第七話 脱獄者の温もりと、過去への隔離
今回のお話では、主人公の過去に隠されていた記憶が明らかになります。
これまでの新聞に残された矛盾が、少しずつ別の意味を持ち始めます。
ぜひ最後までお付き合いください。
そのお葬式の夜に、僕が叔父の遺体の前で『見てしまったもの』の記憶だということを。
五年前、僕は十二歳だった。
母さんの言う通り、僕は誠一叔父さんの葬儀に参列し、親族の席で確かに涙を流していた。
だが、僕の脳がシステム防衛のために白紙に戻した本番は、読経が終わり、大人たちが別室で通夜ぶるまいの酒を飲み始めた、あの真夜中の静寂の中にあった。
線香の煙が白く立ち込める、誰もいない祭壇の部屋。
僕は一人、叔父の棺の前に立っていた。
大好きだった叔父さん。僕に世界の裏側を覗くような古新聞の面白さを教えてくれた、唯一の理解者。
最後にもう一度だけ顔が見たくて、僕は大人の目を盗み、棺の白い布をそっとめくった。
そこに横たわっていたのは、間違いなく誠一叔父さんの顔だった。
生前と変わらない、少し神経質そうな細い眉。
だが、十二歳の僕の目が捉えたその皮膚の質感は、明らかに「死体のそれ」ではなかった。
やれやれ。僕の脳が必死にそのデータを消去したかった理由が、五年の歳月を経てようやく理解できた。
維持するだけで脳が狂うほどの過負荷。
それはオカルトの恐怖などではない。あまりにも冷徹で、物理的な『矛盾』を目の当たりにしたからだ。
叔父の遺体には、死斑もなければ、硬直の気配すらもなかった。
それどころか、あの日、僕が恐怖を忘れてそっと触れた叔父の首筋は、微かに、だが確実に『温かかった』のだ。
さらに、僕の視線は、叔父の死装束の胸元に吸い寄せられていた。
二十四年前の、僕が迷子になったあの日、総工費八百億円の建設現場付近で、叔父が僕の手を引いてくれたときに着ていた、あの古い型番のジャケット。
なぜかそれが、死装束の懐に不自然に押し込まれていた。
その胸ポケットから、細長い紙の端が覗いていた。
当時の僕は、それが何なのか分からず、ただ本能的な恐怖に駆られてその紙を引き抜き、自分のポケットにねじ込んだ。
それこそが、古書店『三浦』の店主を経由して、今僕の手元にある、あの黒田誠一の直筆の手紙だったのだ。
頭が割れるように痛む。
だが、僕の脳の防衛本能が、すぐさまその狂気を冷徹なロジックで上書きしていく。
線が繋がった。
五年前に死んだはずの叔父。だが、彼は二十四年前の『消えた橋の現場』に、僕と一緒に存在していた。
そして五年前の葬儀の夜、叔父は『死んだことにして』あの棺の中に横たわっていただけだったのだ。
東邦という国において、計画の失敗を認めないことが優秀さの証明であるならば、組織の嘘を暴きすぎた人間を処理する最も『優秀な方法』は何か。
消すことではない。
最初から『死んでいたこと』にして、社会の戸籍からデータを抹消することだ。
「……そういうことか、叔父さん」
僕は自分の部屋のベッドの上で、鞄からノートを取り出した。
手紙の最後の言葉が、今度は全く違う意味を持って僕の脳裏に響く。
『私の文章も疑ってほしい』
叔父は、国に殺されたのではない。
国を騙し、自らを『書類上の死人』にすることで、この巨大な監視システムから脱獄したのだ。
そして僕の名前が二十四年前の新聞に載っていた理由も、これで説明がつく。
叔父が僕を連れて二十四年前の『建設現場』にタイムスリップしたわけじゃない。
国が、誠一叔父さんというバグを処理するついでに、その近くにいた僕という少年のデータさえも、過去の古い記録の中に『最初からそこにいたことにして』まとめて隔離したのだ。
僕たちの人生は、役人のデスクの上で、都合よく過去へ未来へと書き換えられている。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます!
今回は、主人公の過去と黒田誠一の秘密に踏み込む回でした。
「死んだことにする」というのは、単なる記録の改ざんなのか。それとも、もっと大きな仕組みの一部なのか。
そして、主人公自身の記録にまで手が加えられているとしたら、彼が信じている自分の過去は、本当に正しいのでしょうか。
今後も、新聞に残された矛盾と東邦という国の謎を追っていきます。
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次回もよろしくお願いします!




