第3話「レッドドラゴン」
……眠い。
睡魔はこれでもかというくらい襲ってきたというのに、ぜんぜん眠れなかった。
『それじゃ明日ね。宿の前で待ってるから』
エフィさんが別れ際に放ったフレーズが、うとうとする度に頭の中に浮かび、何度も何度も僕を眠りの淵から呼び戻した。
あぁ……もう窓の外が明るい。
僕は、昨日のことが嘘や夢であってほしいと願いつつ、恐る恐るカーテンの隙間から宿屋の出入り口を覗いた。
「……いる」
体格に合わない大きなリュックサックを背負い仁王立ちする女の子の姿。間違いなくエフィさんだ。
本当に待っている。はぁ、どうしよう。あの様子だと、僕が来るまであそこを動くつもりはなさそうだ。
だけど、一緒に行きますなんて言えるわけない。だって、何度でも言わせてもらうけど、レッドドラゴンの元に自らおもむくなんて、命を捨てに行くようなものだからね。
本当にどうしたものか。このまま部屋に閉じこもっていても埒が明かないことはわかってる。だからと言って、のこのこ出て行ったら、それこそエフィさんの思うつぼだ。
宿の出入り口を使わず外に出る方法はないものか。
腕を組み首をかしげた僕の視界に映ったのは窓。
「さすがに無理だよな。あそこから身を乗り出せば、即エフィさんに見つかる」
窓以外にあるとしたら……そうだ! アレだ! きっとアレがあるはずだ!
僕が思いついたのは、通用口の存在だ。こういう建物には正面以外に別の出入り口があることが多い。それが宿屋ともなればなおさらだ。
僕は早々に支度を済ませると、フロント横の階段に身を潜め、受付のお姉さんに向かって手招きをした。
「お客様? どうかなさいましたか?」
「しっ! お静かに」
「え? あ、はい」
「すみません。こそこそと。ひとつお聞きしたいのですが、この宿に通用口はありますか?」
「はい。ございますが……それがどうかなさいましたか?」
「えっと、ちょっとした事情がありまして。通用口を使わせてもらえないかと」
「はぁ、ちょっとした事情、でございますか」
あの顔。受付のお姉さん、僕のこと怪しんでるな。
まぁ、当然だよね。僕が逆の立場だったら、間違いなくこの人怪しいって思うもん。
「あの、言いにくい事なのですが、表に立っている大きなリュックサックを背負った女の子と、ちょっと顔を合わせたくなくって」
ん? 受付のお姉さん? どうしたの? 急に両手で口を隠したりして。それに顔と耳が真っ赤だよ?
「ん? ん?」
なんか、僕とエフィさんを交互に指差してるけど、それは何でしょう?
「ん? ん?」
だから、それは何? よくわからないけど、ここはとりあえず愛想笑いしておくか。
「はぁうっ! やっぱり! お二人は……こ、これは、修羅場の予感」
はぁうっ!? やっぱりとは? その後は声が小さくてよく聞こえなかったんですけど、なんて言いました?
「そう言う事でしたら、ぜひ表に出ていただいて!」
「え? 表?」
「え? じゃなかった! はい! 通用口はこちらです!」
なんか、盛大に勘違いされている気がするけど……まぁ、いいか。とにかく今は、エフィさんに見つからないうちに、さっさとここを出よう。
「おはよ。レント」
「……え?」
通用口から出た僕の前には、特徴的な横長の耳と美しい銀髪を持つ美少女が、明らかに心穏やかではない作り笑顔を浮かべながら立っていた。
「エ、エフィさん!? なんでこっちに!? さっきまで表にいたはずなのに! なぜ僕が通用口を使うとわかったんですか?」
「なぜって、レントと受付のお姉さんの話し声が聞こえてきたからよ」
えぇー!? エルフの耳がそこまで良いだなんて、本にも載ってなかったし、予想外なんですけど!
「さ、レント。行くわよ」
「行きませんよ。エフィさん。昨日も言いましたけど、僕は行きませんからね」
「なんで?」
「なんでって、めちゃくちゃ危険だからに決まってるじゃないですか。相手はレッドドラゴンですよ? そんな自ら命を捨てに行くようなマネできませんよ」
「そっか。言われてみればレッドドラゴンはちょっと危険かもね。でも、何とかなるんじゃないかな?」
「ちょっとどころの危険じゃないですし、何とかなるようなことじゃありませんよ!」
「そうかなぁ?」
「そうですよ!」
「まぁ、レントがそう言うなら仕方ないか。とりあえず私は先に行くから。気が変わったら、追いかけて来て」
そう言ってゆっくりと歩き出したエフィさんは、数歩行ったところで足を止め、チラリと僕の方を振り向くと、痩せ我慢をしているかのようなひきつった笑顔を向けてきた。
瞳を潤ませた儚げな微笑。エフィさん。それは……ずるいよ。そんな顔されて、放っておけるわけないじゃないか。
僕は、エフィさんの隣に並ぶと溜め息混じりに言う。
「はぁ、わかりましたよ。行きます。一緒に行きますよ」
「やったー! レントならきっと、そう言ってくれるって信じてたから!」
「それで? さっき何とかなるんじゃないかって言ってましたけど、いったいどんな秘策があるんですか?」
「ふふん! とっておきの方法があるの! でも、今は時間がないから、話は後でね。さ! レント、走るよ!」
「え? あぁ! ちょっと、エフィさん!」
エフィさんは、僕の右手を握りしめると、そのまま手を引き走り出した。
「よかったぁ。まだ出発してない」
西の城門に着いた僕たち。エフィさんの指差す先には、馬車乗り場で声を張り上げる御者らしき男の姿があった。
「他に乗る人はいないかーい? ベルネ行き、もうすぐ出発するよー!」
「おじさーん! 乗りまーす!」
「おー、それなら急いで乗ってくれー」
「レント! 早く! 早く!」
「え? うわっ! ちょ、ちょっと!」
エフィさんは、僕の右腕に手を回してきたかと思うと、そのままグイグイ引っ張り、馬車の中に傾れ込んだ。
「はぁ。間に合って良かったね」
「……」
「どうしたの? レント? もしかして、怒ってる?」
「……別に、怒ってませんよ」
「それ、絶対怒ってるやつじゃん!」
そりゃもう、内心激怒ですよ! 行き先すら教えてもらえず、急に引っ張られ走り出したかと思えば、馬車に連れ込まれるだなんて。こんなの強引すぎるでしょ!
「レント……ごめんね」
またそんな顔する。本当、エフィさんはずるいよ。そんな上目遣いで覗き込まれたら、これ以上怒るに怒れないじゃないか。
「レントは優しいね」
「僕は、別に……優しくなんてないですよ」
「口ではそう言ってても、私にはわかるよ」
「……」
これ、今のところ完全にエフィさんのペースに呑まれてるな。
「エフィさん」
「エフィでいいよ」
「いや、それはダメですよ」
「なんで?」
「なんでって、僕とエフィさんは昨日出会ったばかりじゃないですか」
「今更何言ってるのよ。私とレントの仲じゃない」
「何ですか? その誤解を生むような言いまわしは」
ハッ! もしかしてエフィさん、他でもそんなような事言ってたりして! だとしたら宿屋の受付のお姉さんのあの時の反応も理解できる気がする!
「そんな細かいこと気にしない! ね?」
「細かいことって」
「それよりレント。レントが聞きたがってた秘策だけど」
あ、話を逸らされた。エフィさんめ、僕の話、聞く気ないな。
「んふふふ」
何、その自信に満ち溢れた眼差しは。そんなにすごい秘策なのか!?
ゴクリ。
僕は思わず固唾を飲み、エフィさんの発言を待った。
「その秘策とは……」
「秘策とは……?」
「寝込みを襲う!」
ちょっ! 言い方! 声も大きいし、他の乗客が一斉にこっちを見たじゃないか!
「ちょっと、エフィさん! その表現は、この場では不適切かと! 声も大きいし、ほら、周りを見て下さい」
「あはは。みなさん。急に大きな声を出したりして、すみませんでした」
エフィさんは、乗客たちに頭を下げると、僕の隣に座り直し、両膝を両手で抱え、顔を伏せてしまった。
「あの、エフィさん」
「なに?」
「秘策って、あれだけですか?」
「そうよ。何か文句ある?」
あーあ。完全に不貞腐れてしまったぞこれ。もー面倒くさいひと、いやエルフだなぁ。
「エフィさん、別に文句などありません。でも秘策があれだけというのはちょっと」
「レント」
「はい?」
「さん付けも敬語もやめて」
「へ? 今なんて?」
「だから、さん付けも敬語もやめてって言ったの!」
顔を上げるなり頬を膨らませ、僕を睨みつけるエフィさん。
さん付けとか敬語って、別に怒ることじゃないよね? それともエルフ界隈だと失礼にあたるのか? んーわからない。だけど、ここは穏便に話を進めた方が良い気がする。僕の商人としての勘がそう告げているからね。
「……わ、わかったよ。エフィ」
「よろしい」
そんなこんなで距離が縮まった? 僕たちは、ベルネで馬車を乗り換え、途中からは馬車を降りて歩き、ようやくとある場所へとたどり着いた。
「やっと着いたね」
「着いたねって、ここはどこなの?」
「どこって、見ればわかるでしょ? レントはここが街に見える?」
「見えるわけないだろ。人っこ一人いないし、いたるところから煙出てるし、ガス臭いし、明らかにやばいところだろ」
「そうだね。やばいところってのは間違いない。ここはね、オルグ山。レッドドラゴンがいるってウワサの火山だよ。どう? 怖い?」
両手の指をクネクネと動かしながら、ニヤニヤと不敵な笑みを浮かべるエフィ。
「まぁ、怖くないって言ったら嘘になるかな。そういうエフィは怖くないの?」
「怖くないわけじゃないけど、それよりもワクワクしてる!」
ワクワクか。僕なんて正直今すぐ帰りたいって思ってるのに、エフィは凄いな……いや、ぶっ飛んでるだけかな。
「レッドドラゴンは、この山に溢れる火の魔素を糧にしてるだろうから、姿を現すとしたら、本格的に火山地帯が広がってきた山の中腹、この辺りからだと思うの」
「だろうね」
「だから、あたらめて作戦を再確認するよ」
え? 作戦の説明は寝込みを襲う! で既に終わっていたと思ってたけど、他に何かあるの?
「レッドドラゴンから血を採取する秘策、その全貌は……」
「全貌!? ……ゴクリ」
1、巣を探し、レッドドラゴンが眠るのを待つ。
2、レッドドラゴンが眠ったら、傷をつけられそうな場所を探す。
3、傷をつけられそうな場所が分かったら、レッドドラゴンが寝ている隙に一撃を喰らわし、出血した血を回収する。
4、全力で逃げる。
「以上!」
そう、ですか。
あらためて聞いても、やっぱりこの計画って本当、無謀だよな。特に3と4はやばい。成功する画が、まったく浮かんでこない。
「よぉーし! 作戦も再確認できたし、気合い入れて行くよ! えい! えい! おー! って、レント! レントも一緒にやるんだよ!」
え? 僕もやるの? 面倒くさいなぁ。
「ほら、えい! えい! おー!」
「えい、えい、おー!」
「声が小さい!」
えぇー!? 本当、面倒くさいひと、いやエルフだなぁ。
「もう一回! えい! えい! おー!」
「えい! えい!」
『グォワァァァァァァ!!』
「おぉ!! すごい気合いの入った雄叫びだね! レントもやればできるじゃない!」
いや、いや。今のは僕じゃないよ……へ?
「エ、エフィ……後ろ」
「は? 後ろ?」
振り向いたエフィと前を直視する僕の目には、灼熱の炎が揺らめくような赤色の鱗を全身にまとった巨大なドラゴンの姿がハッキリと映っていた。
「も、もしかして、レッドドラゴン?」
ワクワクするなんて言っていたエフィも、さすがに身震いしているな。
鑑定! ……レッドドラゴン。竜種。火属性。メス。獄炎。鋭い爪。強者の覇気……その他諸々。
「…………」
かろうじて護身用に持っていた剣を構えることはできたものの、一瞬で脈拍が上がり、冷や汗が溢れ、動悸がしてうまく呼吸ができない。無意識に手足が震え、立っているだけで精一杯だ。
と、そんな僕の横を何かが駆け抜けていった。
「作戦変更よ! お先!!」
エフィ!? 僕の目に映った人影は、紛れもなくエフィだった。
もしかして、エフィがさっき震えたのって、武者震いだったってこと!?
「レント! 私がレッドドラゴンを引きつけるから、後はよろしく!」
「よろしくって、エフィ! そんなの無茶だよ!」
「先手必勝! これでもくらえ!」
レッドドラゴンと対峙したエフィは、すぐさま泡の魔法を連続で発動。
頭から半身泡まみれになったレッドドラゴンは、しばらくの間ピクリとも動かず僕たちの様子を伺っていたが、やがて、ゆっくり首をもたげると、大きな翼を広げ、バサリ、バサリと羽ばたかせ、泡を払い落としてしまった。
エフィが、次の一手を打とうと、魔法陣を展開させた瞬間、レッドドラゴンは右前足を振り上げ鋭い爪を露わにした。
まずい! あれは爪で攻撃する体勢だ! あんなのまともに喰らったらひとたまりもない! 助けなきゃ! でも、今からじゃ間に合わない!
「バブリム!」
レッドドラゴンが右前足を振り下ろしたと同時に、エフィの泡の魔法が発動。
レッドドラゴンは、その泡で足元をとられ、振り下ろした自らの前足の遠心力で、わずかに体勢を崩し、鋭い爪は、エフィの顔面すれすれをすり抜けていった。
しかし、間一髪爪が当たることはなかったものの、振り下ろされた前足の風圧で、エフィは僕の後ろまで、吹き飛ばされてしまった。
「……痛ったぁ」
「エフィ! 大丈夫!?」
「だ、大丈夫よ。それよりレント、早く逃げて!」
逃げてと言われても、この状況でそれは無理だよ。それに、エフィをおいて逃げるなんて、いくら僕でもできない!
だとしたら……選択は一つ! やるしかない! だけど、どうする? あのとんでもなく硬そうな鱗をどうやって……ん? 右前足の鱗と鱗の間に何かある。あれは……折れた剣先だ! 剣先が刺さってる!
きっと先人の誰かが、もしかしたらおばあさんの息子さんがやったのかもしれない。あれをなんとか抜くことができればきっと、血が出てくるに違いない!
成功する確率は極めて低い。それでも、何もせずに死ぬよりましだ! やるしかない! 考えろ! 方法は……エフィの洗濯魔法で撹乱して、その隙に僕の剣で、あの剣先を弾き飛ばして抜く! この方法にかける!
「エフィ! 援護を頼む!」
「援護? やるのね! わかった! 任せて!」
こうなったら、一か八かやってやる! 僕だって商人の端くれ! ほしいものは、なんとしても手に入れてやる!
そして、家を飛び出した僕が、何言ってるんだって話だけど……剣聖の血をひく者として、ここで背を向けることなんて、できない! エフィは、僕が守る!
「バブリム! バブリム! バブリム! ——バブリム!」
僕が走り出したと同時に、エフィが泡の魔法を連続で発動。
大量に発生した泡がレッドドラゴンの全身を包み込む。が、レッドドラゴンはすぐさま翼を羽ばたかせ、体を揺さぶり、泡を全て払い落としてしまった。
さっきは、しばらくの間、様子を見てくれたけど、今回は、その間は無しか。さすがレッドドラゴン。学習能力が高い。これは、簡単には距離を縮めさせてくれそうにないな。
アイツの眼は完全に僕を捉えてる。下手に飛び込めばあの鋭い爪や巨体の餌食になるのは確実だ。しかし、この距離じゃ届かない。もっと、もっとヤツに近づかないと。でも、どうやって近づく? って、あの体勢は! まずい!
「エフィ! 今すぐ隠れて! そしてできるだけ遠くに逃げて!」
レッドドラゴンの喉元が明るく輝き、牙と牙の間から炎と煙がチラつきはじめた。
炎を放つ予兆だ。こいつが放つブレスはさっきの鑑定結果から超高火力の獄炎だと判明している。もし、そんなブレスをまともに浴びれば骨どころか、ちり一つ残らないだろう。
ごめん、エフィ。僕はもう、ダメかもしれない。たとえここで運良くブレスを回避できたとしても、ヤツに一撃を喰らわせることもできなければ、逃げることもできない。
だから、エフィ。君だけは、なんとか生き延びてほしい。せめて、君が逃げられるだけの時間はなんとしてでも死守するから!
「ウォルス!」
「エフィ!?」
エフィは隠れることなく魔法陣を展開すると、水の魔法を発動した。
「エフィ、なんで!?」
「レントー! ドラゴンに向かって走ってー!」
なんでだよ! エフィ! これじゃ僕の覚悟が水の泡じゃないか! とは言っても覚悟を決めたのは僕の勝手なんだけど。それでもさぁ……なんて思いつつもエフィの叫び声で走り出した僕。
そんな僕の目に、巨大な水玉で頭をすっぽりと覆われたレッドドラゴンの姿が映った。
「す、すごい!」
まさか水の魔法でアイツの頭を覆うことができるだなんて! あんなに巨大な水玉も出せるだなんて、エフィ! 君ってやつは、本当にすごいよ!
この隙に、あの剣先を! と思った矢先、レッドドラゴンは翼を大きく羽ばたかせ、水玉を振り切りると、空へと舞い上がってしまった。
「なんてこった。飛んでしまったら、もう、攻撃なんて当てられないじゃないか。え? うそ、だろ?」
今度こそ終わりだ。空中に留まるレッドドラゴンの喉元が再び輝き出した。
「バブリム! バブリム! バブリム! ——バブリムー!」
諦めかけた僕の耳に、エフィが泡の魔法を連続で放つ声が飛び込む。
見れば、レッドドラゴンの周りを無数の泡玉が囲んでいた。
でも、これ、エフィには悪いけど、ハッキリ言って何の意味もない。
そう思った次の瞬間、レッドドラゴンの口が大きく開き、轟音と共に、眩しい閃光が放たれ、灼熱の炎が空を覆った。
しかし、そのブレスは、僕やエフィには向けられず、レッドドラゴンを囲んでいた泡玉を焼き払っただけだった。
た、助かった。エフィ、なんの意味もないなんて思ってごめん。ちゃんと泡が囮になってくれた。
「ウォルス! バブリム!」
泡玉が消え去ってすぐのこと。エフィが水の魔法と泡の魔法を立て続けに詠唱する声が聞こえ、レッドドラゴンの頭を再び、あの巨大な水玉が覆った。それも今度は泡入りで。
空中で頭を泡入りの水玉で覆われ、視界を奪われたレッドドラゴンは、慌てふためき、バサバサと翼を不規則に動かしたかと思うと、体勢を崩し急降下。山の岩肌にぶつかりながら落下し、最後は地面にその巨体を横たわらせた。
「レント! いまー!!」
「うぉぉぉぉ!」
千載一遇のチャンス! これ以上の好条件はない!
僕は無我夢中で走り、レッドドラゴンの右前足に刺さった剣先に向かって全力で刃を振った。
刃と剣先がぶつかった瞬間、甲高い金属音と共に、刺さっていた剣先が弾き飛び、キラキラと陽の光を反射させながら宙を舞った。
そして、その傷口から溶岩のように真っ赤な血が滲み出し、ポタリ、ポタリと地面に落ちた。
当然致命傷とは程遠く、ゆっくりとその巨体を起こすレッドドラゴン。
「エフィー!」
「任せてー!」
僕が、地響きのような低い唸り声をあげ、いつ炎を吐き出してもおかしくない面構えでこちらを凝視するレッドドラゴンと対峙する中、エフィは、地面に垂れたレッドドラゴンの血めがけて全力で飛び込み、地面に這いつくばった。
「エフィ!! まだ??」
「もうちょっと! もうちょっとだから、耐えて!」
耐えてって言われても、この距離でコイツに炎を吐かれたら、さすがにヤバイ!
とは言え、エフィも必死に地面についたレッドドラゴンの血をかき集めてくれている。
今は、コイツもかなり警戒しているようだから、むやみに仕掛けてこようとはしていない。
しかし、ひとたび僕が視線を外せば、すぐに襲ってくるに違いない。
だから、エフィが採取し終わるまでは、この睨み合いを終わらせるわけにはいかない!
ぐぬぬぬぬ。
グルルルル。
生きた心地がしない。睨み合っているこの時間は、実際のところ、ほんの数秒なんだろうけど、今の僕には数十分に思えるほど長く感じる。
「レント! 終わったよ!」
「よし! 全力で逃げるぞ!」
僕は、振り返ってエフィまで駆け寄ると、彼女の手を取り全速力で戦線を離脱。
しかし、それを合図にレッドドラゴンも僕たちを追いかけ始めた。
「しまった!」
執拗に追い回してくるレッドドラゴンを気にかけるあまり、僕たちはいつの間にか崖っぷちに追い込まれてしまっていた。
「もう後がない! どうしよう!?」
「大丈夫! レント、私につかまって!」
「つかまる? いや、でも、それって……」
私につかまれって、それ、エフィの体に抱きつくってことだよね? いや、いや、そんなこと……って、今は恥ずかしがってる場合じゃない! きっとエフィには、僕たちが助かるための秘策があるにちがいない! 信じるよ! エフィ!
「わかった!」
僕は、エフィに言われた通り、彼女の体にしっかりとしがみついた。
「いっくよー! ヒーティア!!」
エフィの唱えた温風の魔法は、魔法陣から飛び出すと爆風となり僕たちを大空へと押し出した。




