第30話 水族館編④ まさかのプレゼント
「あれ、安井は?」
いつの間にか安井の姿が消えていた。
ただでさえ夏休みで人出が多いのに、迷子になられては困る。
あたりを見渡していると、
――カランカラン
と、背後からベルの音が聞こえてくる。
振り返るとそこにはシャチくじのコーナーがあり、安井が景品を受け取っていた。
「見てください、お嬢様! 一等ですよ、一等!」
嬉々とした表情で戻ってきた安井が、私にぬいぐるみを見せびらかしてくる。
一等のシャチは、彼の体が半分隠れてしまうほどに大きかった。
「どうぞ、お嬢様。わたくしだと思ってかわいがってくださいね」
「嫌だよ! というか、自分のじゃなくて私の分なの?」
「はい。だってお嬢様、ぬいぐるみがお好きでしょう?」
「いつの時代の話!?」
たぶん両親から得た情報だろうけど……私はもう、ぬいぐるみがないと眠れないような、小さな子どもではないのだ。
「そうだお嬢様、わたくしお手洗いに行って参ります。その間、この子を持っていてください」
「えっ? あ、こら安井!」
半ば強引にぬいぐるみを押し付けてくると、安井は私の返事も待たずに走り去っていく。相変わらずフリーダムな男だ。
「あ、それじゃあ私も行ってくるわ」
続いてマリアもいなくなり、後には私と市之瀬君だけが取り残された。
「……」
トイレが混雑しているのか、二人はなかなか戻ってこない。
待っている間、私はかなり人目を引いていた。やはり一等は珍しいのだろう。腕に抱えたぬいぐるみは、ずっしりと重たい。
「もう、どうするのよこれ……困るよ、こんな大きいの」
「神崎は小さいぬいぐるみの方が好きか?」
今まで静かだった市之瀬君が、急に声をかけてくる。
「ああ……まあ、大きいよりは」
先程から感じていたことだが、学校では普通に話せていたはずなのに、どうしてこんなに緊張してしまうのだろう。
私の返答を聞いた市之瀬君は、閃いた、とばかりに手を打った。
「なるほど。よし、待っていろ神崎。俺が小さいシャチを手に入れてきてやる!」
「え、いいよ別に――ちょっと市之瀬君!?」
数分後。
――カランカラン
本日二度目のベルの音が聞こえてくる。
一等のシャチを抱えた市之瀬君は、意気消沈とした様子で帰ってきた。
「すまない、神崎。俺のくじ運がいいばっかりに……」
「いや、あやまらなくてもいいんだけど……」
「約束は果たせなかったが、これはお前にやるよ。どうか受け取ってくれ」
市之瀬君は私にシャチのぬいぐるみを差し出す。
「えぇ……? そんな、気持ちだけで十分だよ」
というか、一個でも持て余しているのに、これ以上増えたら困る。
でも、私が断ったら市之瀬君は悲しむだろう。彼の太陽みたいな笑顔が私のせいで陰るなんて、許せない。
「……わかった、もらうよ」
「そうか、よかった!」
私が頷くと、市之瀬君はパッと顔を輝かせた。きっとこれが正解の対応だ。
「あ、そうだ。安井さんの分と区別がつかなくなっては困るな」
市之瀬君は制服の胸ポケットから油性ペン(なんで持っているんだ)を取り出すと、ぬいぐるみの布タグに「いちのせ」と書き込んだ。
「これでよし、と。はい、どうぞ」
「あ、ありがとう」
二体目のシャチを受け取ると、完全に前が見えなくなった。
「ごめんなさい、待たせちゃったわね」
「安井、ただいま戻りました――あれ、お嬢様はいずこに?」
ちょうど安井たちが戻ってきたようだ。
「安井。悪いけど、一回荷物を車に置いてこようか」
……このシャチ二匹、どこに飾ろうかなぁ。




