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第22話 体育祭編④ 家庭の味(偽)

 体育祭の午前の部が終了した。


 安井の元へ行くと、彼は魔法瓶のお湯で紅茶を淹れているところだった。

 先程床に転がっていたパラソルがテーブルに設置され、カフェのテラス席のようなスペースになっている。


「お疲れ様です、お嬢様。先程お弁当が届きましたよ」


 今日のお弁当は、通いの家政婦さんが腕によりをかけて作ってくれたものだ。


「うわぁ、おいしそう!」


 蓋を開けた途端、思わずはしゃいだ声を出してしまう。


 おにぎりやサンドウィッチ、唐揚げやたこさんウインナーといった定番の品はもちろんのこと、エビチリやシュウマイ、野菜ロールなども入っている。

 一番うれしいのは、卵焼きに海苔とチーズが入っていることだった。さすが、私の好みをよくわかっている。

 盛り付けもオードブルのように綺麗だ。

 ただ、問題は――


「……多くない?」


 明らかに二人分の量ではない、ということだ。おそらくは五人前くらいだろうか。


「いやあ、ちょっと多すぎましたかねえ。残ったら夕飯に流用しようかと思ってたんですけど」


「限度があるでしょ。こういうの、フードロスって言うんだよ」

 

 今の内になるべく片づけてしまおうと苦戦していると、すぐ近くを巴君が通りがかった。

 とぼとぼと観客席を出ようとする姿から察するに、両親が来ているか確認していたのかも。


 これ幸い、と私は声をかけた。


「巴君も手伝ってくれない? 私たちだけじゃ食べきれないんだよね」


「いいんですか?」

 

 大量の料理を見た巴君は、キラキラと目を輝かせた。ここは食べ盛りの男子高校生にお任せしよう。


「うめぇ……」


 巴君は一口一口を噛みしめるように、けれどもものすごい勢いでおかずを平らげていく。


「これが、家庭の味……! おれ、手作りのお弁当にずっと憧れていたんです」


 感動しているところ非常に申し訳ないが、このお弁当も家庭の味とは言い難い。


 うーん、神崎家の家庭の味って、どんなものだろう。

 お父さんは意外と料理できそうだけど、お母さんは全然できないと思う。


 食べながら、巴君がぽつりとつぶやく。


「……おれの親、一度も学校行事に来てくれたことがないんですよね。今日だって、少しは期待していたんすけど」


「巴君……」


 ……彼はきっと、寂しいのだろう。

 親から放置され、周囲からも孤立して。

 だから誰かに自分の存在を見つけてもらいたくて、非行を繰り返していた。


 私の両親も不在がちで寂しいと感じることはあるが、愛されている実感はある。

 他の人と比べたら十分恵まれているのに、つい卑屈になってしまうのは私のよくない癖だ。


「ほら、もっと食べなよ」


「いいんですか?」


 巴君の皿にどんどんおかずを乗せていく。嫌なことを忘れるくらいたくさん食べてほしい。


「お、神崎んちのお弁当おいしそうだな」


 食事を続けていると、市之瀬君に声をかけられた。すでに食事を終え、本部テントに戻る途中のようだ。


「……」


「……」


 うん? 一瞬、市之瀬君と巴君の間で火花が散ったような気がしたけれど、見間違いだろうか。


「なあ神崎、俺にも少しだけ分けてくれないか」


「あ、いいよ」


 市之瀬君に皿と箸を渡す。

 彼が真っ先に狙いを定めたのは唐揚げ――最後の一個だ。


「ああ! それおれが狙っていたのに」


 巴君が不満の声を上げたが、市之瀬君は気にせず口の中へ放り込む。


「これが神崎家の家庭の味……」


 市之瀬君は目を閉じて唐揚げを味わっている。


 そんなに感動するほどのこと?


 家庭の味ではないと訂正しようか迷ったが、安井に視線で制止された。彼は静かな微笑みをたたえたまま、首を横に振る。


 言わぬが花、ということらしかった。

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