嫌いなのか――それはもちろん、写りが悪いから。ただでさえイマイチな私の顔が、数割増しでひどく見えるのだ。
そんなわけだから、美人なお母さんと一緒に撮るのは余計に嫌だ。
しかし、お母さんは引き下がってくれない。胸の前で両手を合わせ、潤んだ瞳で見つめてくる。
「せっかくここまで来たんだもの、何か記念に残したいのよ。一生のお願い、ね?」
「……」
まあ、仕事で忙しい中来てくれたのは本当のことだからなあ……。
私はため息をつきながらも頷いた。
「わかった、一枚だけね」
『青雲祭』の看板の下に二人で並ぶ。撮影は沢田さんがしてくれた。
案の定、写真の仕上がりは残念なものだった。
満面の笑みを浮かべるお母さんとは対照的に、私の表情は固い。とてもじゃないが親子の写真には見えなかった。芸能人とファン、といったところか。
「よく撮れているわねえ。この写真、SNSにあげてもいい?」
「……」
よくいるよね、自分の写りしか気にしない人。いや、お母さんに悪気はないと思うけど。
「別にいいけど、ちゃんと私の顔は隠してよね。特定されたら困るから」
「わかってるって。いろはちゃんは心配性ねぇ」
安心して、と言わんばかりに胸を叩くお母さん。だが、彼女は過去に何回かやらかしている。
うーん、本当に大丈夫かなあ。




