(40)大使館で大冒険!
例年より少し暖かい1月下旬、大泉さんとオレとちくは、東亜共和国の大使館近くにいた。
東亜共和国の大使館は、東京の麻布にある。この辺は大使館だらけだ。
オレは、いや正確にはちくだけど、大泉さんと若井さんに頼まれて、ちくを大使館に潜入させ、今回の件を裏付ける証拠収集の協力を頼まれたのだ。
果たしてちくにそんなことができるのか、もちろん協力したい気持ちはあったけど、ちくに危険なことをさせるのは少し心配でもあった。なんたって、東亜共和国の大使館に潜入である! 見つかったら一体・・・
オレはちくにもう一度確認のために聞いてみた。
「ちく、ホントに大丈夫かい?」
ちくは、にゃあんと一声、大丈夫任せて、と鳴いただけだった。
大使館は、正面入り口の警備は物々しく、勝手口(と言えばいいのだろうか?)にも警察官が何人か立っていた。監視カメラも四方の塀をすべて見渡せるように配置されているので、大使館の塀の近くでちくをケージから出すのは目立つ。なので通りを一本入ったところで、ケージから出し、あとはちくに任せることにした。
「車に気を付けて!」
というと、にゃんと一鳴きして、こちらも振り返らずに塀に向かって一直線に走って行った。そしてぴょんとジャンプし、塀の上に飛び乗って、そのままオレを振り返ることもなく庭の中へと降りて行った。
オレが、はぁっとため息をつくと、大泉さんは、
「慰めるわけじゃないが、ちくわちゃんは大丈夫だよ。オレや若井なんかより、ずっと安心して任せられる」
「だといいんですけど」
ちくには明日の同じ時間に迎えに来るから、と言ってある。
うんわかったよ、それまでに言われた情報を集めればいいんだね。と言ってたけど・・・。
***
●東亜共和国在日本大使館 庭
健太郎はホントに心配性だなぁ。庭に飛び降りて、ワタシは健太郎の心配性に一つため息をついてから早速行動に出た。
まずは塀際の植え込み伝いに敷地をぐるっと一周だ。これで建物の配置や、誰かに追いかけ回された時の逃げ道を把握できる。
後は・・・どこから建物に入るかだけど、こういう時は正々堂々、真正面からだよね! ワタシは一周したときに庭掃除をしている人がいた、大使館のリビングらしき広間に面していたテラスから攻め込むことにした。
植え込みの根元から、庭掃除をしている人を見ながらにゃあん、と一鳴きした。
「あれ、猫。どっから入った?」
そう言いながら掃除する手を止めて近づいてくる。
「首輪をしてないってことは、ノラちゃんか。かわいいけど、ここは大使館ってところだからさ、予約がないと猫ちゃんでも入れないんだよ」
と言ってしゃがんできた。ワタシは素早く、その人の足元をすり抜け、テラスでお茶している人の方へ走った。
「あ、こら!」
と庭掃除のおじさんが叫ぶと、お茶をしていた人が顔を上げ、
「え、猫?」
と言った。
「すいません、陳参事官。首輪をしてないのでどこかから入り込んだ野良だと思うのですが・・・すぐに追い出します」
ワタシは、テーブルの上に飛び乗って陳参事官と呼ばれた人の手にすりすりした(気持ち悪ぃ・・・)。
「まぁまぁ、いいじゃないですか、かわいい珍客です。しばらくしたら入りこんだところから出て行くでしょうから。それに建物には入らないように私が見ておきますよ」
「しかし、お仕事のお邪魔では・・・」
「いい息抜きです。心配無用ですよ」
そういって参事官はワタシの頭をなでてくれた(あんまり気安く触るなよ!)。
その時、参事官が立ちあがり、リビングの方に歩き出した。
「劉公使、お帰りなさい。首尾はいかがでした?」
劉公使と呼ばれた男は、渋そうな表情で、
「上々、とは行きませんねぇ。防衛省も公安も、日本が原潜を建造したことなんて誰も知ってやしません。もう少し内部に食い込まないと、本国が喜びそうな情報は得られそうもありません。陳君の方はどうでしたか?」
そう言って振り返った劉公使がワタシがワタシを見つける。
「ん、その猫は?」
「あぁ、どこからか迷い込んだ野良ネコのようです。腹が空いているのか、妙に懐かれてしまって・・・」
と参事官はまんざらでもなさそうに笑った。ワタシは公使の足元ににじり寄って上目遣いにすりすりした(う~、ホントに気持ち悪い!)
「確かにかわいらしい子猫ですが、ご存じの通り大使はあまり動物がお好きでないので、お戻りになるまでに外に追い出しておいてくださいね」
「はい、承知しました。ところで公安の小野と山下ですが・・・」
「あの二人がどうかしましたか」
「はい、山下の方はイマイチですが、小野は防衛省の情報部に出向していたこともあるようで、そのツテで何か情報を引き出せるかもしれません」
「ほう、それは朗報ですね! 予算はまだありますし、この間の写真一枚だけじゃなく、引き出せる情報の内容によってはもっと報酬を用意できますので、少し粘ってください。必要であれば私も同席しましょう」
「ありがとうございます、公使。では引き続き交渉にあたります」
「交渉・・・ではありませんよ、陳参事官。これはビジネスです。祖国を守るため、この国が建造しようとしている原子力潜水艦の、機密情報を買い取るビジネスです! そのためにはまず、その機密情報を握っている人間を見つけ出す必要があります」
「よくわかっております、公使。数日中にはより良いお話をお耳に入れることができるかと」
「楽しみにしていますよ」
と言って、劉公使は足元でまだすりすりしているワタシを見下ろした。
「人懐こくてかわいいですね。ですが、もう少ししたら外に出しておいてください、陳参事官。まぁでも何か食べるものがあれば与えてあげてください。ただし、テラスだと大使から見えてしまうので、どこか植え込みの辺りでね」
「はい、わかりました、劉公使」
ふーん、食事まで用意してくれるの、それはありがたい。遠慮なくいただくことにしましょう。でもそろそろ約束の時間ね。正面玄関に行かなくちゃ! 劉公使が2階に上がっていったので、ワタシもリビングからテラスに出て、正面玄関に向かった。




