第7話 柴犬と初戦
『忍び寄る大蛇』? それがこいつの名前か?
たしか、《超嗅覚》は周囲の情報を読み取る能力があるって書いてあったな。その効果か。臭いだけでは敵の名前は表示されなかったってことは、しっかりと目視しなければ名前までは表示されないってことか?
だが、尋常でないのはその大きさだ。一見しただけでは蛇の体がどこまであるのか見て取れないほどの長さ。さらに顎は俺を丸のみにできるほど巨大である。
ずっぷりと牙を突き刺された俺の横腹からは、だらだらと赤い血液が滴っている。
くそっ! 振りほどきたいけど、がっちり牙が体に食い込んでて動けない!
大蛇に咥えられたまま、ガツンと大岩へ打ち付けられる。
「がはっ!」
背中から伝わる衝撃に、視界がぐわんと歪んだ。
なんとか大蛇の牙を抜こうともがくが、体にうまく力が入らない。
どうなってるんだ……。手足が痺れて、思うように動かせない……。
まさか、毒……?
くそっ! 毒持ちなんてステータスには表示されてなかったぞ!
動かなくなった体に、大蛇の尻尾がするすると巻き付いてくる。
このままじゃまずい! どうにかしないと!
その時、ぱっと脳裏に、さっき見たステータス画面が浮かび上がった。
『《狼の大口》:自らの影から口を出現させ、それで噛みついた生物のスキルをコピーし、自分のものとする』
そうだ! あのスキルを使え――ば――――
ギリギリと全身に巻き付く大蛇のせいで、視界の周囲が段々と赤く変色していく。
思考が定まらず、ただただ苦しさだけが押し寄せ、瞳が痙攣しながら上方へと引っ張られていく。
――まず――い――
――意識が――――
消え入りそうな意識の中、不意に、ドン、ドン、という鈍い衝撃が断続的に伝わってきた。
なんとか視線を動かし、音の原因をさぐると、さっき瓦礫の上に押し上げたはずのソフィアがすぐそこまでやってきていて、野球ボールほどの大きさの石をいくつか抱え、それを大蛇に向かって思いきり投げつけていた。
その攻撃的な行動とは裏腹に、ソフィアは今にも泣きそうな顔で、
「な、なんなんですか、この大きな蛇は!」
「ソフィ……ア……?」
「と、とにかくタロウ様を放しなさい! てやっ!」
ソフィアが目を瞑って投げた石が、ガツンと大蛇の片目を見事にとらえた。
「ギシャッ!」
大蛇がそんな悲鳴のような鳴き声をあげると、それまで俺の体に食い込んでいた牙がすっぽりと抜けた。
大蛇はフルフルと頭を振り、今度は「シャァァッ!」と大口を開けてソフィアを威嚇した。
その恐ろしい表情にたじろぎ、ソフィアはあたふたと踵を返して逃走する。
ソフィアの背中に向かって、大蛇が全身をバネのように使い、一気に飛び込んだ。
同時に、それまでギリギリと俺の全身を締め付けていた大蛇の拘束から解放され、一気に脳に酸素がいきわたり、意識がはっきりするのを感じた。
スキルの使い方もわからず、本当にそんなものが発動するのか確証もないまま、それでも俺はそのあやふやな存在に頼るほかなかった。
俺は足元にある自分自身の影と、ソフィアに飛びかかる大蛇に集中し、大声で叫んだ。
「《狼の大口》!」
直後、足元の影が大蛇に向かって伸びていく。
その影はみるみるうちに、鋭い牙と険しい目つきを携えた、巨大なフェンリルの頭部へと変化していった。
影でできた真っ黒なフェンリルの頭部は、耳を劈く咆哮で辺り一帯を包みながら、幾重にも生えそろった牙を深々と大蛇の体へ突き立てた。
「ギィィィィッ!」
大蛇の口から、苦痛の叫びと大量の血液が溢れ出す。
不意を突かれた大蛇が、その長い体をムチのように動かし、フェンリルの口から逃げ出そうとする。
だが、一度食い込んだフェンリルの牙はその力を一切弱めることなく、そのまま、バツンッ、と大蛇の肉を噛み切った。
真っ二つになった大蛇の体は、しばらくの間苦しそうにうねうねとのたうち回り、次第に動かなくなり、完全に沈黙した。
頭の中で、自動音声の女の声が聞こえてくる。
【ポイズン・サーペントから、《麻痺無効》、《麻痺牙》を複製しました】
た、倒した……のか?
スー、と全身から痺れが抜けていくと、すぐに手足を感覚が戻ってきた。
◇◆◆◇◆◆◇◆◆◇◆◆◇◆◆◇◆◆◇◆◆◇◆◆◇
〈新スキル詳細〉
《麻痺無効》:麻痺状態に陥らなくなる。
《麻痺牙》:噛みついた相手を一定確率で麻痺状態にする。
相手の戦闘能力が自分より低ければ低いほど、その
確率は上昇する。
◇◆◆◇◆◆◇◆◆◇◆◆◇◆◆◇◆◆◇◆◆◇◆◆◇
《麻痺無効》……。このスキルのおかげか。
うっ……。
けど、噛まれたところがズキズキ痛む……。
どうせなら《痛覚無効》とかも欲しかったな……。
こいつがスキルを持ってたってことは、やっぱり《超嗅覚》では相手のスキルまでは読み取れないらしいな……。
そういう大事なことはスキル説明欄に書いとけよ……。
「というかまっず! にっが! これもしかして、今《狼の大口》で食った蛇の味か!? ぺっぺっ! なんで味覚はあれと共有なんだよ!」
動かなくなった大蛇の死体をじっと睨みつけていると、ソフィアが大蛇から距離を取りながらじりじりと近づいてきた。
「もう動かないですよね!? 突然起き上がったりしないですよね!?」
「たぶん……」
「たぶん!?」




