ピンチ!彼女の心を取り戻せ!③
「梨央!?」
「長さが足りないから、その大きな枝にこれをつけて!」
ハンガーに買い物袋をつけた即席の虫取り網のようなものを持っている。
フックの部分を伸ばして、木の枝に絡みつける。
2人で手を伸ばし、なんとか子猫を袋の中に入れる。
そっと岸辺に寄せて、子猫を捕まえると、奏汰かなたは着ていたパーカーを脱いで子猫を包み込んだ。
「良かった」
梨央は穏やかな顔で子猫を見ている。
「すぐに温めてあげないと」
奏汰がそういうと、「そうだね」と梨央は子猫の頭を撫でた。
「それにしても梨央、どうしてここに?」
「そ、それは・・・」
「くぅぅぅ」
子猫が小さく鳴いた。
「この子を先に温めないと」
梨央に言われて、後ろ髪がひかれる思いで、急いで家に帰った。
お風呂に入れてやり、乾かしてやると綺麗な茶トラ猫だった。
きなこは弟ができたというように、クンクン言いながら嬉しそうになめたり、おしりの匂いを嗅いでいる。
「お前の弟だし、あんこにでもしとくか」
子猫は名前が気に入ったのか「ニャーン」と声を上げた。
「なんでこうなるかねぇ」
校門で生徒指導の教師になぜ遅刻したのか尋ねられて、溺れている猫を助けたからと正直に言った。
その結果が、嘘をつくなと言われた上に、放課後まで呼び出されてしまった。
「何が6時に公園だよ・・・梨央とも話せてないし」
説教されて職員室を出てぶつぶつ言いながら奏汰が歩いていると、「ねぇ」と呼び止められた。
「梨央・・・」
「あの・・・猫ちゃん、どうなったかなって」
「猫は元気だと思う、あの後よく鳴いてたし。念のためお袋が動物病院に連れて行ってたけど」
「良かった」
梨央は安心したように息を吐いた。
梨央とこんなに普通に会話するのは久しぶりだ。
「子猫の名前、あんこにした」
「あんこちゃん?きなこちゃんといいコンビになりそう」
梨央は穏やかな顔で笑っている。
「あのさ、無理にとは言わないけど、一体何があったのか教えてくれないか?」
「うん・・・」
教室へ戻ると、2人で座ってぼんやり外を眺めた。
ほんの少し静かな時が流れると、ふぅと梨央が息を吐いた?
「中学の時の話をしたでしょう?いじめというか人間関係が上手くいかなかったって」
「うん」
「あのいじめグループの一人が、この前文化祭であった女の子なの。私は執拗に嫌がらせを受けて、本当にしんどかったけど・・・まだ自分がやられてるだけの時は良かった。その内、私の周りの人間にも被害が及ぶようになったの・・・。私が一番仲いい親友もいじめの対象になった。全然平気って言ってくれてたけど・・・」
梨央は俯いて、ぎゅっと膝の上で堅く手を握っている。
「ある日から来なくなって、連絡もつかなくなった。私はどうしても話したくて、謝りたくて、家まで行ったけどもう引っ越した後だった。だから決めたの、もう誰とも仲良くしないって」
梨央の身体がほんの少し震えている。
「大丈夫?」
奏汰が声をかけると、コクと頷いた。
「高1の時は、上手く過ごせた。誰とも話さずに過ごして、雪女なんてニックネームついちゃったけど、昔みたいに誰かが傷つくよりはよっぽど良かった。でも高2になって、楽しそうなみんなが羨ましくなってきちゃって・・そんな時、本屋さんで奏汰に会ったの」
奏汰がたまたま入った本屋さんで、雨に濡れた梨央にタオルを貸したことがあった。
「優しくしてくれて、本当に嬉しかった。タオル返さなきゃって思って、返す時なんて言おうってすごく練習しちゃったりして・・・そのうち奏汰と話すようになって、小春ちゃんとか篠崎くんとかとも話すようになって・・・このまま楽しく過ごせるってあの時親友を守れなかったことを忘れて、そんなこと思ってた」
「そんな時に、文化祭にあいつが来たのか」
梨央は頷いた。
「またあの子が何かをしてくれるかもしれないって思ったら、仲良くするのが途端に怖くなったの。誰とも関わらなければこんな気持ちにならないで済む、そう思って昔のように接するようにしてた。でも・・・」
梨央は鞄につけたジンベエザメのキーホルダーに触った。
「忘れるなんて無理だったよ」
梨央は困ったように微笑んだ。
「早朝なら会ってもきっと誰にもバレないと思って、毎日公園に行って機会をねらってたの。でもなかなか話しかけれなくて・・・そしたら、今朝の子猫の騒ぎになって・・・」
「毎日公園にいたの?」
「・・・うん」
「言ってよ」
「なんかメッセージ送るのも、あんな態度の後だったしなんて送っていいかわからなくて。あんな態度をして、本当にごめんなさい」
梨央は頭を下げた。
奏汰はため息をつくと、梨央を自分の方に向かせた。
「俺はいじめられたりしないし、なんか言ってきても気にしないよ。そもそも陰キャで友達も誠くらいしかいないし。他の奴に無視されたって気にもならへんどころか気づかない。だから」
「だから?」
「気にせんと横にいればいい」
梨央の頬がピンクに染まっていく。
「それに、誠も藤沢もそりゃあ強い奴だから、あの二人も問題なし。だから、もう悩まなくていい」
奏汰がそういうと「ありがとう」と潤んだ瞳でまた梨央は頭を下げた。




