第34話 文化祭編② 妄想と現実
「神崎さん、次は三番テーブルのお客さんお願い!」
「はーい」
文化祭当日。
ペンとメモ帳を片手に、私は忙しなく教室内を動き回っていた。
うーん、思っていた以上にお客さんが多い。昨日家庭科室でクッキーを大量に焼いたけど、この調子だと足りないかもしれないなあ。
通りすがりにテーブルの上を確認する。
「……」
調理担当は他にもいるが、私が作ったクッキーはすぐにわかる。他の人と比べると、明らかに形が悪いのだ。これではせっかく練習に付き合ってくれた桃ちゃんに申し訳ない。
気を取り直して三番テーブルに向かう。
接客はなるべく大きな声で、明るくはきはきと。こういうのは苦手だけど、たった一日の辛抱だ。
「お待たせしました! ご注文をお伺いします」
「クッキーと紅茶のセットを一つ。それからスマイルをお願いします」
「スマイルぅ?」
私はお客さんの顔をまじまじと見つめる。
今時そんな、セクハラみたいなことを言うやつがいるなんて――って、よく見たらこいつ安井だ!
安井はにこにこしながらスマホを構えている。
「帰れ」
「ちょっと神崎さん!?」
ドスの効いた声を出したら、クラスメイトに怒られてしまった。
くそっ、安井にスマイルをくれてやるしかないのか……嫌だなあ、写真撮られるの。
「……」
私がひきつった笑みを浮かべると、安井は満足げな表情でシャッターを切った。おそらくはお父さんに送る用だろう。
今日の私の服装は、皆とおそろいのクラスTシャツにエプロン、そして頭には三角巾。写真に収めても何も面白くないと思うんだけどなあ。
「お嬢様、服装は関係ありません。親というものは、我が子が頑張っている姿を見られれば満足なんです」
こいつ、とうとう私の思考を読み始めた!
「そういえば、ここへ来る途中に市之瀬君を見ましたよ。なんか面白い恰好をしていましたね」
「あー、安井も見たんだ」
一部のクラスメイトの悪ノリで、集客担当の男子は女装して校内を練り歩くことになっていた。
メイド服を着た市之瀬君の姿を思い出す。嫌がる人も多い中、彼はやけに楽しそうだった。
ただし、どうしてもごつさは消えない。風船の時も感じたけど、やっぱり彼は男の子なんだよね。
「神崎さん、交代するよ」
「あ、うん。お願い」
休憩から戻ってきたクラスメイトに声をかけられる。この後はほぼ自由時間だ。
「お嬢様、自由時間に一緒に回る相手はいますか? よろしければ安井が付き添いますけど」
「いるけど! 失礼ね」
安井の目に映る私は、そんなに友達がいなさそうに見えるのだろうか。
◇◇◇
――まあ、いないんだけどね。
更衣室兼荷物置き場として使用されている教室で、私は暇を持て余していた。
イスに座り、ぶらぶらと足を揺らす。
時計を見ると、12時になったばかりだ。あと四時間もある。
「うーん、虚無」
最初はスマホをいじっていたが、一時間ほどで飽きてしまった。去年はどうやって過ごしていたっけ。
ふと、スカートのポケットから何かが落ちる。拾い上げると、それは文化祭のシフト表だった。
「……」
そういえば、これが配られた時、市之瀬君が気になることを言っていたな。
『神崎とは休憩がかぶらないな』
その時の彼の声があまりにも残念そうだったから、私は困惑してしまった。
――私と一緒に文化祭を回りたかった、ってこと?
『市之瀬君はマリアと回るんじゃないの?』
尋ねると、市之瀬君は目を丸くする。
『俺が、マリアと? なんで?』
純粋な瞳で疑問をぶつけてくるものだから、私は余計に混乱したのだ。
市之瀬君はいつもマリアと一緒にいるから、たまには別行動したいのだろう――あの時の私は、そう考えて自分を納得させていた。
だが、もしかすると、彼には別の意図があったのかもしれない。
――もっと私と仲良くなりたい、とか?
頭の中に浮かんだ馬鹿げた妄想を、首をぶんぶん振って打ち消す。
相手はあの市之瀬君だぞ?
才能があって、見た目もかっこよくて、おまけに優しい。そんな相手が私と仲良くなりたいだなんて……うぬぼれるのも大概にしなければ。
その時、教室のドアがノックされた。
「はいどうぞ」
返事をするとすぐにドアが開け放たれ、桃ちゃんが飛び込んできた。
桃ちゃんは私に腕を絡ませ、甘えた声を出す。
「せんぱぁい。文化祭、一緒に回りませんか?」
「おい、抜け駆けするなよ。おれが先に声をかけようと思ったんだ」
外には巴君の姿もある。
「ふーんだ、早い者勝ちでーす」
桃ちゃんが巴君に向けてあっかんべえをする。そのまま二人は言い争いを始めた。
いつも通りの光景に、孤独が和らいでいくのを感じる。
「こらこら、二人とも喧嘩しちゃダメだよ。三人で行こうね」
口ではたしなめつつも、つい頬が緩んでしまう。
まずは目の前にいる人たちを大事にしないとね。




