第35話 文化祭編③ モテ期到来!?
「やっぱりマリア様かっこよすぎます……!」
体育館のステージ発表からの帰り道。
胸に両手を当て、感極まった様子で桃ちゃんが呟く。目にはうっすら涙が浮かんでいた。
「ちゃんと前を見て歩かないと危ないよ」
「はぁい」
三人で並んで歩く。私が真ん中で、左隣に巴君、右隣に桃ちゃん。
最近知ったことだが、私は一年生の間で猛獣使いと呼ばれているらしい。薄々気づいてはいたが、この二人はかなりの問題児だ。
そして、このでこぼこ三人組が連れ立って見に行ったのが、マリアのクラスの劇だった。演目はシンデレラ。
「マリア様の活躍を特等席で見れただけでなく、一緒に写真まで撮れるなんて……わたし、今日死んでも悔いはありません」
桃ちゃんの反対側を歩く巴君が、大げさだな、と言いたげな顔をする。けれども口には出さなかった。それが賢い選択だと思う。
それに、今日の私は桃ちゃんの意見に激しく共感している。
「まさか王子様とはね」
てっきりシンデレラ役とばかり思っていたマリアが王子様として登場し、私たちは度肝を抜かれてしまった。配役はギリギリまで伏せられていたのだ。
『ふふ、びっくりした?』
劇の終了後、ステージ裏まで会いに行った私たちに、マリアはいたずらっぽく笑いかけた。
長身で切れ長の瞳が印象的な彼女には、男装もよく似合う。下手な男子よりもよほど王子様らしかった。
「センパイ、LIMEですか?」
「うん、ちょっとね」
相手は市之瀬君だ。今は小休憩中のはず。
マリアが劇で王子様役をやっていたと伝えたところ、すぐに『写真を送ってくれ』と返信があった。
今日の市之瀬君が、メイド服を着て集客していることを思い出す。
片方は女装で、もう片方は男装。相変わらず気の合う二人だ。
――やっぱり、市之瀬君もマリアの舞台を見たかったよね。
仕事、変わってあげればよかったかなあ。
◇◇◇
校内を歩いていると、偶然1年D組の前を通りかかった。
「センパイ、お化け屋敷入りませんか」
巴君が私の袖を引く。彼の魂胆は見え見えだ。
「いいけど、私そんなに怖がらないと思うよ」
「じゃあやめます」
途端に興味を失い、そっぽを向く巴君。なんという変わり身の早さ。
「ここ、桃ちゃんのクラスだよね。準備期間中にチラッと見えたけど、お化けのクオリティがすごく高かった」
市之瀬君が見たら気絶するんじゃないだろうか。
私が褒めると、桃ちゃんがえへん、と得意げな笑みで胸を張った。
「さすが先輩、お目が高い。実はあれ、全部わたしが作ったんですよ」
「そうだったの!?」
お化け全員分、ということはかなりの量があるよね。桃ちゃん、手芸も得意なんだ。すごいなあ。
「そんな忙しい中、私の手伝いもしてくれたなんて。ほんとありがとね」
「気にしないでください。わたし、お菓子作り大好きなんです。それに、いろは先輩のおうちにお邪魔できてラッキーでした」
料理とか手芸が得意、って聞くと女の子らしい感じがするよね。
私も何か一つ、これだけは誰にも負けないという特技がほしいなあ。それが何かはまだわからないけれど。
「……うん? は? おい待て。双葉お前、センパイの家に行ったのか!?」
巴君が、聞き捨てならない、といった様子で反応する。
「抜け駆けとはいい度胸してんな」
「ふーんだ。お前なんかと違って、わたしと先輩は仲良しなんですぅ」
「んだと! ……センパイの家はどんな感じだった?」
「教えてあげませーん」
「くそが!」
桃ちゃんは私の腕に抱きつくと、巴君に向かって舌を出した。
一方の巴君は、恨めしげな視線を私に向ける。捨てられた子犬のような目だ。
「センパイ……」
「わかったわかった。機会があればそのうち、ね」
う-ん、これはモテ期到来……モテ期かこれ? あまりうれしくないのはなぜだろう。
「そういえば、この前から少し気になっていたんですけど。先輩のおうち、玄関に絵が飾ってありますよね」
「え? あ、ああ。あれね」
うそでしょ。まさか見られていたなんて。
「なんかやたらと派手でわたしにはちょっと理解できなかったんですけど、もしかして有名な画家の作品だったりしますか?」
「いや、あれは――ん?」
突然、校内の雰囲気が一変した。
どよめくような声とともに、皆の視線がある方向に吸い寄せられる。
モーセが海を割るがごとく、人々が道を開けていく。そこから一人の女性が姿を現した。
サングラスをしているため、顔はよく見えない。しかし、その場にいた誰もが、固唾を吞んで彼女の動向を見守っていた。
もちろん、私も例に漏れない。
まず注目してしまうのは、スタイルの良さだ。
背が高く、手足もすらりと長い。ウエストはギュッと引き締まっているけれど、出るところはしっかり出て、女性らしい体の丸みも両立している。
しかも、とにかく肌が綺麗。もちろんメイクもしているだろうが、穴が空くほどに凝視しても、シミやニキビが一つも見当たらない。
そして色白。襟元や裾からのぞく肌の白さには、なまめかしさすら感じてしまう。
彼女が歩くたび、ボリュームのある黒髪がふわりと揺れる。ゆるくウェーブがかかっているそれは、天使の輪ができるほどに艶々と輝いていた。
ヒールの音を響かせながら、彼女はランウェイのごとく廊下を闊歩する。周囲の有象無象は色を失い、私の視界から姿を消していく。
やがて、謎の美女は私の前で立ち止まる。サングラスを取ると、彼女は優雅に微笑んだ。
「久しぶりね、いろはちゃん」




