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第8話 柴犬と首輪

 ソフィアが近くに落ちていた木の枝で大蛇の体をつんつんと突くと、こと切れた大蛇の体が一瞬だけピクンと痙攣し、ソフィアは驚いて肩を震わせ、俺の後ろに隠れた。


「今動きましたよ! まだ生きてます! さっさとトドメをさしてください!」


「落ち着けって! 今のはただの反射だ! もう死んでる!」


「……ほ、ほんとですかぁ?」


 大蛇はそれ以上微動だにせず、ソフィアはようやく安心したように息をついた。


「……ふぅ。どうやら本当に死んでるみたいですね」


「あぁ。ソフィアがこいつの注意を引いてくれたおかげで助かったよ」


 ソフィアは嬉しそうに胸を張ると、


「いえいえ! 私はタロウ様のお世話役ですからね! あのくらいは当然ですよ!」


 褒めると調子に乗るタイプだな……。


「ところで、怪我は大丈夫ですか?」


「正直かなり痛いけど、何故かすぐに血は止まったし、平気っぽいな……」


 そういや、リリーが言ってたっけ。


 唯一神候補はみんな、治癒力が高いから大怪我しても平気とかなんとか……。


 ソフィアは、そう言えば、と思い出したように言った。


「さっきその蛇に噛みついた大きな顔はいったい……」


「どうやらあれが俺のスキルらしい。……あの顔はたぶん、俺が柴犬に姿を変えられる前のフェンリルの顔だな……。真っ黒だったけど……」


「……い、今の姿と随分違うんですね」


 そんな憐れむような目で俺を見るな……。


 リリーの奴……。中途半端に俺の姿を柴犬に変えやがって……。どうせだったらスキルで作られる顔も柴犬に変えろよな……。


 いや、でも、巨大な柴犬の顔で攻撃するのはさすがに間抜けすぎるか……。


 ソフィアは大蛇の方を振り返ると、


「それにしても、こんな大きな蛇がいるなんて驚きです……」


「どう見ても普通の蛇じゃないだろ。魔物ってやつじゃないのか?」


「あはは! まっさかー! 魔物なんて、私が暮らしていた三百年前よりずっと以前に絶滅してますよ!」


「……じゃあ、この蛇はなんなんだ?」


「…………さぁ?」


 答えが出ず、二人揃って黙り込んでいると、上から声が降ってきた。


「その蛇はねー。正真正銘、本物の魔物だよー」


 見上げると、いつの間にかすぐそばの瓦礫の上に、クマのぬいぐるみを抱えたリリーが腰かけていた。


「また突然現れやがって……」


 ぱたぱたと足を揺らすリリーに、ソフィアは不安そうな顔でたずねる。


「本物の魔物……? で、ですが、魔物はとっくの昔に絶滅したはずです!」


「うんっ! そうだねっ! たしかにソフィアちゃんの言う通り、魔物なんて存在はずっと、ずーっと前に一匹残らず絶滅したねっ! けど、三百年くらい前、ちょうどソフィアちゃんが引きこもってすぐにね、唯一神の座を獲得した神様が、この世界に魔物を復活させちゃったんだよねー」


 リリーの言葉に、俺は咄嗟に口をはさんだ。


「魔物を復活させた? いったい何のために?」


「さぁ? 理由は知らなーい。けど、そのせいでどうなったのかは知ってるよっ」


 リリーがパチン、と指を鳴らすと、上空にいくつもの小窓が出現し、そこに様々な映像が流れ始めた。


 ある小窓では、二足歩行の魔物が人間の内臓をむさぼっている。


 ある小窓では、商船が真っ二つに引き裂かれ、人間がおぼれ苦しんでいる。


 ある小窓では、口から炎を吐いている巨大な鳥が、人里を焼き尽くしている。


 他の小窓に映っている景色も、同様に目を逸らしたくなる凄惨なものばかりだった。


 絶句している俺とソフィアに、リリーが淡々と語る。


「復活した魔物は次々と人間を殺して、人口は三百年前と比べて半分くらいにまで減っちゃったのっ」


 ソフィアはゴクリと唾を飲み込んだ。


「半分……。まさか、そんなことになってるだなんて……」


「唯一神になれば、思うがままに世界のルールを変えられる。それが善であるか悪であるかは関係ないの。唯一神になるというのは、そういうことなんだよ」


 そんなことを神妙な面持ちで語ったリリーは、最後に一言付け加えた。


「けど、大丈夫っ。タロウくんならきっとこの世界を、かわいいもので溢れる素敵な世界へと導いていけるよっ。リリーはそう信じてるっ!」


 俺が、世界を導く……?


 その時、自分がどんな立場に立たされているのか、俺はようやく理解した。


     ◇  ◇  ◇


「そんな深刻な顔しないでいいよっ! 何事もなるようにしかならないからねっ!」


 リリーはそんなことを冗談めかして言うと、「あっ、そうだ!」と、思い出したように手を叩き、抱えているクマのぬいぐるみに手を突っ込んで、中からヒモのついた水晶玉を取り出した。


「はいっ! これあげるっ!」


「……水晶玉?」


 意図が読めず困惑していると、リリーはお構いなしに近寄ってきて、俺の首に数珠のついた水晶玉をかけた。


「うんっ! 似合ってる似合ってる! タロウくん、とってもかわいいよっ!」


「これ……まさか首輪か?」


「そうっ!」


「……イラナイ。……オレ、イヌチガウ……。オレ、フェンリル……」


「なんで片言……。かわいいからつけてっ! それにその水晶玉はね、タロウくんが集めた信仰心を確認するために必要な道具なんだよっ!」


「信仰心を確認?」


「そうっ! ある程度信仰心がたまったら光って教えてくれるの! 便利でしょ!」


「……まぁ、そういうことなら」


 けど、首輪までつけてたらどこからどう見ても完全に犬じゃないか……。


 これ、誰が俺をフェンリルだって信じてくれるんだ?


 ふと、横にいるソフィアに視線を向けると、ソフィアは俺から顔を背け、ふるふると肩を震わせていた。


「あれ? ソフィア、なんか笑ってない?」


「ふ、ふふ……。いえ、まさか……。ぷっ……。タロウ様、その首輪、とてもかわいくて、よくお似合いですよ……。ふふ……」


 これが俺の信者第一号かぁ……。


 泣けてくるなぁ……。


 リリーは眠たそうにあくびをすると、


「リリー、もう寝る時間だから帰る……。またそのうち気が向いたら遊びにくるねぇ……」


「遊びにかよ」


「あ、それと……。唯一神候補の神様が、他の神様を見つけると必ずわかるようになってるから、万が一どこかでばったり出会っても戦おうと思ったりしないでね……。タロウくんはまだこっちに来て日が浅いから、きっとすぐに殺されちゃうし……」


「さらっと怖いこと言うなよ……」


「ふぁー……。ねむ……。じゃあねー……」


「おい。まだ聞きたいことが山ほど――って、もういないし……」


 リリーが煙のように消えると、今度はソフィアに向き直った。


「……行くか」


「行きましょうか」


 改めて人里を目指し、川に向かって歩を進めた。


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