夏休みに彼女とデートせよ⑤
梨央の顔がオレンジに染まっていく。
景色を見ようとしたのか髪をかきあげてにこりと笑った。
ふわりと良い匂いが漂った。
視線を窓の外に移すと、観覧車がゆっくりゆっくり上がっていくのがわかった。
こんなところで2人きり。
緊張しないわけがない。
不意に梨央の口が動いた。
「あのね、さっき一人でこっち来たって言ったでしょ?」
「あぁ」
梨央はぽつり、ぽつりと話し始めた。
「実はずっと学校で上手くやれてなかったんだ。友達もいたんだけど、友達の好きな子が私を好きになったとかで怒りだして、いじめられるようになったの」
辛い思い出なのだろう。
美しい瞳が夕陽に反射して揺れる。
「いつもニコニコして胡散臭くてキモイって言われて・・・。だからこっちに来てからはなるべく笑わないようにした。勉強も好きじゃなかったけど、見た目がいいと勉強しなくていいのねとか言われてバカにされてきたから・・・」
梨央の目にはうっすらと涙が浮かんでいる。
「大変だったんだね」
「・・・うん。それで両親がおばあちゃんの家に行ったらどうかって言ってくれて、転校してきたの」
梨央はハンカチで涙をぬぐうと、「ごめん、こんな話」と無理に笑った。
「気にしなくていいよ。そうだ、これやるよ」
奏汰はこっそり買ったジンベエザメのぬいぐるみを取り出した。
「え?これ、私に?」
そう言って嬉しそうにぬいぐみを抱きしめた。
「めちゃくちゃ嬉しい!大事にするね」
「うん。じんたを大事にしたってな」
「じんた?って名前?」
「ジンベエザメだからじんた」
ふふと笑って梨央は「じんた、よろしくね」と再び抱きしめた。
「ほら、見て、外」
外を見ると、光り輝く街と、海が見える。
「綺麗」
「なぁ、大久保さん…、えっと、折角仲良くなったし、大久保って呼んでもいい?」
奏汰が思い切ってそう言ってみると、「うん、もちろんいいけど」と言った後、俯いて小さく呟いた。
「梨央の方がいい」
「・・梨央?」
照れながらも呼んでみる。
「私も奏汰くんって呼ぶから」
はにかんだ笑顔でそういった梨央が可愛くて、ドキドキしてしまう。
観覧車を降りて、帰る時も「いち、じゃなくて奏汰君、またね」そう言って嬉しそうに帰って行った。
(これかなりいい感じだよな)
世界の崩壊を何とか止められそうな気がしてくる。
(俺みたいなモブみたいな人間が・・・あんな美女と・・・)
奏汰のスマホに梨央の楽しそうな笑顔が映っている。
「り・・・梨央・・・」
改めて一人で呼んで恥ずかしくなった。
そうこうしている内に夏はどんどん過ぎていく。
後半に差し掛かり、いよいよ残りの宿題にも手を付けないとやばそうだ。
そう思っていると、誠から宿題をやるぞと集合がかかった。
暑い中誠の家に行くと、小春も梨央もいた。
そしてなぜか藤志朗までいる。
「みんなでやった方が早いだろ?こいつは呼んでないけどな」
「僕がいた方が早く進むよ、何しろ僕は頭がいいから」
藤志朗のかっこつけっぷりは夏休みでも変わらない。
「さっさと取りかかろ」
小春の号令で宿題に取り掛かる。
藤志朗もいるし、誠と小春は小競り合いをしてうるさいし、1人でやった方が宿題は進みそうだ。
でも梨央が嬉しそうに笑っているから、悪くない。
奏汰は「いい加減せえよ」と誠と小春の小競り合いを止めに入りながら、こんな時間も悪くないと思った。
そして夏休みはあっという間に終わり、2学期が始まった。
梨央がクールなのは変わらないが、小春と話して笑ったりしているので、少しずつ変わっているようだ。
このまま梨央と上手くいけば、世界を救うことができる。
何もかも順調だと奏汰は感じていた。
でも物事はそう簡単に上手くいかないものだ。
奏汰は、この後に起こることなど何も知らずに、のんびりと欠伸をしていた。




