第4話「エルフ族の魔道具」
「すごい! すごいよ! エフィ! 僕たち、空を飛んでる!」
「イャッホー! レント! すっごく気持ち良いね!」
まるで鳥になったかのように空を舞い、眼下に広がるこれまで見たことのない景色にめちゃくちゃ気分が高揚する!
……と、しばらくの間は良かった。興奮に次ぐ興奮で、感動以外何も感じなかったからだ。
しかし、僕は、ふと気づいてしまった。僕たちは、決して空を飛んでいるのではないと。
「ねぇ、エフィ。僕たちって、実は落下してるだけだよね?」
「えへ。 気づいちゃった?」
「やっぱり!?」
さっきまでは、いろいろなものが小さく見えてたし、すごく気持ちがよかったから、怖いという感情はなかったけど、地面が近づくにつれ、自分たちが地面に叩きつけられる画を想像してしまってからは、恐怖以外何も感じなくなっていた。
「レント、大丈夫よ! ……たぶん」
声が小さくてよく聞こえなかったけど、エフィのやつ、最後の方で、たぶんって言ってたよな? これ、本当に大丈夫なのか!?
「着地する前にちゃんと、その、いろいろ調整するから!」
何それ!? ますます不安になってきてんだけど!?
そんな不安を抱いているうちに、いよいよ地面がハッキリと見えてきた。
これ、やっぱり、やばくない?
「エフィ! 地面が! 地面がもうすぐそこだよ!」
「大丈夫! 大丈夫だから! 10、9、8……」
「え? まさか、死のカウトダウン始めちゃった?」
「そんなわけないでしょ! いいからちょっと静かにしてて! 集中できない! 4、3、2、1、ウォルス! バブリム!」
エフィの放った水の魔法と泡の魔法によって、地面の上に大きな泡玉が出現し、僕たちは、そこへ勢いよく飛び込んだ。
もうダメだ! ぶつかる! ……あれ? ぶつからない。これは……どうなってるんだ? そうか、泡だ。この泡が僕たちの体を包み込んでるおかげだ!
どうやら不思議なことに、僕たちを優しく包み込んでいる泡が、急激な減速を生み出しているようで、僕たちは、ゆっくりと地面に降り立つことができた。
そして、僕たちが地面に両足をつけた瞬間、泡玉はパァンッと勢いよく弾けて消えた。
「プハァ! た、助かった。はぁ、死ぬかと思った」
「だね」
「だね? エフィ、本当は、やばかったんじゃないの?」
「そ、そんなことないよ! 計画通り、計画通りだから。ま、まぁね、ちょっと自信無い部分はあったよ? やばいかなぁって思うところもあったし……で、でも、ほら、ちゃんとね……」
何か一人でぶつぶつ言ってるし、あの慌てようは、かなり怪しいな。
でも、まぁ、結果的に無事、地面に降り立つことができたし、レッドドラゴンからもちゃんと逃げられたわけだから、今回は良しとしよう。
辺りを見回し、レッドドラゴンの姿がないことを確かめた僕は、結果良ければ全て良しの精神で、そう納得することにした。
「エフィ」
「は、はぇ!?」
はぇって。あのひきつった顔といい、動揺半端ないな。
「エフィ、ありがとう。エフィのおかげで助かったよ」
「うぇ!? そ、そうでしょ! 私が本気出せばこれくらい朝飯前なんだから!」
まったく。調子いいんだから。
「それで、エフィ。今回はちゃんと分析できそう?」
「うん! 採取したての、鮮度抜群な血があるからね! それじゃ、さっそく分析するとしますか!」
先ほど採取したレッドドラゴンの血が入った小瓶を僕に見せながら、右手の親指をグッと立てたエフィ。
あのドヤ顔。でも、その顔をしたくなる気持ちはよくわかる。だって、たとえまぐれや奇跡だったとしても、こうしてレッドドラゴンの血を持ち帰ることが出来たんだからね。
「レント。ちょっとコレ、持っててくれる?」
エフィは、リュックサックから木製の小皿を取り出すと、僕に手渡した。
「いい? しっかりと持っててよ? 落としたりしちゃダメだからね?」
「うん。わかった。ちゃんと持ってる」
僕の返事を聞いたエフィは、レッドドラゴンの血を小皿の上に数滴垂らすと、残りの血が入った小瓶をリュックサックにしまい、両手を小皿に向かってかざした。
「えっと、これって、分析?」
「うん。分析」
へぇ、分析って、こんな風にやるんだ。僕の鑑定は片手で行うけど、エフィの分析は両手でやるんだな。
「ん? どうかした?」
「いや、その、分析って、両手でやるんだなって」
「あー、これね。片手でもできるよ。なんなら血も小皿に出さないで、小瓶に入れたままでも分析できる。だけど、こうやって分析する対象を直接前にして、さらに両手を使うと、素早く正確に分析できるんだ。本当は、直接触るのが一番早くて正確なんだけど……ね?」
なるほど。僕の鑑定も範囲を広げて複数の対象を同時鑑定することができるけど、その分精度は下がる。エフィの分析も同じようなものなんだね。
それと、なるべくなら血に触れることは避けたいというその気持ちはよくわかるよ。僕も直接触ればより正確な結果が得られるけど、モノによっては、触れてしまうとまずいものがあるからね。例えば僕の場合だと、価値が下がってしまったり、呪いや毒の類いを受けることもある。
レッドドラゴンの血も触れて何が起こるかわからない。触れないで分析できるなら、それに越したことはないよね。
「……分析、完了っと!」
「お疲れ様。分析できたんだね!」
「うん。ちゃんとできたよ! レント、ありがとね」
「いや、いや。僕はお礼を言われるようなことは、何もしてないよ」
「そんなことないよ。レントが一緒に来てくれなかったら、レッドドラゴンの血を採取することなんてできなかったんだから、ありがと、なんだよ!」
ありがと、か。こんな風にお礼を言われるなんて、いつぶりだろう。思えば、家を飛び出してからというもの、僕は、仕事以外でお礼を言われたことなんてなかったかもしれない。少なくともすぐに思い出せるような記憶はないな。
「こ、こちらこそ、ありがとう」
「どういたしまして。でいいのかな?」
「うん。今こうしてここにいられるのは、エフィの洗濯魔法のおかげだからね」
「そっか。そうだよね! ふふん!」
またしてもあのドヤ顔。褒めるとすぐ調子に乗るんだから。
「エフィ、分析出来たってことは、おばあさんから依頼されたあの布の汚れが、いよいよ落とせるってことだよね?」
「うん! これできれいにできる! 急いでおばあちゃんのところに戻らなきゃ」
そうだね。おばあさん、持病が悪化しているみたいだから、なるべく早く行ってあげないとだね。
だけど、オルグ山がまだうっすら見えるってことは、ここから一番近いだろうベルネの街までの距離もかなりありそうだな。ましてや王都となると、ベルネから馬車に乗ってもそこから一週間、いや、それ以上に時間がかかるかもしれない。
とはいえ、それ以外で早く王都へ到着できる手段はない。だとすれば、まずは一刻も早くベルネに戻らないとだな。
「そうと決まれば、まずはベルネに戻らないとだね。方角は……こっちかな?」
「レント、何言ってるの? ベルネには戻らないよ?」
は? ベルネに戻らない? なんで?
「えっと、エフィ。なんで、ベルネに戻らないの?」
「そんなの決まってるでしょ。戻る必要がないからよ」
戻る必要がない? いったいどういうことだ?
「エフィ、ベルネに戻らないなら、どうやって王都に向かうの? まさか歩いてなんて言わないよね?」
「言わないよ。これを使うから」
そう言って、エフィが、リュックサックから取り出したのは、巻かれた一枚の羊皮紙だった。
「じゃーん!」
エフィが広げたそれには、何か複雑な模様? 図? が描かれていた。
ん? んん!? こ、これは!
鑑定! ……特術式単回転移魔法陣。使用可能回数1回。使用後自動消滅。同時転移可能人数4人。転移先指定2箇所。
「エフィ! これって転移魔法陣だよね!?」
「うん。そうだよ。あ、もしかして、レント。これ、鑑定した?」
しまった! 僕としたことが! これじゃ、こっそり覗き見してるのと変わらないじゃないか! 初めて目にする型の転移魔法陣に思わず興奮して、エフィに断りなく勝手に鑑定してしまった!
「う、うん。ごめん。勝手に」
僕が小さく頷くと、エフィは、キョトンとした顔で言う。
「なんで謝るの? そんなのぜんぜん気にしなくていいよ。それより、これ、なんて結果出た?」
「えっと、特術式単回転移魔法陣って出た」
「さすがだね! レント! 大正解!」
エフィは、両手の人差し指で僕を指差すと、ニヒッと笑った。
「でも特術式なんて結果は初めてなんだけど?」
「あー、それはきっと、この魔法陣がエルフ特有の術式で書かれたものだからかも」
エルフ特有の術式……そういえば、エルフ族独自の魔法や魔道具があるって本で読んだことがあったな。
「ねぇ、エフィ。エルフ特有の術式って、他のものと何が違うの?」
「んー、そんなこと今まで考えたことなかったなぁ。でも、そうね……あ! 出口が選べるっていうのは、他にはあんまりないかも!」
出口が選べる? 通常、転移魔法陣は、相互通行が可能な一本道みたいなものだと認識してたけど、エルフ族のそれは、何やら違うみたいだな。
「エフィ、もうすこし詳しく聞かせてくれないかな?」
「うん。あ、でも、私もそんなに詳しくないから、うまく説明出来ないかもだけど、それでもいい?」
「うん。お願いします」
「なら、説明するね。コホン。この魔法陣はね……」
なるほど。今手元にある転移魔法陣は入り口専用で、あらかじめ設置してある出口へ同時に4人まで転移できるのか。しかも、その出口は2箇所設置できると。だけど、今回のものは、単回というだけあって、一度しか使うことができないから、出口は2箇所設置しても、どちらか一方しか選べないってわけか。
「エフィ、すごいね! 出口が選べる転移魔法陣なんて初めて聞いたよ」
「へへん! それでね、王都を離れる時に、おばあちゃんの家の裏に、出口用の魔法陣を貼ってきたの!」
「なるほど。だから、ベルネに戻る必要がないんだね」
「そーいうこと。それじゃ、レント。行くよ!」
エフィは、転移魔法陣が描かれた羊皮紙を地面に置くと、その上に足を乗せ、僕の両手を握ってきた。
「しっかり握っててね。それじゃ、飛ぶよ!」
「ちょっ! ちょっと待って!」
「どうしたの?」
「えっと……心の準備が」
そう。僕は、これまで転移魔法陣を含めた転移魔法というものを一度も経験した事がない。だから……僕は今、とんでもなく緊張している! というか、ものすごく興奮しているのかもしれない!
「レント、もしかして、怖いの?」
「……いや、怖いとかじゃないんだ。僕、初めてなんだ。転移魔法陣。だから、その、なんていうか、すごくドキドキしてて」
「その気持ち、わかる! 初めてって、ドキドキするよね! でも、大丈夫だよ! ほら! 行くよ!」
「ちょっ! ちょっと!」
エフィがそう言って僕の両手を握り、何か呪文のようなものを呟いた瞬間、僕たちは眩い光に包まれ、その場から姿を消した。
「着いたよ」
「……え?」
ちょっと待って。本当に? 転移魔法陣って、こう、なんて言うか、シュバッ! ビューン! スチャッ! みたいな、いかにも空間を移動してます! って、そんな感じのものだと本に書いてあった気がしたのに、こんな瞬き一つくらいで終わりなの?
「あの、エフィ。僕たち、本当に転移したんだよね?」
「したよ。だって、ほら」
エフィに言われ、辺りを見回すと、たしかに僕たちは、街中の細く薄暗い路地に立っていた。
「ここは、王都なんだよね?」
「そうよ。おばあちゃん家の裏だよ」
そうか。そうなんだね。あぁ、うん。わかってる。わかってるよ。これが、現実ってやつなんだよね。
転移魔法陣初体験の期待値が大きすぎた僕は、感動や驚きよりも、がっかり感が上回り、思わずガクリと肩を落としてしまった。
「どうしたの? レント。大丈夫?」
「え? あぁ、うん。大丈夫」
「そう? それじゃ、行くよ」
表の入り口にまわると、エフィは、おばあさんの家のドアを叩いた。
「おばあちゃん! エフィよ! 戻ってきたよ!」
しかし、おばあさんからの返事はない。
それから、何度かドアを叩き、おばあさんを呼んでみたものの、やはり返事はなかった。
「出かけてるのかな?」
「どうだろう……もしかしたら、おばあちゃん。さらに具合くなってて動けなくなってるのかも!」
そう言ってドアノブを回したエフィ。
すると、錆びた蝶番が鈍い音を発し、ドアが開いた。
「……鍵、開いてる」
「開いてるね。おばあさん、もしかしたら本当に」
「レント、それ以上言わないで」
僕の言葉を制止したエフィは、泣きそうな顔をしていた。
これは……嫌な予感がする。
僕とエフィは、顔を見合わせ、互いに小さく頷くと、家の中へ入った。
「……おばあちゃん?」




