第17話 心境の変化①
「あ」
見慣れた後ろ姿に、私の足は反射的に止まった。
視線の先では、市之瀬君とマリアが仲睦まじそうに歩いている。
休日のショッピングモールはとにかく人が多い。目に入るのは家族連れ、カップル、友達といったグループばかり。
一人で来ているのは私だけなんじゃないかと錯覚してしまう。正確には安井も一緒だけど。
「……」
私は柱の陰から二人の様子を窺う。
彼らが向かったのは映画館だった。チケットを発券し、売店でドリンクとポップコーンを購入してからシアター内へと消えていく。
L字に開いた指を顎に添え、安井がキラーンと目を光らせる。
「ははーん。今の時間ということは、戦隊ヒーローを見に来たんですかね」
「違うと思う」
市之瀬君だけならともかく、マリアは絶対興味ない。
場内アナウンスから推測するに、先週公開された海外の恋愛映画だと思う。全米ナンバーワンヒットとかで話題になっていた。
私は精神年齢がお子様なので、大人の恋愛映画を見ているとなんだか恥ずかしくなってしまう。これを理解できるなんて、二人ともかっこいいなあ。
「お嬢様も見ますか? 今ならまだ間に合いますよ」
「いや、やめとく」
「なんと」
私の返答を聞いた安井は、両手を顔の前に上げて大げさにのけぞった。
「珍しいですね。少し前までは喜んでストーキング、もとい尾行していたのに」
「人聞きの悪いこと言わないで。今回はちょっと、そんな気分じゃないっていうか」
私にも思うところがあるのだ。
「センパイ、何しているんですか」
「どひゃあ!?」
突然背後から声をかけられ、私は飛び上がる。危ない、口から魂が抜け出すところだった。
振り返ると、巴君が訝しげに私を眺めている。
「や、やあ巴君。こんなところで会うなんて奇遇だね」
「そっすね」
心臓がバクバクと鳴っている。
――まさか知り合いにストーキングの現場を見られてしまうなんて。
あ、自分で言っちゃった。
私が社会的な死を迎える前に、早く巴君の気をそらさなければ。
「ちょっと気分転換にぶらついていたの。巴君は何か買ったの?」
「ああ、これですか」
巴君は手にしていた本屋の袋を掲げてみせた。
「参考書を買いに来たんです。これからはもっと真面目に勉強しようかなと思って」
「へえ、えらいね」
「別に。今までさぼってたんだから、これくらい当然っすよ」
言葉とは裏腹に、彼の頬はうっすらと赤く染まっている。へえ、かわいいところあるじゃん。
「ところでセンパイ。この後時間ありますか?」
私は一瞬だけ映画館に視線を向ける。
……いや、今日は行かないと決めたのだ。
ここは先輩らしく、後輩の頼みを聞いてあげよう。
「うん、大丈夫」
「実はその、服を選ぶのに付き合ってもらいたいんですけど……」
今気づいたが、巴君は休日なのに制服姿だった。全然私服を持っていないのかもしれない。
「いいけど、私もあまり服のセンスには自信がないんだよね」
「じゃあここはわたくしの出番ですね!」
「安井に頼るのはもっとやめた方がいい」
「は、はあ」
うーん、男の子のファッションなんてよくわからないけど、できる限り頑張ろう。
◇◇◇
服屋での買い物(結局マネキンのコーディネート丸パクリ)を済ませると、ちょうどお昼の時間だった。
せっかくだから一緒にお昼を食べようということになり、巴君の希望でステーキハウスに入る。私のおごりだ。
「肉なんて久しぶりに見た……」
さすが育ちざかりの男子高校生というべきか。彼はものすごい勢いでステーキを平らげていく。
「私のハンバーグも少しあげる」
「いいんですか!」
ハンバーグ一切れでこんなにも声を弾ませるなんて。なんだか徳を積んだ気分になる。
巴君は幸せそうに目を細めた。
「誰かとごはん食べるのっていつ以来かな……おれの親、あんまり家に帰ってこないんですよね。金だけ置いて行って、後は自分でなんとかしろって感じっす。小さい頃はカップラーメンとか菓子パンばかり食ってましたね」
小さい頃からずっと?
私はびっくりしてしまう。
「それで足りたの?」
「全然足らなかったです。お金が足りなくなって、何日も食べられない時とかもありました」
つらい過去を思い出したのか、巴君は口元を歪め、自嘲的な笑みを浮かべる。
「小学生のうちは同級生の家でごちそうになることもあったんですけどね。あんまりにも入り浸るものだから、ほとんどの家から出禁になりましたよ」
「そんな……」
想像するだけで胸がきゅっと締め付けられる。
なんだかじっとしていられなくなって、私は巴君のお皿に次々とハンバーグをよそった。
「ほら、もっと食べなよ」
「お、おい。そんなによそったらあんたの分がなくなるだろ」
巴君は困惑の声を上げる。
「いいの、気にしないで」
「では、わたくしからはこちらを。野菜もきちんと食べましょうね」
「それはあなたがブロッコリー嫌いなだけでしょうが」
「バレましたか」
過去の巴君の分まで、今の彼にたくさん食べさせてあげたかった。




