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第26話 安井の秘密?

「お嬢様、寝る前のミルクティーですよ――」


 部屋に入ってきた安井の声が、消え入るように小さくなる。


 私は現在、期末テストの勉強をしているところだった。

いつまでも体育祭気分ではいられない。試験の日まであと一週間を切っている。


「お、お嬢様がテスト勉強を……? いつもはそんなの無駄だと言って、あきらめたようにスマホをいじっていたのに……もしやこれは、天変地異の前触れ!?」


「ちょっと、失礼じゃない」


 安井のせいですっかり気が散ってしまった。まあ、そろそろ休憩にしてもいいだろう。

 砂糖多めのミルクティーが、疲れた体にしみわたる。


「うわぁ。冗談のつもりだったのに、ガチで勉強しているじゃないですか。どういった心境の変化ですか?」


 机の上に広げていたノートをのぞき込んだ安井が、驚きの声を上げる。私が勉強するのはそんなにおかしいことだろうか。


「私だって、そろそろ将来が心配になってくる頃だもの。それに、市之瀬君に勉強を教えてあげたいし」

 

 うっかり市之瀬君の名前を出してしまった。慌てて口を押さたが、もう遅い。


「おやおやおや……」


「ちょっと、何その目は!!」


 安井は目を三日月のように細め、ニヤニヤと私を観察している。腹立つ顔だなあ。


「その後、市之瀬君との仲は進展しましたか?」


「やめてよ、そういうんじゃないから――私はただ、市之瀬君のそばにいても恥ずかしくないよう、もう少し自分を磨きたくなっただけ。市之瀬君は才能があって、かっこよくて、一緒にいて楽しい人だから」

 

 安井は理解できない、といった風に首をかしげる。


「市之瀬君と一緒にいると楽しい……? 解せませんねえ。それを言うなら、わたくしの方がよほどおもしれー男じゃないですか」


 え、そこ貼り合うところ? 


「だって、安井はわざと変人っぽく振る舞っているじゃない。市之瀬君は天然のおもしれー男なの」


「……」

 

 見抜かれたのが意外だったのか、安井は目を丸くした。そのまま黙り込んでしまう。

 

 しばらくたってから、彼はフッと不適に笑った。


「……バレてしまっては仕方ありませんね。見事わたくしの秘密を暴いたお嬢様には、特別に、ト・ク・ベ・ツに、わたくしの過去をお話しいたしましょう」


「いや、結構です。なんか長そうだし」


「発端は、わたくしの子どもの頃にさかのぼります」


「聞けよ」


「わたくしは昔から、人を笑わせることが好きな子どもでした――」


 安井はどうしても過去を語りたいらしい。

 ……仕方ない、少しくらいは聞いてやるか。


「両親や祖父母、友達や教師。皆がわたくしのことを面白いと言ってくれました。自分の力で誰かを笑顔にできる。幼いわたくしにとって、それは何よりもうれしいことでした」


「うん」


「こうして調子に乗ったわたくしは、高校生の時、文化祭で漫才を披露しました。一人で、です。まだ青かったわたくしは、自分の笑いで天下を取ってやる、と本気で思っていたんです――」


 ……嫌な予感がするな。


「そして迎えた文化祭本番。わたくしは盛大にスベりました。それはもう、見事なスベりっぷりでして……あの時のシンとした空気は、今でも鮮明に思い出すことができます。まだ夏の暑さが残っていた時期だというのに、会場は極寒のごとく冷え切っておりました」


「うわぁ……」


 想像しただけでぞっとする。これが共感性羞恥というものだろうか。


「今思うと、わたくしのギャグで笑ってくれたのは身内ばかりでした。わたくしは井の中の蛙だったのです。屈辱の中でわたくしは決意しました。このままでは終わらない。いつか絶対ビッグになって故郷に戻る、と――以上が安井の過去になります」


「えっ。それで終わり?」


「はい、終わりです」


 気になるのはむしろその後の方なんだけど。面白さを追い求めていた男が、どうして執事になったのか?


 しかも、わりとありふれた過去た。確かに何年たっても引きずりそうな出来事ではあるが、その程度のエピソードなら誰にだってあると思う。


 ……いや、待てよ。安井が真実を言っているとは限らない。つかみどころのない彼のことだ、今語ったことが完全にでたらめという可能性もある。

 

 安井の発言の真偽について考えていたら、それ以降全く勉強に集中できなくなってしまった。

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