第16話 テストよりも難しい
「安井――――――――――!!」
夜。
私は安井の私室まで駆けていくと、ドアを勢いよくノックした。
『お嬢様。本日の安井はもう営業終了です』
まだ九時だというのに、ドアの向こう側からは眠たそうな声が聞こえてくる。しかし、これは一刻を争う事態なのだ。
「そこをなんとか! 残業代出すから」
「この安井に何でもお申し付けください」
金をちらつかせたら秒で出てきた。
安井の部屋着はまさかのジャージだ。似合わん……なんとなく、優雅なナイトガウンとか着ていてほしかった。
「それで、どうなさいましたか」
「こ、これ!」
私は自分のスマホの画面を見せる。
「今日、市之瀬君とLIMEを交換して……早速メッセが来たんだけど、なんて返信すればいいと思う!?」
「お嬢様、鼻息が荒いです」
市之瀬君からのメッセージは、『これからよろしくな』というシンプルなものだった。
たぶん、この内容で返信に迷うのは私くらいしかいないだろう。
文章だけだと愛想がないし、かといって絵文字を使うのも私のキャラと合わない気がするのだ。
今までお父さんと安井以外の男性とは接点がなかったため、正解がわからない。
「相手は市之瀬君なんですよね。いつもわたくしとやり取りしている時みたいにすればいいんですよ」
「あんな気安い感じで!? む、無理よそんなの――あ、既読つけちゃった! 早く返信しないと!」
焦るあまり、私はスマホを床に落っことした。完全にパニック状態である。
代わりにスマホを拾ってくれた安井は、妙に腹の立つ、温かい目で私を見守っていた。
「仕方ありませんね。奥手なお嬢様の代わりに、この安井が完璧な返信をしてさしあげましょう――あと普通に、こういうのはスタンプで済ませればいいんですよ」
「そうなの?」
「この安井にお任せしていただければ、何の問題もありません!」
やけに自身満々な様子の安井に若干の不安を抱きつつも、そこまで言うなら任せてもいいだろう、と私は判断した。
◇◇◇
「なあ、神崎。昨日お前が送ってきたスタンプなんだけど」
翌朝。市之瀬君は意外そうな顔で尋ねてきた。
「ああいうの好きなのか?」
「えっ」
私は思わずトーク履歴を確認する。
そういえば、安井に返信してもらった後は全くのノータッチだった。……嫌な予感がする。
――おぅ。
安井が送信したのは、『よろしく』と親指を立てるキャラクターのスタンプだった。
彼の名前はバクハツレッド……えー、なんとこれ、戦隊ヒーローのキャラです。
私は頭を抱えた。
そういえばこれ、少し前に安井からプレゼントされた気がする。この前の絆創膏といい、安井は私のことを小さな子どもとでも思っているのか。
巴君はともかく、市之瀬君にこういうのが好きって誤解されるのは恥ずかしい。
「あ、その……」
「戦隊ヒーローっていいよな! 特に、オープニングの爆発シーンなんか最高だ!!」
「ええと……」
まさかの反応!
食いついていただいたところ悪いけど、私は全然詳しくない。
……どれだけ時間がかかったとしても、やっぱり自分で返信するべきだった。
◇◇◇
廊下を歩いていると、背後からじっとりと湿った視線を感じた。
「……センパイ」
「うわ、びっくりした!」
振り返ると、巴君が物陰からこちらの様子を窺っていた。目の下に隈ができているせいか、ただでさえ暗い瞳が余計に凄みを増している。
「ひどいじゃないですか。おれ、返信来るのずっと待っていたのに」
巴君はすねたように唇を尖らせる。
「え、返信?」
私はポケットからスマホを取り出すとLIMEを開く。未読が一件、相手は――巴君。
「あ」
完全に気づいていなかった。




