第32話 陸上部・新部長の力
夏休みも終わり九月となった。
月曜日。学校に行くと、巴君が私の教室にすっ飛んできた。
「センパイ、センパイ! おれの活躍、見てくれましたか!?」
「うん、見た! すごかったね」
感想はLIMEでも伝えていたが、直接私の口から聞きたかったのだろう。
昨日、市内の運動公園で陸上競技会が開催され、そこに我が校の陸上部も出場した。
実は体育祭の後、巴君は陸上部に入部していたのだ。専門はマリアと同じ走高跳。
彼はあまりスポーツで汗を流すタイプには見えなかったので、私としては意外だった。
本人曰く、
「聖先輩があまりにも熱心に勧誘してくるんで、もしかしたらおれって才能あるのかも? って思ったんですよね。あと、双葉が鬼のような形相で睨みつけてきて、若干命の危機を感じました」
とのこと。たぶん後者の理由の方が大きいと思う。
初出場にもかかわらず、巴君は入賞していた。これからもっと伸びるんじゃないかな。
「頑張ってるみたいだね」
「まあ、これくらい普通っすよ」
へらへらと笑みを浮かべる巴君。まんざらでもなさそうだ。
「巴君のあのフォーム、マリアに教えてもらったの?」
「……」
私の何気ない疑問に、巴君は苦虫を嚙み潰したような顔になった。顔を近づけ、そっと耳打ちしてくる。
「……ねえ、センパイ。聖先輩って、本当に『マリア様』なんて呼ばれているんですか? マジおっかないんすけど」
「おっかない? マリアが?」
「あら、巴君。無駄口を叩く余裕があるのなら、もっと練習メニューを増やそうかしら」
噂をすればなんとやら。巴君の背後からマリアが現れる。
「ひえっ、地獄耳……カンベンしてくださいよー」
元不良の巴君を震えあがらせるなんて、そんなにマリアはスパルタなのか。
少し前に三年生が引退して、マリアは陸上部の新しい部長に就任した。人望や実力を考えれば当然の結果だが、聖母の笑みで部員をバシバシしごく姿は想像つかない。
「ストイックなところもマリア様の魅力ですよね」
桃ちゃんの声も聞こえてくる。わたしはすべてわかっています、とでも言いたげな顔で腕組みをしていた。
……うーん。普段一緒にいる友達でも、よく知らない一面ってあるんだなあ。
「そういえば、昨日は珍しく清隆も来ていたわね。いろはも会ったんでしょう?」
「えっ。あ、うん」
突然市之瀬君の名前が出てきて、私の心臓は大きく跳ねる。
確かに、私は彼に会った。
おまけに――
◇◇◇
巴君とマリアの出番が終わった後。
ぼーっと競技を眺めていると、後ろから肩を叩かれた。
「よっ、神崎」
「……市之瀬君?」
私は思わず目をこすった。
「そんなまさか、市之瀬君がここにいるはずは……えっ、もしかして幻? 私、とうとう幻覚を見るように……」
「神崎はおもしろいことを言うなあ。俺は本物の市之瀬だよ」
「……なんてこと」
くっ。彼がここに来ると知っていれば、もう少し服装に気を遣ったというのに!
いや、向こうは制服だし、気にしないとは思うんだけどさ。私の気持ち的に、ね。
「市之瀬君もマリアの応援に?」
「あ……まあ、うん。そんなところだ」
今、ちょっと微妙な間があったな。
「……神崎が見に行くって話していたからな」
「何か言った?」
「なんでもない――それより、もうお昼過ぎだけど、神崎はまだ見ていくのか?」
「うーん、そうだなあ。他に知っている人もいないし、そろそろ帰ろうかな」
私が言うと、市之瀬君はきょろきょろとあたりを見渡した。
「あれ、今日は安井さんがいないな」
「お休みの日なんだよね。行きは車出してくれたけど」
「ふーん。じゃあ、帰りは一人か」
市之瀬君はグッと拳を握りしめる。
「よし、俺が途中まで送っていくよ」
「えっ」
「せっかくだから、昼食も一緒にどうだ?」
「うえぇぇっ!?」
市之瀬君の前で間抜け面を晒してしまった。
一緒に帰る? おまけに食事?
信じられない。私、今日死ぬのかな?
その後に食べたごはんの味は、何一つ覚えていなかった。
◇◇◇
「清隆ったら、わざわざ私に報告してくるのよ。どこに行った、とか何を食べた、とか。ファミレスのオムライスの写真を送り付けられても、反応に困るのよねえ」
市之瀬君ってば、わざわざマリアに報告しているんだ!?
この前はあんなこと言っていたけど、やっぱり私の動向を監視しているんだ!
……そりゃあ彼女としては、自分の恋人が異性と食事に行ったら心配になるよねえ。
マリアは穏やかに微笑んでいるが、内心ははらわたが煮えくり返っているんじゃなかろうか。
「どう、楽しかった?」
ひいぃぃ……!! そんな目で見ないで! 本当に、食事しただけなんです!
ちなみに、楽しかったです。何話したのか全然覚えていないけど。
「おれのセンパイとデート、だと……? あの野郎、生かしちゃおけねえ」
冷戦状態の私たちをよそに、巴君は青い顔で震えていた。なんか物騒なことを言っているし、余計な単語を出してマリアを刺激するのはやめてほしい。
巴君は意を決したように顔を上げると、私の手を取った。
「センパイ。おれとも一緒に帰りましょう。なんでも好きなものおごりますから!」
「後輩におごられたくはないよ。それに、巴君は部活があるでしょ」
「そんなの休みますから!!」
「……へえ」
マリアが、ガッと巴君の肩を掴む。指先が白くなるほどの強い力だ。
「ダメに決まっているでしょう?」
「……はい。すみませんでした」
あの巴君が素直にあやまるなんて!
さすがマリア、と言うべきか。




