第15話 連絡先交換
「ごめん、もう一度言ってもらえるかな」
何かの間違いであってほしい、そう祈りを込めて聞き返す。
「おれと結婚してください」
いかん、現実だ。私は頭を抱えた。
人生初の告白――本来であれば喜ばしい出来事なのだろうが、今の私には困惑の方が大きい。
何しろ彼とは出会ったばかりだし、適切な段階をいくつもすっ飛ばしている。
「もう巴君、先輩をからかっちゃダメだよ」
冗談ということにして受け流そうとする。
しかし、それで引き下がる巴君ではなかった。
「おれは本気です。この目が嘘を言っているように見えますか」
巴君の顔がさらに近づく。私の心を引きずり込もうとする、深い沼のような瞳。もう逃げ場がない。
「センパイはちゃんとおれのこと見てくれるんですよね。違うんですか?」
「う……」
彼の寂しげな声色に、罪悪感が募る。
ここで私が下手なことを言うと、昨日までの人間不信コースへ逆戻りしてしまうかもしれない。実はこの子、結構重い子かも!
どうやって説得しようか悩んでいると、
「せんぱぁい。一緒にカフェに行きませんか?」
双葉さんが教室の入口から顔をのぞかせた。今日は部活が休みらしい。
うきうきした様子の彼女は、巴君の姿を見た途端、その笑顔を般若に変えた。ドスの効いた声で彼に凄む。
「誰ですか、その男? 先輩はわたしと遊びに行くんです。男は引っ込んでろよ」
「双葉さん。顔、顔」
「は? お前こそ、『おれの』センパイに何の用だよ」
「巴君。私は告白を承諾した覚えはないよ」
一年生二人はそのままじりじりと睨み合う。両者一歩も引く気配がない。
正直、私の手には負えなさそうだ。
こういう時は――
「ごめん、私用事があるから帰るね」
「「え」」
逃げるが勝ちだ。
◇◇◇
次の日の朝も、巴君は私の教室に押しかけてきた。
「おはようございます。付き合ってください」
「……おはよう巴君。何度も言うけど、それはちょっと難しいかな」
残念ながらまだあきらめていないらしい。結婚して、から付き合ってくれ、に変わったのは進歩の証か?
「どうしてもダメですか?」
あざとく首をかしげても、ダメなものはダメです。
こめかみを押さえつつ、私は彼に言い聞かせる。
「あのね、巴君。私たちは最近出会ったばっかりだよね? 仲良くなるにしても、少しずつ段階を踏んでくれないと、先輩困っちゃうなー」
「まずはお友達からってことですか? 仕方ないっすね……」
ようやくわかってくれたようだが、なぜか私がわがままを言っている、みたいな雰囲気だ。納得いかない。
巴君はズボンのポケットからスマホを取り出した。画面が割れてバキバキになっているが、喧嘩の最中に壊れたのだろうか。
「それじゃあ、LIMEを交換しましょう」
「うぇっ!?」
男の子と連絡先交換なんて、今までしたことがない。
「ほら、センパイもスマホ出してください」
「あの、私に拒否権は」
「ありません。……おれとは友達になるのすら嫌ですか? あーあ、また人間不信になっちゃうなー」
「うぅ…そんな言い方ずるくない?」
……まあ、連絡先交換くらいならいいか。あくまでも友達、として。
スマホを操作していると、ドサッと何かが落ちる音がした。
見ると、教室の入口で市之瀬君がわなわなと震えている。その足元に、彼の鞄が転がっていた。
「神崎と連絡先交換……? そんな、俺だってまだなのに……」
愕然とした表情の市之瀬君。
――え、もしかしてショックを受けているの?
こちらから連絡先交換を申し出る勇気はないし、向こうからも何も言ってこなかった。だから興味ないんだと思っていたのに。
「せっかくだから市之瀬君も交換する?」
「する! 今すぐする!」
巴君は露骨に、邪魔者を見るような目を市之瀬君に向けた。
「えーやらなくてよくないっすか?」
「よくないよくない! 全っ然、よくない! そもそもお前は誰なんだ!!」
「いろはセンパイの彼氏です」
「なんだと……!」
「ごめん巴君。この人本気にしちゃうから嘘つかないで」
巴君に頭を悩ませていると、救世主のごとく原先生が現れる。もうすぐホームルームの時間だ。
「うん? お前一年じゃないか。早く自分の教室に戻れよー」
「ちぇ、わかりました」
渋々、といった様子で返事をすると、巴君は教室を出ていく。
しかし、最後に一瞬だけ振り返ると、ニヤリと挑戦的な笑みを浮かべた――私ではなく、市之瀬君に対して。
「――」
巴君が去った後も、しばらくの間、市之瀬君は教室の入口を睨みつけていた。その表情はいつになく硬い。
……巴君、いったいどういうつもりだったんだろう?




