第28話 水族館編② 市之瀬君、おそろしい子!
水族館ダブルデート当日。
約束の時間が迫っているというのに、服装が決まらないせいで私はパニックに陥っていた。
「どうしよう、どうしよう!」
鏡の前で服を合わせつつ、あーでもないこーでもない、と組み合わせを試行錯誤する。クローゼットをひっくり返したせいで、室内は足の踏み場もなくなっていた。
部屋の外から、安井が急かすように声をかけてくる。
「お嬢様、もうすぐ出発の時間ですよ。今日着る服は一週間も前から決めていたじゃないですか」
「だって、いざ来てみたらしっくりこないんだもん」
あ、よく見たら寝ぐせがある。もう、こんな日に限って!
「ダサい恰好じゃ、あの二人の前に立てないよぉ」
「先日奥様からプレゼントされた服はどうですか?」
「えっ、あれぇ?」
お母さんは、最近はちゃんと私のサイズに合う服を送ってくれる。相変わらず、フリフリヒラヒラなデザインのものばかりではあるが。
「あれを着るのはなんだか恥ずかしいっていうか……」
「そんなこと言っている場合ですか。このままだと車じゃなくてヘリコプターで登場する羽目になりますよ」
「それは嫌!」
「でしょう?」
くっ……背に腹は代えられない、か。
◇◇◇
その後、急いで髪のセットをしたり、駐車場に入る車の渋滞に巻き込まれたりしたせいで、到着は約束の時間ギリギリになってしまった。
待ち合わせ場所は水族館の入口前にある広場。手入れの行き届いた花壇とイルカの噴水が美しい、有名なフォトスポットだ。
夏休みに入ったせいか普段よりもお客さんが多い。きょろきょろと二人の姿を探していると、名前を呼ばれた。
「あ、お待たせ――」
声がした方へ視線を向けた瞬間、私は愕然とする。
「神崎!? どうして地面に手をついて落ち込んでいるんだ!?」
え、なんで二人とも制服なの? 休日だよ? 夏休みだよ?
私が恥を忍んでフリフリ少女趣味ワンピースを着てきたというのに……。
「大丈夫か? 服が汚れるぞ」
市之瀬君の言葉で私は冷静さを取り戻す。そうだ、この服は今日下ろしたばかりだ。
彼は手を差し伸べれくれたが、丁重にお断りし、自分の力で立ち上がった。
「あらやだ、私としたことが。取り乱してしまってごめんなさい」
失態をごまかすように、おほほ、とお嬢様っぽく笑う。中身が伴っていないのであれば、せめて言葉遣いくらいは気をつけなければ。……市之瀬君とマリアの、心配そうな視線が痛い。
ここは話題を変えよう。
「市之瀬君、補修にならなくてよかったね」
「まあな」
市之瀬君は親指を立て、ニカッと笑う。つい先日まで勉強のし過ぎでグロッキーになっていた彼だが、今ではすっかり元気を取り戻していた。
彼が自慢げに話してくれたところによると、追試は全教科満点だったそうだ。最初からそれくらい頑張ってほしい。
「それじゃあ、そろそろ行きましょうか」
マリアの号令でチケット売り場へと向かう。前に市之瀬君とマリア、その後ろを私と安井がついていく形だ。
「そうだ、神崎」
市之瀬君が振り返る。彼は歩く速度を落として私の右隣に並ぶと、耳元で囁いた。
「その服、よく似合っているな」
それだけ告げると、彼はマリアの元に戻っていく。
「――」
あまりにも突然の出来事に、私はその場に立ち尽くした。
「な……な、なな、な……」
右耳に手を当てると、燃えるように熱い。そこを中心として、顔全体に熱が広がっていくのを感じた。
震えて動けない私の横で、安井は感心した様子でうんうんと頷いている。
「フフフ……さすが奥様。世の男の心をがっちり掴む、素晴らしいセンスですね。さあさあお嬢様、浮かれるのはわかりますけど、早くしないと置いていかれますよ?」
「安井は黙ってて!」
どうやら市之瀬君は、天然のたらしのようだ。
サラッとあんなことが言えるなんて、恐ろしい子……!




