第二話 広告の裏側
初めまして。
古新聞が好きな主人公が新聞の謎や秘密を探っていく物語です。
古新聞マニアには、三つの敵がいる。 湿気、虫、そして家族だ。
湿気は紙を波打たせる。虫は紙を食う。
家族は、僕が大切に保管している新聞を「ただのゴミ」と呼ぶ。 最後の敵が最も厄介だった。
「ねえ、これいつ捨てるの?」
母が、僕の部屋の入口から顔を出した。
「捨てないよ」
「この前もそう言ってたじゃない。床が見えないんだけど」
「新聞の下には床があるよ」
「そういう話をしてるんじゃないの」
母はため息をつき、積み上げられた新聞の山を指さした。
「せめて古いのを整理しなさい。何年も前の新聞なんて、もう役に立たないでしょう?」
僕は机の上のノートを閉じた。 役に立たない。 その言葉が、妙に引っかかった。 「母さん。三十年前の新聞に、今の政府の政策が載ってたらどう思う?」
「三十年前の政府の政策?」
「うん。しかも、当時は成功したことになってたのに、実際には何も完成してなかったとしたら?」
母は少し考えた。 「昔の人は大変だったのね」
「いや、今も同じことが起きてるんだよ」
「だったら、なおさら新聞なんか読んでないで勉強しなさい」
会話は終了した。
どうやら、歴史的発見よりも学校の宿題のほうが優先順位は高いらしい。
僕はノートを開き直した。 黒田誠一。 東邦中央大橋。 優秀行政官制度。
そして、隠されたメッセージ。 問題は、黒田がなぜ新聞に文章を仕込んだのかということだった。
政府の不正を暴くためなら、もっと直接的な方法があったはずだ。
証拠を公表するなり、新聞に記事を載せるなりすればよかった。
なのに、彼は文字を隠した。 普通に読めば、誰も気づかない場所に。
黒田が編集に関わった新聞をもう一度調べることにした。 橋の記事ばかり見ていたが、ほかのページにも何かあるかもしれない。
政治面、社会面、文化面。 そして広告欄。 僕は手を止めた。 広告欄には、奇妙な商品が載っていた。
『未来安心計画――あなたの老後は、すでに保障されています』
広告の下には、小さな文字で説明が書かれている。
「本計画は、将来の生活に必要な資金を、現在の国民の皆様から広くお預かりし、国家の発展に活用するものです」
要するに、国民から金を集めて、将来の生活を保障するという制度らしい。
今では当たり前のように存在する制度だが、当時の広告は妙に熱心だった。 『今の負担は、未来の安心です』
僕はその文句をノートに書き写した。 さらに別の新聞を開く。 同じ広告が載っていた。
その三年後にも。 五年後にも。 十年後にも。 ただし、少しずつ文章が変わっていた。 最初は「未来の安心」。 次は「未来の安定」。
その次は「未来への責任」。 そして最後には、こうなっていた。 『制度の維持こそ、未来への最大の貢献です』
僕は眉をひそめた。 未来の安心を約束する広告が、いつの間にか制度を維持すること自体を目的にしている。
いや、考えすぎかもしれない。
広告なんて、時代に合わせて言葉を変えるものだ。 僕は新聞を閉じようとした。 そのとき、広告の端に小さな文字があることに気づいた。 印刷ミスだろうか。 そこには、こう書かれていた。
『未来は、誰のものでもない』 僕は手を止めた。 黒田のメッセージと同じだった。 いや、正確には、同じ方向を向いていた。
数字を信じるな。 記録を疑え。 そして、未来は誰かが勝手に所有できるものではない。
僕は椅子から立ち上がった。 広告欄にまで、メッセージが隠されている。
ならば、黒田が残したものは、橋の不正だけではないのかもしれない。
新聞の束を一つずつ開いた。
広告を読み、見出しを追い、記事の隅を確認する。 そして、夜が明けるころ、三つ目の文章を見つけた。
『成功を数える者は、失敗を数えない。』 その下には、日付があった。
東邦歴二十七年、六月十八日。 黒田が新聞社を辞める、わずか三日前だった。
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