第13話 不良、即更生へ
「ねえ、大丈夫?」
「あぁ?」
木の下に座り込んでいた男子生徒に声をかけると、いかにも不良、といった感じの反応が返ってきた。
……思った通りだ。
近づいて確認すると、彼の顔が腫れていることがわかった。頬や額に傷ができており、口からも血が垂れている。
おそらく、殴り合いの喧嘩でもしたのだろう――私が彼に声をかけようと思ったのは、怪我をしていることに気づいたからだった。
彼はゆっくりと顔を上げると、煩わしそうに舌打ちをした。
「何の用だよ」
早くどこかへ行け、とでも言いたげな不機嫌な声。その反応に、私は思わず怯んでしまう。
これはヤンキー漫画の世界ではない。目の前にいるのは本物の不良で、下手すると殴られるかもしれない。そんな相手にガンを飛ばされるのは、想像以上に怖いことだった。
しかし、一度声をかけてしまった以上、引き下がるわけにはいかない。私は拳を握りしめ、勇気を振り絞って彼に相対した。
「あなた、怪我をしているじゃない。だから気になって声をかけたの」
男子生徒の口から、へっ、と小馬鹿にしたような声が飛び出す。本人は笑っているつもりらしいが、表情筋がうまく動かないようだ。
「なんだよ、あんたもおれに説教する気か? 喧嘩なんてやめろって? ふん、あんたみたいな優等生には、おれみたいなやつの気持ちなんてわかりっこないよ」
「いや、そんなつもりじゃ」
「ほっといてくれよ! 親も、先公も、誰もおれのことなんて気にかけない。おれが不良になろうが、他校のやつらと喧嘩しようが、あいつらにとってはどうでもいいんだよ!!」
そう吐き捨てると、男子生徒は視線をそらしてしまう。
どうやら、彼は自暴自棄になっているようだ。
……うーん。私がしていることって迷惑なのだろうか。彼の言う通り、放っておくべきなのかな?
でも――
『おい、何をしている!!』
あの時、女子三人組から助けてくれた市之瀬君の頼もしさを思い出す。
自分自身では気づいていなくても、誰かに助けてほしい時ってあるんじゃないかな。
私は地面に膝をつき、強引に彼と視線を合わせた。底が見えないほどに暗い、彼の瞳。それが戸惑うように揺れる。
「私がいるよ」
「……は?」
男子生徒はポカンとした表情をした。なんだこいつは、とでも言いたげな視線が私に向けられる。
「私はあなたの事情をよく知らないし、口出しするつもりもない。でも、怪我をしている人を放ってはおけない。だって、心配だから」
「心配……おれを?」
「それじゃあ、絆創膏貼るからね」
男子生徒が呆気にとられている隙に、私はブレザーの右ポケットから絆創膏を取り出した。怪我をした時のために、と安井が買ってくれたものだ。
「おいちょっと待て」
シートをはがしていると、ぎょっとした顔で制止された。
「なんだよ、その柄は!」
「ああ、これ?」
絆創膏は子ども用で、女児に大人気の変身ヒロインが描かれている。高校生男子にはかなり恥ずかしいだろうが、傷口を保護できれば柄なんてなんでもいいだろう。
「悪いけど、今これしか持っていないのよ。我慢してね」
「ふざけんなよ! 冗談じゃねえ、こんなガキの、しかも女向けのやつ……!」
叫んだら傷が痛んだらしい。男子生徒がおとなしくなったので、抵抗できないうちに絆創膏を貼り付ける。
「チッ。こんなの見られたら、他校の連中になんて言われることか」
「今後は怪我するたびに同じやつ貼りに行くからね。それが嫌ならもう喧嘩しないでください」
男子生徒はあきらめたようにため息をついた。
「……わかったよ。やめればいいんだろ、やめれば。もう喧嘩はしない」
「わかればよろしい。あと、タバコもやめた方がいいよ」
「あ? これのことか?」
彼は胸ポケットに入っていたものを取り出す。
「お菓子だよ、これ」
「まさかチョコ!?」
確かに、かすかに甘い匂いがする。紛らわしいなあ。
もしかすると、彼はファッション不良だったのかもしれない。ところどころ不良になりきれていないというか。喧嘩はしているけど。
……食べ物を見たらなんだかお腹がすいてしまった。
そういえば、昼食がまだだったかも。
私は男子生徒の隣に腰を下ろすと、絆創膏とは反対側のポケットに突っ込んであったクリームパンを取り出した。
「おい、なんで隣に来るんだよ」
「あなたもお昼まだでしょ。半分あげようか」
「いらねぇ」
そう言った途端、彼のお腹がぎゅるるる、とものすごい音を立てた。
「……」
「はい、どうぞ」
私が差し出したパンを、男子生徒は遠慮がちに受け取る。
彼はよほどお腹がすいていたのか、甘いものは好きじゃない、とぼやきつつもペロリと平らげていた。
「なあ、あんた――」
「あ、忘れてた」
ここに来た目的をすっかり忘れてしまっていた。市之瀬君からもらったチラシを回収したかったのだ。
「悪いけど、少し手伝ってくれない? そこの木に引っかかっているチラシを取りたいんだけど」
「え、おれ?」
「うん。あなたなら届くと思う」
「いや、おれ怪我人なんだけど……」
男子生徒はやれやれ、といった表情で立ち上がる。彼が背伸びをすると、私の見込み通り、チラシへと手が届いた。
チラシを私に渡しながら、彼はぽつりと呟く。
「……あんた、変な女だな」
「え、そう!?」
そんなことを言われるのは初めてだった。




