第10話 少女漫画的展開
マリアと友達になってから、私の学校生活はこれ以上ないくらいに充実していた。
一緒にお昼ご飯を食べたり、放課後にカフェに寄ったり。これが私の憧れていた青春……感無量だ。マリアも楽しそうにしている。
一方で、なんでこんなやつがマリア様と、という周囲の刺々しい視線は常に感じていた。
そして――
「あんた、マリア様の何なのよ!!」
――現在、絶賛修羅場中です。
昨日、私の机の中に一通の手紙が入っていた。
そこには女子らしい丸っぽい字で、「放課後に校舎裏まで来い」と書かれていた。
だけど私はそれを無視した。だって、危険だとわかっている場所に飛び込みたくないし……。
そうしたら今日の朝、怒れる女子三人組に取り囲まれて、空き教室まで連行されたのだ。
さすがの私でも数の暴力には勝てない。なんとか穏便に済ませたいが……。
三人組のうち、真ん中にいるリーダー格の子――英子と呼ばれていた――が、腰に手を当てて私を睨みつける。顔立ちからして気が強そうだ。
「あんたみたいなブスがマリア様のご友人だなんて!! いったいどんな方法でたぶらかしたのよ!?」
うーん、少女漫画かな?
たぶらかす、なんて日常生活では滅多にお目にかかれないセリフだ。
「人聞きの悪いこと言わないで。普通に、向こうから友達になってほしい、って申し込まれただけ」
「そんなのありえないわ!! 嘘つくんじゃないわよ、この、ブス!!」
ダメだ、冷静に話し合える状況ではない。
……というかこいつ、さっきから私のことブスって言っているな?
英子の取り巻きが、彼女の袖を引っ張って諫めようとする。
「英子、英子。その辺にしておきなよ」
「何よ美子。あんただってこの女のこと、生意気だって言ってたじゃない」
「そうじゃなくて。この子のお父さん、神崎グループの会長だから……」
「え」
英子の顔がサーッと青ざめていく。
確かに、今日の件をお父さんに知られたら大事になると思う。親のコネを使いたくないから言わないけど。
「……えっ? ってことはこいつ、『あの』須合あやめの娘なの? うっそでしょぉ」
信じられない、といった表情で顔を凝視される。ほっといてほしい。
ちなみに私は父親似だ。
「ってことは何? お金の力でマリア様を思い通りにしようとしているわけ? ほんとサイテー!」
「ちょっと、あなたいい加減に――」
「おい、何をしている!!」
理不尽な罵倒に我慢の限界を迎えようとしていた時、突然空き教室のドアが開け放たれた
「市之瀬君!? どうしてここに……」
市之瀬君はずかずかと歩み寄ってくると、私と女子三人組との間に割って入る。
「誰よあんた! あたしたちは今、大事な話をしているの。関係ないやつは引っ込んでいて」
乱入者の存在に動揺しつつも、英子は市之瀬君にまで牙を剥こうとする。しかし、彼はあくまでも冷静だった。
「寄ってたかって一人をいたぶるのがお前たちのやり方か? こんなことマリアが望んでいるとでも?」
「な、何よ。あんたにマリア様の何がわかるっていうのよ!」
言い返されるとは思っていなかったのか、英子はたじろぐ。
「俺はマリアの幼馴染だ。あいつのことなら誰よりも知っている」
「……」
幼馴染という単語に、英子は敗北を悟ったようだ。他の二人も気まずそうに視線をそらす。
「……行くわよ、二人とも」
英子は最後にもう一度市之瀬君を睨みつけると、逃げるように教室から出て行った。
「まだ話の途中だというのに――大丈夫か、神崎」
市之瀬君が心配そうに私の顔をのぞき込む。先程までの毅然とした態度から一変して、その声色には、こちらを気遣うような色があった。
声をかけられて初めて、私は自分の体がかちこちに固まっていたことを知った。
自覚がなかっただけで、かなりあの三人にストレスを感じていたらしい。
「ありがとう市之瀬君……でも、大丈夫? 私を庇ったら、厄介なマリアファンに目をつけられるかも」
「問題ない、慣れているさ」
それに、と彼は入口に視線を向ける。
「彼女たちはマリアの友達だからな。つまりは俺の友達でもある。だから、間違ったことをしている時は正してやるべきだろう」
「友達、なのかなぁ」
一方的にマリアへ執着しているだけの気がするが。
それに、その理屈だと全人類が市之瀬君の友達ということになるが……。
「ところで、市之瀬君はどうしてここに?」
私が尋ねると、なぜか市之瀬君の歯切れが悪くなる。
「それは、その……神崎が女子の集団に連れて行かれた、って同じクラスのやつに聞いたから……」
「わざわざ私のことを捜してくれていたの?」
市之瀬君は照れくさそうに頷く。
――ほんと、優しいんだから。
たまたま隣の席になった女子に対して、ここまでしてくれるなんて。市之瀬君のことがいつも以上に輝いて見える。
それに、彼はあの三人組のことも心配していた。
人間、誰にでも好き嫌いはある。だからどんな相手にも親切にできる、というのはすごいことだと思う。
もちろん、彼に教えてくれたクラスメイトにも感謝している。後でお礼を言わないと。
「そろそろホームルームの時間だ。戻ろう、神崎」
「うん」
しかし、市之瀬君はドアの前で立ち止まる。
彼は前を向いたまま、ぼそっと呟いた。
「あいつらの言ったことなんて気にするなよ。お前はブスじゃない。むしろ――」
「へ?」
最後の方はよく聞き取れなかった。
「な、なんでもない! それじゃあ、俺は先に行くからな!」
「あ、市之瀬君!?」
突然早口になったかと思うと、市之瀬君は私を置いて走り去ってしまった。
……いったい、彼は何を伝えたかったのだろう。




