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(26)もう一つの洞窟

鉄紺色の艦体が水面を割って浮上すると、三角錐とは違う“生きた金属”の光沢が湖面に広がった。

その姿を見た瞬間、胸の奥の緊張がふっと解ける。みんなが帰ってきてくれたんだ。


かけるがボルデメのコンソールを操作し、すぐに「かみかぜ」へ接続を開始した。

「ビデオ回線オンライン。キミ、座って。すぐ繋がるよ」


モニタの中で“接続中”の表示が点滅し、カメラの前のちくがじっと画面を見つめている。

やがて、その表示が消えて─。


「・・・おぉ、八瀬君か。よかった」

少し疲れたような、でも聞き覚えのある落ち着いた声。

映像が鮮明になり、モニタ一杯に大泉さんの顔が映った。


「大泉さん! お変わりありませんか?」

「ありがとう。2か月ぶりだね、八瀬君。ボルデメの二人から連絡を受けて状況は聞いたが・・・まずは無事で何よりだ」


後ろでは、見覚えのある「かみかぜ」の艦内が映っている。

中野艦長に三上副長、操舵席に座る藤本さん、壁にもたれて笑う音無さん、その奥には若井さんも見える。


「八瀬君、元気か!」

「また変なもん見つけたんだって?」

「ちくわ〜! 久しぶり〜!」


ちくが画面の前に飛び出し、にゃ~んと一鳴きすると、画面の向こうでクルーたちから歓声が上がった。


「ちくわちゃんも元気そうで何よりだ。・・・さて」

大泉さんの声が少し真面目になる。


「後ろに映っている白い三角錐。実は我々は今日はあれの調査に来たんだ」

「え、大泉さんたちはもう知ってたんですか、あれのこと!」

「あぁ、話すと長くなるが、あの三角錐だけでなく、この地底湖には今異変が起きてるんだよ」


そう言って大泉さんは後ろを振り向き、中野艦長と若井さんと二言三言、言葉を交わしてから、こちらに向き直った。

「すまん、すぐにでも上陸してボルデメに上がりたいところだが、我々はまずこの地底湖を調査しなくてはならないんだ」


「あの・・・気をつけてください。あれ、ただの機械じゃない気がして・・・」

オレが言いかけると、大泉さんはゆっくりとうなずいた。

「大丈夫だ。外に出るのは我々だけではなく地底湖対策特殊調査班も一緒だ」

「地底湖対策特殊調査班?」

と繰り返しながらめぐるの方を振り向いたが、彼女も首をかしげただけだった。


「あぁ、我々は特調と呼んでいる。舞鶴海戦の後、ここに「かみかぜ」や舞鶴基地に配属された潜水艦群の修理ドックを建設する話が出てね、調査を始めたんだ。そうしたら先月くらいから水位の低下が観測され、今月に入ってさらに低下して、それに併せて・・・」

「併せて?」


「第2空洞、とでも呼べばいいかな。もう一つの空洞が見つかった」

「えっ?」

「この空洞は水位が下がって、偶然見つかったんだが、「かみかぜ」の潜水チームが先週中に入って調べたら、人工的な構造物が発見されたんだよ。それを詳しく調べるために急遽結成されたのが地底湖対策特殊調査班だ」


大泉さんがそこまで話し終えた時、もう一つのスクリーンに、「かみかぜ」のハッチが開き、迷彩服に何やら装備がいっぱい詰まってそうなベストを着込んだ隊員が何人か、大きなスーツケースを持って出て来て、ゴムボートに乗り込む様子が映し出された。


「じゃ八瀬君。僕らも出るのでまた後で。かける、回線はこのままオープンで頼む」

「了解です」


特調を乗せたボートは、波の影響が出ないよう三角錐を大きく迂回し、ゆっくりと陸地に接岸し、スーツケースを開けて、何やら機器を設置していく。そのうち、大泉さんと若井さんと、見たことのない3人を乗せたボートも接岸した。


機器の設置が終わった特調の5人は、左手の奥の方に進んで行った。そこには丸い洞窟の穴が開いた。

「ホントだ、あんなところに穴が。ちっとも気付かなかった」

とオレが呟いた時、ボルデメのスピーカーに会話が入ってくる。


「大泉、木下だ。聞こえるか」

「感度良好だ、どうぞ」

「お前、この前は潜水チームで潜ったようなことを言ってたけど、もう水、全然ないぞ。奥まで歩いて行ける」

「・・・了解した。そうか水位の低下が激しいな」


「かける、大泉だ。聞こえるか? 見えるか?」

そう言って大泉さんはカメラの方に手を振る。

「感度良好、映像もクリアです」

「よし。ボルデメの演算処理能力が必要なので、こちらからログインするが、イロハから緊急連絡があった場合を除いては、アクセスを切らないでくれ」

そう言って、モニタの中の大泉さんは他のメンバーに指示を始めた。


モニタの中では、大泉さんたちが暗い洞窟の穴の手前で器材を展開し、三角のセンサーみたいなものを地面に並べていた。


「地脈のマッピングを開始する」

と、大泉さんの声。


「マッピング?」

と眉間にしわを寄せてめぐるが振り向くと、かけるはモニタを指しながら、

「この空洞のどこに力が集まってるかを調べるんじゃないの。水位が下がった原因も、多分そこにあるんじゃないかしら。知らんけど」

とテキトーなことを言う。


「マッピングデータの解析はボルデメに任せる。頼んたぞ、千早!」

と大泉さんが言うと、しばらくしてボルデメのコンピューターがうなりを上げだした。


「え、コンピューターって、攻撃システムリンク用の方? どんだけ演算処理が必要なんだ」

とめぐるが驚いていた。

「攻撃システムって、舞鶴海戦のときに「かみかぜ」とのリンクが切れちゃって、若井さんが激怒してたやつですか?」

「そうそれ。でもおかげでお役所にしてはマッハのスピードで対処してくれた。しかもグレードアップまでして」

そう言って、かけるは片目を瞑ってみせた。


「特調木下、聞こえるか、大泉だ。こちらの準備は完了した。そちらのタイミングで進入を許可する」

「了解」

木下と呼ばれた人だろうか、そう返事をして、大泉さんを振り返り、右手でサムアップをして中に進んで行った。


「かける、チャンネル3で彼らの映像が見えるはずだ。そっちでも録画を頼む」

「了解です」

そう返事をして、もう1台のモニタのチャンネルを3にセットすると、暗闇の中を進む特調からの映像が映し出された。


「川口浩の探検隊みたいだ・・・」

オレがボソッと呟くと、

「キミ、ホントは昭和生まれじゃない?」

とかけるが言うので、

「そこに反応するってことは、かけるさんも知ってるってことじゃないですか!」

「私は、懐かしの昭和テレビ番組とか何とかいう特集で見たことがあるだけよ」

「オレだって同じですよ」


その時、

「ちょっと、しっ! 見てあれ!」

そう言ってめぐるが指さしたモニタの中には、壁が映し出されていた。

「壁・・・?」

「そうじゃなくて。壁の表面。刻印、と言うか文字みたいなのが見えない?」

めぐるが映像を拡大すると、確かに刻印のような、文字のようなものが壁面一面にびっしりと彫られているのが確認できた。

「壁もまっ平だし、これって自然じゃなくて、人工的に削ってますね」


スピーカーに木下さんの声が流れる。

「大泉、見えるか?」

「あぁ見える。ちっとも読めんがな」

「これはやっぱり間違いなくサンスクリット語だ。あの三角錐の表面にあるものと同じだな。解読してみるけど、念のためそっちで録画しておいてもらえるか」

「大丈夫だ。バックアップにボルデメでも録画してる」


特調チームがさらに奥に進んで行く。

やがて映像には高さ3mほどの巨大なリング状の装置みたいなものが映し出された。

「なんだ、これは・・・」

木下さんの声だけがボルデメにこだまする。


その瞬間だった。

三角錐を映している方のモニタの中の湖面が揺れ、三角錐が──かすかに、だが確かに、少し回転した。

かけるが息を呑む。

「・・・見た? 今、動いたわよね?」


「かける、大泉だ。こちらでも確認した! 三角錐を監視してるセンサー類のデータは全部そっちに回す! 何か異常が出たら報告してくれ!」

「ボルデメ了解。めぐる、そっちのモニタに出すね」


「はいよ、お願い!」

めぐるが素早くセンサーを確認する。

「三角錐、わずかながら振動開始してますね。トレンド見るとずっと安定していたのに。これは・・・」


その時、ちくが、ふぅっと低い声でうなるように鳴いた。オレとかけるとめぐるが一斉にちくを見る。

耳がぴんと立ち、三角錐を映すモニタを凝視している。まるで、戦いの前の猫の目だ。

そして、目が、光りだした!

「大泉さん、八瀬です! 今、三角錐が動いて、ちくの目が光りだしました!」


一つのモニタには特調チームが巨大なリング状の装置に近づいていく様子が映し出され、もう一つには、近づくにしたがって、三角錐の小刻みな揺れが徐々に大きくなる様子が映っている。そしてちくは、その揺れが大きくなるにしたがって、ふーっと威嚇するような唸り声をあげた。


「これって、リングと三角錐とちくわがリンクしてる?」

モニタを見ながらめぐるが言う。

「そんな・・・感じですね」

頷きしながらオレは答えた。


その時、ちくが光らせた目のままオレの方を向いて、いきなり、私を連れてって、と鳴いた。

「え、今なんて鳴いた?」

かけるが聞く。

「私を連れてって、と言ってます・・・」


「大泉さん、八瀬です。ちくが、私を連れてって、と喋りました!」

モニタの中の大泉さんがカメラを振り向く。


「めぐるです! ちょっとちくわちゃんおかしい! 特調がリングに近づくほど三角錐の揺れが大きくなって、揺れが大きくなるほど、ちくわちゃんがふーふー怒ったようになってます!」


大泉さんは一瞬何かを考えてから、

「わかった」

とだけ返事をして、特調チームにリングから離れるように指示を出した。

それに従い三角錐の振動も小さくなり、ちくの目も元に戻って行った。


「八瀬君、ちくわちゃんを連れて降りて来れるかい?」

後ろで若井さんが、大泉!と叫ぶのが聞こえる。

「わかってる。得体のしれない物体の前に民間人を連れてくるのは危険だ。けど思い出してくれ。最初にこの白い三角錐が現れたのは八瀬君とちくわちゃんがいた時だ。そして三角錐はちくわちゃんに向かって激しく光り、振動したことを!」


「鍵はちくわちゃんだ!」

その瞬間、ボルデメにいた3人が、同じタイミングで呼吸を止めた。


「ちくわちゃんの目が光るから三角錐が振動するのか、その逆なのかはまだわからない。でも確実にリンクしている。鍵はきっとちくわちゃんだ」

オレはごくりと唾を飲んだ。

ちくが鍵・・・何の?。


冗談みたいな言葉だけど、大泉さんの表情は深刻そのものだった。

ちく自身も、聞き慣れない言葉に反応したのか、モニタの三角錐から視線を離さない。


「・・・どういうことですか?」

オレは、小さく震える声で尋ねた。


大泉さんは、映像の向こうで短く息を整え、「かみかぜ」のブリッジで木下さんという特調チームの人の仮説を説明してくれた。


第2空洞が地脈の集まりの結節点になっていて、その地脈が乱れると京都に天変地異が起こる、なのでその地脈の乱れを抑えるために置かれたのが三角錐、だということを。


「もちろんまだ確証はない。ただ、この地底湖の水位が下がったり、京都で小さな地震が頻発したり、地脈が不安定になってきているとすれば説明のつく現象が起きている。そして、あの白い三角錐がちくわちゃんに向かって振動した以上、ちくわちゃんが何らかの形で関係している思うんだ」


かけるが隣でこうで付け加えた。

「そして、ちくわちゃんも突然あれに反応している。これは偶然とは思えません」


「で、でも・・・ちくはただの猫ですよ?」

オレが言うと、大泉さんが苦笑した。

「ただの猫なら、舞鶴湾で最新型の敵潜水艦を見抜いたりしないよ」

「それは・・・まぁ、そうですけど・・・」


「ちく」

名前を呼びながら、オレはちくの方を向く。ちくは、

「私を連れてって」と言いながら、またにゃあと鳴いた。


「わかりました、これから降りていきます!」

オレが意を決してそう言うと、珍しいことに、ちくは自分からケージに入って行った。


めぐるが、

「これ、念のため持ってく?」

と、腰の拳銃を指さした。

そんなものを持っていたことすら気付かなかったオレは、苦笑いしながら、

「撃っても当たらないし、丸腰で降ります」

と返事をした。


かけるが、

「でもこれは持って行って」

と持たせてくれたのはイヤフォンだった。

「マイク一体型だから、私たちの会話も聞こえるし、キミの話も私たちが聞けるから」

オレは礼を言って、早速に耳に装着した。


めぐるがハッチを開けてくれる。

「ゼッタイ、無理しちゃダメよ」

オレは黙って、でも大きく頷く。

「ちくわもだよ! 無事に帰ってくるんだよ! ちゅーるあげるから!」

とかけるが言うと、ちくは嬉しそうに、にゃあと鳴いた。


オレは、

「日本の防衛はお任せします!」

と言ってコの字階段を降り始めたら、バカね、と泣きそうな笑顔でかけるがハッチを閉めた。


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