第9話 柴犬はペットですか?そうですか…
ソフィアの読み通り、いくら三百年という月日が経っていようとも川の大まかな場所は変わっていなかった。
「この道、ずっと草が生えてないな。それに馬車が通ったようなくぼみがある」
「人里が近い証拠ですね!」
川沿いを進みながら、新たに別の魔物と遭遇しないか警戒していたが、結局それらしい気配は一度も感じなかった。
魔物ってのはどこにでもいるもんじゃないみたいだな。
リリーの話ではこの三百年間で人口が半分に減ったらしいが、それだけ長い時間が経ってると、今はお互いある程度住みわけができてるのかもな。
「ところで、傷の具合はどうです? あの大蛇との戦闘からまだ数時間ですが……。ほんとに大丈夫ですか?」
「あぁ。傷はもう塞がり始めてるしな」
「えっ!? ほんとですか!?」
「これが神様の治癒力ってやつらしい。即効性はないが、じわじわ回復してる」
この分だと、二、三日すれば完全に跡形もなく治癒できるだろう。
すげぇんだなぁ、神様って。
「見てください、タロウ様! ほら、あそこに町がありそうですよ!」
ソフィアが指さした前方には、石材で造られた外壁のようなものがあり、川には商船らしき小船もいくつか浮かんでいた。
川の上にアーチ状にかかっている外壁の下からは、奥に広がる町の様子が見て取れた。
川沿いを中心に露店がひしめき、商品を眺めながらたくさんの人たちが行きかっている。
近づくにしたがい、嗅いだことのない食べ物の匂いや、活気溢れる商人の声も届き始めた。
「思ってたより大きな町みたいだな」
「……ですね、驚きました。ここはたしか、三百年前には『リラボル』という小さな町があって、川で捕れる魚をよくヴィラルに卸してくれていたんです。……それがまさか、こんなに栄えているとは……」
「よし。じゃあ町に入る前にもう一度確認するぞ。とにかく今一番欲しいのは情報だ。この世界の常識、信仰心を集められそうな方法、それから特に、他の唯一神候補ってやつがどこにいて何をしているか、だ」
「もしも町中で他の唯一神候補に出くわした場合はどうしますか?」
「リリーも言っていたが、俺はまだこの世界に来て日が浅い。だが向こうは、すでにある程度信仰心を獲得し、力をつけているかもしれない。……なので、この町に他の唯一神候補がいた場合、全力で戦闘を回避し、この町から尻尾を巻いて即時撤退する!」
「タロウ様の尻尾は最初から巻いてるじゃないですか……」
「細かいことを気にするんじゃあない」
「……まぁ、逃げることには賛成ですけど、そんな威張って言うことではないですねー」
「なんとでも言うがいい。この尻尾は巻くために存在しているんだからな」
「意外とその姿気に入ってませんか?」
「……そ、そんなわけないだろ」
「えー? ほんとですかー?」
「ほら、もうつくぞ。集中しろ」
「あ、ごまかした」
町へ入る際には、荷物を運んでいる小船は門番に止められ、積み荷を検査されているが、どうやら大荷物を持っていない歩行者はその対象ではないらしく、俺とソフィアはすんなりと中へ入ることができた。
その際、何か文字が書かれた看板を見たソフィアは、ぎょっと目を丸くした。
「わっ! タロウ様タロウ様! この町、やっぱりリラボルらしいですよ! うぅ……。町並みは全然違いますけど、懐かしくて涙が出そうです……」
「よかったなぁ。……ところで、ソフィアは今何歳なんだ?」
「……十六ですけど、なにか?」
「へぇ。なら今、ソフィアは三百十六歳ってことになるのかぁ。それにしては若く見えるなぁ。あはは」
「……タロウ様、その冗談、次言ったら本気で怒りますよ?」
「……す、すいません」
どの世界でも女性の年齢はデリケートなんだな……。
二度と言わないように注意しよう……。
◇ ◇ ◇
町中にはいくつも看板が掲げられた店があったが、俺はそれらの文字を解読することができなかった。
ラノベとかだと、異世界の文字は最初から読めるようになってるんだが、どうやらそんなに甘くはないみたいだな……。
ソフィアと言葉自体は通じるし、ちょっと勉強したら読めるようになるかな。
文字はソフィアに読んでもらい、俺たちはようやく、この町で一番大きな酒場に到着した。
店の正面には、酒樽を模した看板に店名らしき文字が焼き印で押されている。
「やっぱり情報を集めるなら酒場だよな」
「『暁の皿』という名前の酒場らしいですよ」
「中には荒くれ者もいるかもしれない。ソフィア、俺から離れるなよ」
「はい! 頼りにしてます、タロウ様!」
両開きの扉を押し開くと、上部に取り付けられた鈴がカランコロンと鳴り響く。
右手にはバーテンダーらしき女性がいるカウンターがあり、左手にはロフトへ上がる階段、それから円形の机と椅子が綺麗に並べられていた。
前髪を左に流した吊り目のバーテンダーは、俺を見るなり不愛想に言い放った。
「悪いけど、うち、ペット禁止だから」
……ペット?
はて? なんのことだ?
ソフィアが慌てて弁明する。
「タロウ様はペットではありません! 私がお仕えする由緒正しきフェンリル様です!」
ペットって俺のことか!
不愛想なバーテンダーは、どこか呆れた様子で、
「フェンリルって言うと、あの伝説の神様の?」
「そうです! その伝説の神様のです!」
「それとこの犬と、何の関係が?」
「だぁかぁらぁ! この犬はフェンリル様なんですってば!」
「ほら、今犬って言ったじゃん」
「いやいや! それは見た目だけの話で――」
「とにかく、うちは犬の持ち込み禁止。さっさと外に出してちょうだい」
「…………」
ソフィアが悲しそうな目を俺に向け、
「……あ、あの、タロウ様。というわけなので……申し訳ないんですが……ちょっと外で待っていてもらえますか?」
「マジか」




