第33話 墓場の主
私が合図を送ると背後のカルシファーが中二的呪文を唱えだした。
ただしこれまでの呪文詠唱と違い、カルシファーは地面に両手と片膝をついて土魔法スキルを使った。
「大地に眠りし力。我の求めに応えて今こそ目覚めよ――」
彼女がそう唱えると両手をつけてた地面が盛り上がった。
湿った土から砂粒が幾つも飛び出し、カルシファーの頭上に一塊の砂の玉が出来上がる。
「――この言霊に三度従いて硬く、堅く、固くあれ。汝は砂なれど螺旋の理をもって猛り狂い、我が眼前の敵を穿つ魔弾となれ――」
オリジナル呪文の詠唱が進むと、一抱えもあった砂玉が圧縮されていき小さくなっていった。
限界まで圧縮された砂玉が回転し始める。
カルシファーが一拍おいて待つと、回転が風切り音を発するほど激しくなった。
そして最後の言葉を唱えた。
「サンドボール!!」
砂の凶弾が放たれる。
サンドボールは、私たちの頭上を一瞬で通り過ぎて真っすぐ墓場の主の元に向かい弾着する。
目潰し程度の攻撃力しかなかったサンドボールとは到底思えない破砕音がここまで届いた。
「あれはサンドボールじゃなくてサンドバレッドって呼んだ方がいいな」
「カルちゃんは魔法の才能があったみたいですね。1週間ちょっとで誰にも教わらずにあれだけ応用ができるなんて並大抵じゃないですよ」
魔力と集中力が相当必要だったのかサンドボールの魔法を放ったら、ふらふら状態になって傍らのお菊の髪に支えられていた。
「まったく嬢ちゃんは無茶をしやすねえ」
「魔法の想像には自信があったからね。それを実戦したまでよ。とはいえ予想以上の威力に我も驚いたわ」
普通のモンスターなら今の魔法攻撃で倒されておかしくない威力だった。
だがやはり、そう簡単に済む相手ではなかったようだ。
墓場の主の足元から突如現れたスケルトンナイトが、その身を犠牲にしてカルシファーの攻撃を防いでいた。
あそこがモンスターの出現ポイントでないのはカルシファーの邪気眼スキルで確認済みだ。
おそらく墓場の主がスケルトンナイトを呼び出したのだろう。
スケルトンナイトが力なく崩れて光の粒子となって消えていく。
堕犬娘の目でよく見ると、盾と鎧に穴が開きスケルトンナイトの頭蓋骨がサンドボールの衝撃で粉砕されていた。
そしてついに墓場の主が椅子から立ち上がった。
見た目は王冠を被っている以外はただのスケルトンだ。
ただし先ほどまでは感じられなかった得体のしれない圧を感じた。
墓場の主が暗い眼窩を向け絶叫する。
「オオオォォォ! 盗人ドモメ! 我ガ眠リヲ邪魔スルダケデナク、ツイニ我ガ最後ノ宝マデ奪イニ来タノカ!!」
やっと動き出して喋ったかと思ったら訳の分からないことを言い出した。
私を含めて全員、相手のこの反応に戸惑ってしまう。
「ついにって言うけど、私たちがここに来たのは今回が初めてなんだが……」
「マスター。距離が開いているのでもっと大声で話さないとアレに聞こえませんよ」
イヌにアレ呼ばわりされた墓場の主は、椅子から立ち上がると周囲の地面に4つの魔法陣を一瞬で創り出した。
すると魔法陣から4体の骸骨モンスターが出てきた。
ローブを身にまとい杖を持っているのでスケルトンメイジだと思ったが違った。
4体の骸骨モンスターが杖を黒く光らせると、周囲から何体もの骸骨モンスターを呼び出したのだ。
不幸中の幸いなのは、骸骨大百足といった単体でも強いモンスターではなく、スケルトンソルジャーなどの人骨を元にした骸骨モンスターだけだったことだろう。
それでも呼び出される数は尋常じゃなかった。
「行ケ! 盗人ドモヲ殺セ!」
墓場の主の命令で4体の骸骨モンスターに呼び出されたアンデットモンスターたちが動きだした。
ただ無作為に突撃をするのではなく、列を乱さず向かって来たことから集団戦闘もできるようだ。
「とりあえず4体の骸骨モンスターはスケルトンサモナーと名付けるか」
スケルトンナイトを呼び出して身を守ったことから考えて、墓場の主は召喚系のスキルで数で敵を圧倒するタイプのモンスターみたいだ。
先にスケルトンサモナーを呼び出したことといい、墓場の主は馬鹿正直に正面から戦うには厄介なモンスターだろう。
「マスター。暢気な事を言っている場合ではありませんよ。敵が押し寄せてきました。それに墓場の主がまた別のモンスターを呼び出すみたいです」
イヌに言われてみれば、墓場の主が巨大な魔法陣を創り、時間を掛けて何かを呼び出そうとしてる姿が見えた。
「強いモンスターでも呼び出すのかな。まあ、召喚主である墓場の主の命令に従ってるようだし、頭を押さえれば手足も動かなくなるだろ」
私は手に持っていたヒールと白マナカードを掲げて念じた。
――洗脳催眠――発動。
2枚のカードが黒い粒子となって私の身に宿る。
以前のストーンゴーレム戦のような全能感はない。
代わりに洗脳催眠スキルの情報が頭に流れ込む。
実は内心、多少の不安はあったけどこれなら大丈夫そうだ。
さて、ここからが重要だ。
スキルの発動を念じたが、実はまだ発動準備段階といった所なのだ。
私は墓場の主の姿を認識する。
骸骨モンスターたちの列のせいで少し隠れてしまっているが、対象の一部だけでも視界に収まっているならば発動条件が整う。
よし。これで墓場の主の全てを手中に収める準備が完了したな。
あとは言葉を告げるだけ。
「――止まれ――」
離れた対象に私の声が届かなくても関係ない。
今の墓場の主と私の状態を例えるなら、ラジコンカーとコントローラーみたいなものだろう。
ラジコンカーが墓場の主で、コントローラーが私だ。
発動条件を満たしたならば、私という超高性能なコントローラーは、その後どれだけ離れた場所にいてもラジコンカーを操れる。
洗脳催眠スキルの効果時間は1時間という時間制限があるが、これだけあれば対象はまな板の鯉も同然だ。
「オォ……」
墓場の主の動きが止まった。
最初あれほど叫んでいた墓場の主だが、私の許可がないので声を上げることすら許されない。
巨大な魔法陣の維持も途中で放棄したので消えてしまっていた。
これが洗脳催眠スキルの効果なのか。
敵の一切の抵抗を許さず。
自信の命令を相手に強いる絶対順守の力。
これは催眠おじさんが元の世界ではっちゃけたのも納得の力だな。
「総員、構え!」
「ウッキーー!!」
その時、ゴリ将の掛け声が私の耳に届いた。
墓場の主に集中してたせいで気付くのが遅れたが、小隊規模のスケルトンの一団が接敵しそうになっていた。
その一団の突撃に対して、猿山脈の歩兵たちはゴリ将の指示に従って盾を構えて応戦する態勢に入っていた。
私は改めて墓場の主へと意識を向けた。
「――召喚した全てのモンスターの動きを止めさせろ――」
こう命令すれば墓場の主に召喚されたスケルトンサモナーはもちろん、そこから経由してスケルトンの一団にも私の命令が行き届くはずだ。
その効果はすぐに現れた。
墓場の主が骸骨モンスターを召喚していた4体のスケルトンサモナーを指さすと、4体とも杖を掲げた状態のまま動きを止めたのだ。
そして私の予想通り、この命令は更にその下のスケルトンの一団まで影響を与えた。
待ち構える猿山脈の歩兵たちまで、あと数メートルという所まで来ていたスケルトンの一団がピタリと時間が止まったかの様に立ち止まった。
とはいえ無理やり動きを止めさせられたのだ。
走っていた勢いは殺し切れず、慣性の法則によってバタバタと将棋倒しになるスケルトンの一団。
「赤目の乙女の魔法も凄かったが、イチロー様の力は圧倒的だね。これなら私が出る幕はないんじゃないかな」
「イチロー様、強い。誰も、敵わない」
新入りのユニと火鼠2体から賞賛される。
他のユニットや従魔からも私を持ち上げるような発言がされた。
素直に喜びたいが、洗脳催眠スキルの弱点を思うと複雑な気持ちになる。
洗脳催眠スキルが1度に発動対象に出来るのは1体のみなのだ。
つまり複数で襲い掛かってくる敵に弱い。
墓場の主みたいに上を押さえれば問題解消するならいい。
だが上下関係のない複数対象や乱戦。それに視認という発動条件を満たせない敵には洗脳催眠スキルを使うのは厳しいだろう。
だからこそ、ユニットを増やして戦力を充実する必要があるのだ。
墓場の主の王冠を手に入れたら、一旦マイルームに戻った方がいいだろう。
なぜならサモンマルチバースカードのデッキ残り枚数が3枚だけなのだ。
ショップで新しいカードを入手して、次のデッキ構築をしておきたい。
「とりあえず目的の物をいただくとするか。――王冠を私に渡せ――」
私の言葉に応えて墓場の主が近くまで移動してきた。
その骨の頭に被っていた王冠を貰い、イヌの亜空間に入れておいた。
「ところでマスター。この墓場の主と出会った時の発言内容について聞いた方がいいのではありませんか?」
そういえば初対面の私たちを盗人呼ばわりして、また来たのかという様な言い方をしていたな。
墓場の主の言っていた宝が王冠と、おそらく杯のことを指すとして、どうしてあんな言い方をしたのか。
「そうだな。折角、喋れるモンスターなんだし気になる話でも聞いてみるか――お前は私たちと出会った時の言葉を覚えているか?――」
そう聞くと墓場の主が頷いた。
「覚エテイマス」
「――だったら、なぜあの時お前はあんな言い方をしたんだ?――」
この後、私の質問に対して墓場の主が恨み節をこめて長々と語り出した。
その長話を要約すると、かつて所持していた王冠と杯と杖の3種の宝物の内、杯と杖を他のモンスターに盗まれたそうだ。
今、杯は森を支配するモンスターの物となり、杖は城に住む2階層のボスモンスターが所持している。
なんとか王冠は死守した墓場の主は、弱った体を癒すために長い眠りつき、それを邪魔した私たちを盗人だと断じて殺しにかかったらしい。
「――杯と杖を盗んだモンスターの正体は知っているか?――」
洗脳催眠スキルで楽に制した墓場の主だが決して弱い相手ではない。
カルシファーの高速で飛来するサンドボールの魔法攻撃に反応して防ぎ、大量のアンデッドモンスターの召喚までするのだ。
そんな墓場の主から宝物を盗み出したモンスターが弱いわけがないだろう。
「奴等ノ名ハ知リマセン。デスガ我ハ龍ノ成リ損ナイト、夜ノ貴族ト呼ンデイマス」
話を聞く限り、森を支配しているのが龍の成り損ないで、城を居城にしているのが夜の貴族だろう。
「――それならお前はどんなモンスターなんだ? あと、お前は洗脳催眠スキルに掛かる前に何をしようとしていた?――」
墓場の主の正体と他に気になった事があったので聞くことにした。
「我ハ、リッチ。死霊魔法ヲ得意トシテイマス。今ノ状態ニナル前ニヤッテイタ事ハ、ゾンビドラゴンの召喚デシタ。我ガ召喚可能ナ、アンデッドモンスターノ中デ、最強ノモンスターデス」
墓場の主はリッチだったのか。
巨大召喚陣を邪魔できて良かったな。
あのまま普通に戦っていたら数の上でも質の上でもこちらが負けていたかもしれない。
だけど……ゾンビドラゴンとはな。
腐ってもドラゴンだから、倒せば経験値として相当美味しいモンスターのはずだ。
掲示板情報でも、強いモンスターを倒すほどステータスやスキルレベルの上昇がしやすいと噂されていた。
城の跳ね橋の仕掛けに王冠が必要だから、それまでリッチは生かしておくつもりだった。
だがリッチの死霊魔法で呼び出される強力なアンデッドモンスターを相手にすれば、スキルレベルと堕犬娘とお菊のステータス向上に役立ちそうだ。
用済みになるまでリッチはボーナスモンスターとして生かしておくか。
「何やら悪い顔をしていますね」
「おっさんが悪い顔してたら駄目かい?」
「いえいえ。どんな表情のマスターも自分にとっては最高ですよ」
「そりゃどうも」
イヌと軽口を言い合った私は、洗脳催眠スキルの力でリッチの記憶から王冠と私たちの事を消して、今まで通り過ごすよう命じた。
これで洗脳催眠スキルが解けた後も、王冠が無いと騒がれることはない。
既に召喚されている4体のスケルトンサモナーとスケルトンの一団は、抵抗の意志すら抱かせずにお菊に倒させた。
「たしかにこれなら手っ取り早く強くなりやすが、この方法に頼り切ると戦いの勘が鈍りそうでやすね」
「動かない的を攻撃するだけだからね。実戦と訓練でメリハリをつけていこう」
用事が済んだ私は、皆にマイルームに戻るよう伝えた。
「私は一足早くマイルームに死に戻りするから、皆のことはゴリ将に任せる。お菊はそのサポートに入ってくれ」
「承りました」
「了解しやした」
「あと歩イチたち1階層を探索している2班にも戻るよう伝えておいてくれ」
猿山脈の歩兵は、思考共有スキルで遠く離れていても互いに情報を共有できる。こういった時にも役立つスキルなのだ。
イヌの亜空間から水が湧きだす水瓶を取り出し、猿山脈の歩兵たちに交代で持ち運ぶよう伝えた。
そして残りの食券と、マップスキルで得たこれまでの道順を書き記した地図をゴリ将に渡しておいた。
「これで帰還中の水と食料をやり繰りしてくれ。ゴリ将に毎日やってもらっていた配下召喚スキルは、これ以上食い扶持が増えると食料の方は足りなくなるだろうからやらなくていいぞ。食券が無くなったらユニの林檎で済ませてくれ」
「かしこまりました。後のことはお任せください」
ゴリ将が胸を叩いて応える。
「あとユニとカルシファーは、協力して信仰の証スキルで白マナカードを入手してくれ」
白マナカードを得る機会は流石に逃がせない。
マイルームに戻ってくるまで、カルシファーの膝枕でユニの信仰心を満たしてもらおう。
「……同胞よ。どうしてもやらなければならないのか?」
「そんな嫌そうな顔をするな。戻ってきたら欲しい物をショップで買ってやるから頼んだよ」
「むぅ、そこまで言われたら断れないではないか」
仕方ないといった感じで私の頼みをカルシファーは受け入れてくれた。
「……」
「ウキー。ウキウキー」
視界の端で、顔を伏せるユニとそれを慰める猿山脈の歩兵を見えた。
ユニは、処女の堕犬娘の時の私とカルシファーに対してスキンシップが激しい。
だから私はともかく、カルシファーに苦手に思われているのだ。
これを機に多少治るといいのだが……。
「オッドアイの乙女の膝枕……か」
いや、あれはもう手遅れなのかもしれないな。
慰めていた猿山脈の歩兵も呆れた様子だ。
「それじゃあ皆。マイルームで待っているから気を付けて戻ってきてくれよ」
「皆さん。自分とマスターは仲睦まじく先に戻りますが、無事に戻ってきてくださいね……うきゅっ」
一言多いイヌを締め上げて、私は体液毒化スキルで自殺を図ってマイルームに死に戻りした。




